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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第六章 印歴二一九一年二月六日

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0107.市の中心街で

 断熱シートと焚火のお陰で、朝までぐっすり眠れた。

 アウェッラーナは、すっきりした目覚めに感謝した。


 朝食用に魚を獲り、クルィーロに焼いてもらう。

 すっかり日課になってしまったが、することがあれば気が楽だ。


 朝食後、少しラジオを聞く。

 今朝も、大した情報はなかった。



 (あきら)めて荷造りして移動する。

 残った燃料は、缶詰の段ボール一箱に詰められるだけ詰め、後は置いて行くことに決まった。他に生存者がいれば、(かまど)で暖を取れるだろう。

 メドヴェージと少年兵モーフが、トタン板の上に燃料の箱を乗せて運ぶ。


 アウェッラーナたちは、運河沿いの道路へ出て西へ向かうことにした。

 住宅街を通っても、足場が悪いだけで収穫はないだろう、との判断だ。


 運河の両岸……先日まで居たジェリェーゾ区、今居るセリェブロー区共に見渡す限り焼け跡が続く。

 雑妖が焼け焦げた乗用車の中で日光を避け、息を潜めてこちらを(うかが)う。

 アウェッラーナは、なるべく視ないように歩いた。


 道はゆるやかな上り坂だ。

 荷物が増えた分だけ疲れるが、誰も何も言わない。小中学生の女の子たちも、自分に割り当てられた荷物を鞄に詰め、黙って運ぶ。


 しばらく歩くと、行く手に建物が小さく見えた。

 生存者がいるかもしれないが、先日の暴漢のような者なら、戦う羽目になるかもしれない。


 そうでなくとも、日が射さず、【結界】や【魔除け】が失われた廃墟は、雑妖の溜まり場だろう。建物があっても、そこで夜を過ごすことは考えられない。

 アウェッラーナは、期待より不安の方が大きかった。

 心の中で【魔除け】の呪文を繰り返し唱える。



 三十分程歩くと、ゼルノー市の中心街に入った。

 爆弾の直撃を受けた建物は流石に吹き飛んだが、周辺の建物は原形を留める。


 半世紀の内乱以前の建物には全て、【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術が組込まれ、【耐火】【耐震】【補強】【防虫】【魔除け】など複数の術が建物を守る。

 それらの術を発動させ、効力を維持するには魔力が必要だ。


 力ある民は、そこに居るだけで建物の維持に必要な魔力を供給する。個人の住宅は、先祖の【魔道士の涙】の魔力も使って守った。

 力なき民の家も、【魔力の水晶】などを()め込めば、常時魔力を供給できる。


 【魔力の水晶】は高価だ。

 貧しい家、中小企業の社屋や工場、小さな個人商店などは、火災や風水害などで(そこ)なわれやすい。シロアリの被害は薬剤でも防げるが、古い空家などが食害で倒壊することもあった。


 半世紀の内乱中、真っ先に力なき民の家が焼失した。

 その後も多くの人が生命を奪われ、家を守る魔力が失われた。空襲が回数を重ねるに従い、(くし)の歯が抜けるように街から家が消えた。


 今でも、企業や役所などは建物を維持する為、力ある民を優先的に採用する。

 出勤日数に応じて「維持手当て」などの名目で、力なき民とは賃金に差を付ける企業もあった。


 ……そう言うのも、内乱の原因だったんでしょうけどね。


 湖の民のアウェッラーナも、大人になった今なら、職に()く苦労がわかる。

 一見、合理的で、何となく社会に容認されてきた企業慣行が、力ある民と力なき民の間に軋轢(あつれき)を生む。


 力なき民にも「火事や地震の時に困るから」と容認する者が居る。

 人々が、魔力の有無で完全に分断された訳ではないことが、問題を更に見え(にく)くし、複雑化させる。

 力ある民と力なき民の待遇差は、内乱後も残り、現在も続く。


 ビルの残骸の間に個人商店の焼け跡が黒々と(うずくま)る。

 アウェッラーナは、数日前の病院を思い出して胸が痛んだ。


 ……そう言えば、市民病院と警察署はテロで爆破されたけど、火焔瓶では火事にならなかった。


 同時に、被害の様子を思い出して気付いた。

 終戦後に再建された建物の多くは、【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】の術が組込まれなかった。

 内乱中に人材が失われて人手不足に陥り、役所や学校など、公共の建物が優先されたからだ。


 ならば、役所の建物も、ロークが言うように「鉄筋コンクリートだから」ではなく、「術で守られるから」残るのではないか。

 爆弾の直撃を(まぬか)れたなら、まだ使える物があるかもしれない。


 ジェリェーゾ区やミエーチ区が今回の空襲で焼失したのは、その前のテロで住民の大半が避難したからだ。魔力の供給が足りず、術が切れたり、その効力を上回る攻撃を受ければ、耐えられない。


 ……この辺りは、避難所になるハズの建物が残らなかったから、ラジオで何も言わないの?


 アウェッラーナは中心街の廃墟を見ながら考えた。

 案の定、ビルの残骸は雑妖の巣窟だ。なまじ屋根と壁が残ったせいで日が射さず、多くの雑妖が生き残った。何日も掛けて育った雑妖は、身体が大きく存在がはっきり視えた。


 挿絵(By みてみん)

☆先日の暴漢……「0082.よくない報せ」~「0086.名前も知らぬ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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