1045.工場での放送
移動放送局プラエテルミッサは、カーメンシク市の大半を占める湖の民居住区を四箇所に分けて放送した。
どの回も特に問題なく、せいぜい、歌が下手だと面白半分に野次を飛ばされた程度だ。
四箇所目の近くで、ピアノ奏者のスニェーグに会えた。
先に会いに行った父の話によると、この街でも、ちょっといいカフェで生演奏する傍ら、客の世間話や商店街から情報を拾うのだと言う。
四回目の放送後、父とソルニャーク隊長、葬儀屋アゴーニが改めて情報交換しに行き、スニェーグはその翌日、移動放送局のトラックに来てくれた。
「お店ではゆっくり話せませんからね」
地元民には聞かせられない話も色々ある。
移動放送局の面々が、カーメンシク市と手前の漁村で集めた情報を掻い摘んで伝え、まとめたメモを渡す。
「ありがとうございます。こちらの方でも、アーテルの外堀を埋める情報を準備中なんですよ。それから、クルィーロさん」
「は、はい? 何でしょう?」
急に名指しされ、声が裏返ってしまった。
「ファーキル君から、クルィーロさんがチェルノクニージニクで魔獣駆除業者とお話されたと聞きました。詳しく教えていただけませんか?」
「呪符屋さんでバイトした時に愚痴られただけなんですけど、難民キャンプに魔獣が出たんですか?」
「それは大丈夫です。その愚痴の内容を知りたいのですよ」
「えッ?」
「何で?」
他の者たちからも驚きと疑問の声が上がる。
老ピアニストは、移動放送局の面々を見回し、静かな声で言った。
「アーテル領内でのキルクルス教徒と力ある民との関係、お互いをどう思っているか、社会的な立場や近所付き合いはどうなのかなど、一般国民同士の具体的な関係を色々な立場から知りたいのですよ」
「あぁ、そう言うことですか」
クルィーロが納得し、思い出せる限り話すと、ピナティフィダも郭公の巣で縫製の手伝いをした時に聞いた話をした。
「呪符屋と道具屋の店長さんは長命人種で、商売柄、色んな知り合いがいるみたいですよ」
「チェルノクニージニクには何度か降りたことがありますが、そのお店の場所は知らないのですよ」
クルィーロが言うと、スニェーグは眉を下げた。
「ファーキル君が知ってますよ」
「彼は今、ラクリマリスで別件の調査中なのですよ。フィアールカさんとラゾールニクさんも、何かと忙しく跳び回っていますし」
「セプテントリオー呪医……は、治療でもっと忙しいか」
クルィーロが自己完結でダメ出しすると、スニェーグの顔が明るくなった。
「キャンプ内の診療は、難民の医療者の配置や薬草園の整備が進んで、少し余裕が出て来たんですよ。丸木小屋の建築も進んで、作業に慣れた人が増えて怪我人が減りましたし」
「そうなんですか」
「よかった」
もらった報告書には書いてあるのだろうが、何せ量が多い。
ジョールチとソルニャーク隊長以外は、全てに目を通しておらず、クルィーロがちょこちょこ読んだ部分には、難民キャンプの医療体制に関する記述がなかった。
「ありがとうございます。呪医に聞いてみます」
スニェーグは、何度も礼を言って帰った。
翌朝早く、移動放送局プラエテルミッサのトラックとワゴン車は、カーメンシク市北部の工場地帯に移った。
「五番目のここが、カーメンシク最後の放送場所だ。気合入れて行こう!」
レノが店長として声を掛け、みんなが笑顔で応じる。
DJレーフが小さく手を挙げた。
「昨日、一晩考えたんだけど、ここだけもう一日、放送しませんか?」
「何で?」
少年兵モーフが間髪入れずに聞く。
「この工場って、キルクルス教徒の議員の息が掛かってんだよな?」
「こっそり広めてるっぽかった」
社員食堂に行ったモーフが頷き、クルィーロたちの父と老漁師アビエース、葬儀屋アゴーニも難しい顔で同意した。
「だから、アーテルにも聞こえるように放送したアレ、『花の約束』の録音を丸ごと全部、流したいんだ。広めてんの、星の標の奴かもしれないんだろ?」
「あっ……!」
みんなが顔を見合わせる。
……そっか。呪符泥棒が止んだのって、ラクエウス議員たちが手配した聖典が届いたからみたいだもんな。
聖職者用の聖典が届いただけでそれだけの影響が出たのなら、平和の花束のトークと新曲「真の教えを」は、聖典に触れる機会を与えられなさそうな下っ端構成員や、密かに教化されつつある仮設住民への注意喚起になるだろう。
「放送に関しては、AMシェリアクの許諾があるのでしたね?」
「そりゃ勿論。それ用にダビングしてもらったんだから」
ジョールチの確認にレーフは力強く答えた。
「この街にも星の標が居る。直前まで番組内容を伏せ、終了後、直ちに離脱できる状態で放送しよう」
ソルニャーク隊長の対策に誰もが表情を硬くする。
この辺りなら、爆発物の材料は簡単に手に入るだろう。
アマナが父にしがみついた。
「じゃ、今日の分が終わったら区役所の近所まで戻って、今夜はそっちの駐車場に泊まって、明日の朝、もっかい来るってコトで決まりだな」
「燃料は余分に掛かっても、その方がいいでしょうね」
メドヴェージの軽い声で荷台が少し明るくなり、老漁師アビエースがホッとした声で賛成した。
放送予定時刻が迫り、みんなは大急ぎで準備に取り掛かった。
七月の暑さの中、仮設住宅が並ぶ製鉄工場のレクリエーショングラウンドと、隣接する駐車場に続々と人が集まる。
仮設の避難民、休日の地元工員とその家族など近隣住民だけでなく、先の放送を聞いた南地区の住人、湖の民もわざわざ聞きに来てくれた。
日向で聞く聴衆が、麦藁帽子やタオルで影を作る。
国営放送アナウンサーのジョールチが、いつもの調子でニュース原稿を読み、合間にみんなの合唱が入った。
荷台の片側を開いて廂にし、蔓草細工の帽子を被っても、周囲から吹きつける風が熱を孕んで、星の道義勇軍の三人は汗でぐっしょりだ。
フラクシヌス教の神話を謳う「女神の涙」は、いつもとは違う種類の緊張を抱いて歌ったが、野次を飛ばされることはなく、静かに聞いてもらえた。
「ありがとうございました。明日、この場所で同じ時間にAMシェリアクの特別番組を放送します。録音のテープをそのまま再放送する形になりますが、明日もまた、周波数を合わせていただけましたら幸いです」
ジョールチが荷台の係員室からマイク越しに伝えると、先に放送を聞いた湖の民たちが不満を漏らした。
「こっちの地区じゃ、放送は一回こっきりだったじゃないか」
「昨日、テープをもらったばっかりでな。何だったら、明日、ラジカセ持って来て、聞きながら録ってくれても構わんぞ」
葬儀屋アゴーニがしれっと言うと、同族の男性は更に聞いた。
「こっちじゃ、その再放送とやらは流してくれンのか?」
「すまんな。こっちも放送予定が色々押してて、明日は放送終わったら、とっとと次へ行かにゃなんねぇんだ」
アゴーニが悪怯れもせず言うと、湖の民たちは、そう言うことなら、とあっさり引き退がった。
クルィーロたちも歌詞を配りながら、ジョールチとアゴーニの言葉を繰り返す。
「ありがとう。久し振りに楽しかったよ」
「今日は特別に、工場の作業時間にもラジオ点けてもらったから、仕事の連中も聴いてるんだ」
「明日も点けてもらえるように、頑張って掛け合うから」
「ありがとうございます。三十分くらいの番組なんです」
「おい、テープ買いに行くぞ、テープ!」
何人かが駆けて行く。
六十分のカセットテープなら、片面だけで切れ目なく録れる。
「どんな番組?」
「歌番組です。それ以上のことは、明日のおたのしみと言うことで」
ソルニャーク隊長が説明を打ち切ると、更に数人が店へ走った。
☆アーテルの外堀を埋める情報……「1042.歴史を見直す」参照
☆クルィーロさんがチェルノクニージニクで魔獣駆除業者とお話された……「519.呪符屋の来客」「520.事情通の情報」参照
☆ピナティフィダも郭公の巣で縫製の手伝いをした時に聞いた話……「503.待つ間の仕事」「521.エージャ侵攻」「522.魔法で作る物」参照
☆彼は今、ラクリマリスで別件の調査中……「1032.王国側の反応」~「1036.楽譜を預ける」参照
☆難民の医療者の配置……「858.正しい教えを」「863.武器を手放す」参照
☆薬草園の整備……「738.前線の診療所」「739.医薬品もなく」「0986.失業した難民」参照
☆この工場って、キルクルス教徒の議員の息が掛かってんだ……「1042.工場がアジト」参照
☆アーテルにも聞こえるように放送したアレ、『花の約束』の録音……「1010.特番に託す心」、「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆新曲「真の教えを」……「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」参照
☆フラクシヌス教の神話を謳う「女神の涙」……「531.その歌を心に」参照
▼「女神の涙」歌詞




