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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1047.乾電池がない

 移動放送局プラエテルミッサの一行は、パドール湾に突き出た半島には寄らず、平野部の国道を東へ直進した。

 鉱工業の街カーメンシク市がどんどん遠ざかる。


 レノは係員室の小窓から、フロントガラスの向こうとサイドミラーに流れる景色を見た。

 街の防壁を出てしばらくは牧草地が続き、今は収穫を終えたばかりの麦畑が道の左右に広がる。

 農作業する人の姿は見えなかった。


 ソルニャーク隊長が、前を走るワゴンの後部座席から荷台に移り、両手を振ってメドヴェージに合図する。トラックが速度を落とすと、DJレーフもワゴンの速度をゆるめた。


 「お兄ちゃん、どうなったの?」

 ピナが係員室を覗く。ティスも姉にしがみついてレノを見上げた。

 「もう大丈夫だ。この辺の村は湖の民ばっかだから、星の(しるべ)や隠れキルクルス教徒が(まぎ)れ込んでる心配はないよ」

 「でも、それって逆に私たちがそう思われるんじゃないの?」

 顔を曇らせたピナの肩越しに、少年兵モーフが明らかに傷付いた顔で、項垂(うなだ)れるのが見えた。


 ……あー……でも、無理もないよな。


 トラックの荷台にも、聴衆の怒号や疑問の声は届いた。

 係員室の小窓から外の状況が見えたレノとジョールチは、言葉を失い、息を殺して見守ることしかできなかった。

 ソルニャーク隊長はこうなることを見越して、クルィーロ、アビエースと共にワゴンで待機してくれたのだ。


 「嬢ちゃんたち、心配すんな。俺らがついてっから大丈夫だ」

 葬儀屋アゴーニが振り向いて笑顔を見せる。助手席の窓から吹き込む熱風に白髪混じりの緑髪がそよいだ。

 一行には湖の民が三人、力ある陸の民も三人居る。本物のキルクルス教徒も三人居るが、これまで一度も疑われなかった。


 ……陸の民の信仰は、黙ってりゃわかんないもんな。


 だからこそ、力なき陸の民が大勢暮らす都会では、キルクルス教徒が密かに紛れ込んで暮らせる。それがまた疑心暗鬼を生み、首都クレーヴェルなどでは、隠れキルクルス教徒狩りや、力なき陸の民への私刑が横行したのだ。



 「そうですね。いつもありがとうございます」

 「なぁに、いいってコトよ」

 ピナとティスは、弱々しい微笑と共にお辞儀して引っ込み、荷台の薬師(くすし)アウェッラーナにも礼を言った。



 トラックとワゴンは、後ろを気にしながらひたすら東へ走る。西のカーメンシク市方面からの車輌は他になく、東西二車線だけの国道は対向車線も空だ。


 遮るもののない道を駆け、昼時を少し過ぎた頃、最初の村に着いた。

 国道の南側に土壁の平屋がポツポツ建ち、集落全体を腰くらいの高さの石垣が守る。低い石垣に囲まれた村から、農具や籠を持った者たちが出て来た。


 「こんにちはー。俺ら、移動放送局のモンだ。ニュースの入用(いりよう)はねぇか?」

 メドヴェージが国道脇に停め、運転席の窓を開けて愛想良く声を掛ける。

 村人たちは不意に現れたワゴンとトラックに不審そうな眼を向け、一塊(ひとかたまり)になって相談を始めた。緑色の頭が集まる様は、ちょっとした藪に見える。


 一頻(ひとしき)りヒソヒソして、一人が藪から離れて村へ走り、別の一人がトラックに近付いた。

 「あんたら、どこの局のモンだ?」

 「移動放送局プラエテルミッサってんだ」

 葬儀屋アゴーニが助手席から声を掛けると、村人は同族の存在で、日に焼けた顔を和らげた。

 アナウンサーのジョールチも立ち上がり、係員室の小窓からフロントガラス越しに外を窺う。


 藪を成す一団から、木の葉のざわめきのような囁きが聞こえた。

 「見落とされた者(プラエテルミッサ)?」

 「ヘンな局名だな」

 「聞いたことあるか?」

 「いや? お前は?」

 「ないない」



 そうこうする内に、先程の村人が一人の老婆を連れて戻った。

 「こんにちは。私が村長ですけどね、どんなニュースで、お代はどうなさるんです? まずはそれを教えてもらわないことには、聞くかどうか決められませんよ」

 「あぁ、こりゃどうも」

 アゴーニが緑色の頭を掻き、身を捻って村の方を向く。

 村長は、同族の胸元に視線を注ぎ、露骨にイヤな顔をした。よく考えれば、放送局員が葬儀屋の(あかし)【導く白蝶】学派なのは珍しいと言うか、不自然だ。


 ジョールチが助手席背後の係員室から声を張り上げる。

 「こんにちは。国営放送アナウンサーのジョールチです。クーデターで首都の本局が占拠されたので、他局の有志と一緒に移動放送局を起ち上げました」

 「ジョールチさん?」

 「ホンモノ?」

 「生きてたんだ!」


 トラックの荷台は、運び屋フィアールカが用意してくれた擬装用シールを剥がして、元通り国営放送のロゴを見せ、ワゴン車も、FMクレーヴェルの局名とロゴがある。


 ジョールチは、ざわめきと驚きが鎮まるのを待って説明を続けた。

 「国内ニュースと国際ニュース、難民キャンプの様子、昨日までのカーメンシク市のニュースと、一昨日まで調査したカーメンシク市内の物価情報、それから、音楽です。対価は、食料品などをご無理のない範囲で分けていただけましたら、助かります」


 「この村には電気がなくて、ラジオは電池で聞くんですけどね、もうないんですよ。業者さんが、空襲に遭った街へ救援物資で送って、品薄になって、値上がりして、それでも半年くらい前まではどうにか買えたんですけど、今はもう、街の人が他所者(よそもの)に売ってくれなくなって」

 「えぇッ? 工場の近所のスーパー、そんな高くなかったし、いっぱい売ってたぞ?」

 物価調査をしたアゴーニが驚くと、村長は淋しげに笑った。

 「あの辺のお店は近所のメーカーさんが直接卸すから、他所より安いんですよ。ウチの村から野菜も出荷してますし」

 「それなのに、あんたらにゃ売ってやんねぇってのか? ケチ臭ぇ」

 メドヴェージが呆れる。

 「材料の輸入が滞って品薄だから、野菜じゃ売れないって言われましてね。どうにか燃料と缶詰やら他の日用品、お薬少しと換えてもらえるだけなんですよ」


 ……それじゃ、何しに行ってんだかわかんないよな。


 レノはジョールチと顔を見合わせた。

 カーメンシク市でも他所と同様、物価情報と共に小売店などの広告を読み上げ、広告料として売り物を受け取った。

 電器屋にもらった乾電池が大小色々ある。


 村長は深い溜息と共に言った。

 「電池がなくなってラジオは聞けないし、新聞も紙とインクが足りないせいで薄くなって、戦時特別態勢でアレですし、値上がりしたしで、野菜を売りに行った時に代表が一部だけ買って、みんなで回し読みするんですよ」

 「野菜で聞かせてくれるんなら、助かるけど……」

 「電池がないんじゃなぁ」

 村人たちが肩を落とす。


 ジョールチが、少し声の調子を明るくした。

 「公開生放送で、受信確認のラジオを置きますから、トラックの前にお集まりいただけましたら、聞けますよ」

 「聞けるんですか?」

 「ありがたい」

 「助かるよ」

 「今から?」

 「おい、野良へ出た奴、呼び戻そう!」

 村人に喜びが弾けた。石垣の中へ走り、術でどこかへ跳び、あっという間に人数が減る。


 村長が、顔中の皺を一層深くして何度も礼を言い、移動放送局の車輌を村の広場へ誘導した。

☆首都クレーヴェルなどでは、隠れキルクルス教徒狩り……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0969.破壊後の基地」参照

☆力なき陸の民への私刑が横行……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「833.支部長と交渉」「852.仮設の自治会」「903.戦闘員を説得」「0969.破壊後の基地」参照

☆運び屋フィアールカが用意してくれた擬装用シール……「474.車のナンバー」「476.ふたつの不安」「479.千年茸の価値」参照

☆元通り国営放送のロゴ……「673.機材の積替え」「690.報道人の使命」参照

☆ワゴンもFMクレーヴェルの局名とロゴがある……「660.ワゴンを移動」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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