0107.市の中心街で
断熱シートと焚火のお陰で、朝までぐっすり眠れた。
アウェッラーナは、すっきりした目覚めに感謝した。
朝食用に魚を獲り、クルィーロに焼いてもらう。
すっかり日課になってしまったが、することがあれば気が楽だ。
朝食後、少しラジオを聞く。
今朝も、大した情報はなかった。
諦めて荷造りして移動する。
残った燃料は、缶詰の段ボール一箱に詰められるだけ詰め、後は置いて行くことに決まった。他に生存者がいれば、竈で暖を取れるだろう。
メドヴェージと少年兵モーフが、トタン板の上に燃料の箱を乗せて運ぶ。
アウェッラーナたちは、運河沿いの道路へ出て西へ向かうことにした。
住宅街を通っても、足場が悪いだけで収穫はないだろう、との判断だ。
運河の両岸……先日まで居たジェリェーゾ区、今居るセリェブロー区共に見渡す限り焼け跡が続く。
雑妖が焼け焦げた乗用車の中で日光を避け、息を潜めてこちらを窺う。
アウェッラーナは、なるべく視ないように歩いた。
道はゆるやかな上り坂だ。
荷物が増えた分だけ疲れるが、誰も何も言わない。小中学生の女の子たちも、自分に割り当てられた荷物を鞄に詰め、黙って運ぶ。
しばらく歩くと、行く手に建物が小さく見えた。
生存者がいるかもしれないが、先日の暴漢のような者なら、戦う羽目になるかもしれない。
そうでなくとも、日が射さず、【結界】や【魔除け】が失われた廃墟は、雑妖の溜まり場だろう。建物があっても、そこで夜を過ごすことは考えられない。
アウェッラーナは、期待より不安の方が大きかった。
心の中で【魔除け】の呪文を繰り返し唱える。
三十分程歩くと、ゼルノー市の中心街に入った。
爆弾の直撃を受けた建物は流石に吹き飛んだが、周辺の建物は原形を留める。
半世紀の内乱以前の建物には全て、【巣懸ける懸巣】学派の術が組込まれ、【耐火】【耐震】【補強】【防虫】【魔除け】など複数の術が建物を守る。
それらの術を発動させ、効力を維持するには魔力が必要だ。
力ある民は、そこに居るだけで建物の維持に必要な魔力を供給する。個人の住宅は、先祖の【魔道士の涙】の魔力も使って守った。
力なき民の家も、【魔力の水晶】などを嵌め込めば、常時魔力を供給できる。
【魔力の水晶】は高価だ。
貧しい家、中小企業の社屋や工場、小さな個人商店などは、火災や風水害などで損なわれやすい。シロアリの被害は薬剤でも防げるが、古い空家などが食害で倒壊することもあった。
半世紀の内乱中、真っ先に力なき民の家が焼失した。
その後も多くの人が生命を奪われ、家を守る魔力が失われた。空襲が回数を重ねるに従い、櫛の歯が抜けるように街から家が消えた。
今でも、企業や役所などは建物を維持する為、力ある民を優先的に採用する。
出勤日数に応じて「維持手当て」などの名目で、力なき民とは賃金に差を付ける企業もあった。
……そう言うのも、内乱の原因だったんでしょうけどね。
湖の民のアウェッラーナも、大人になった今なら、職に就く苦労がわかる。
一見、合理的で、何となく社会に容認されてきた企業慣行が、力ある民と力なき民の間に軋轢を生む。
力なき民にも「火事や地震の時に困るから」と容認する者が居る。
人々が、魔力の有無で完全に分断された訳ではないことが、問題を更に見え難くし、複雑化させる。
力ある民と力なき民の待遇差は、内乱後も残り、現在も続く。
ビルの残骸の間に個人商店の焼け跡が黒々と蹲る。
アウェッラーナは、数日前の病院を思い出して胸が痛んだ。
……そう言えば、市民病院と警察署はテロで爆破されたけど、火焔瓶では火事にならなかった。
同時に、被害の様子を思い出して気付いた。
終戦後に再建された建物の多くは、【巣懸ける懸巣】の術が組込まれなかった。
内乱中に人材が失われて人手不足に陥り、役所や学校など、公共の建物が優先されたからだ。
ならば、役所の建物も、ロークが言うように「鉄筋コンクリートだから」ではなく、「術で守られるから」残るのではないか。
爆弾の直撃を免れたなら、まだ使える物があるかもしれない。
ジェリェーゾ区やミエーチ区が今回の空襲で焼失したのは、その前のテロで住民の大半が避難したからだ。魔力の供給が足りず、術が切れたり、その効力を上回る攻撃を受ければ、耐えられない。
……この辺りは、避難所になるハズの建物が残らなかったから、ラジオで何も言わないの?
アウェッラーナは中心街の廃墟を見ながら考えた。
案の定、ビルの残骸は雑妖の巣窟だ。なまじ屋根と壁が残ったせいで日が射さず、多くの雑妖が生き残った。何日も掛けて育った雑妖は、身体が大きく存在がはっきり視えた。
☆先日の暴漢……「0082.よくない報せ」~「0086.名前も知らぬ」参照




