1039.カーメンシク
このカーメンシク市も、カイラー市と同じ鉱業と工業の街だと聞いたが、雰囲気は全く違う。
前のカイラーは、陸の民がそこそこ多かったが、ここは薬師のねーちゃんと同じ緑髪の湖の民ばかりだ。気のせいか、たまに視界の端を横切る陸の民は、肩身が狭そうに見えた。
「ここでも、情報収集などの外出は三人一組でしよう」
「念の為、湖の民を誰か一人連れてって、一人はトラックに残そう」
ソルニャーク隊長の提案に葬儀屋アゴーニが付け足す。
少年兵モーフはすかさず聞いた。
「何でだよ?」
「この街は湖の民が多い。で、カイラーと似たようなもんで、ちっと荒っぽいとこがある」
「同族が居た方が、何かあった時ハナシが早ぇってこった」
何故か、メドヴェージのおっさんが陸の民の癖に威張って言った。
薬師のねーちゃんと漁師の爺さんは、二人の提案に神妙な顔で頷く。
「一度に二組以上は外出できませんが、しばらくはそれで様子を見ましょう」
ラジオのおっちゃんジョールチの一言で話が決まった。
そんなワケで、少年兵モーフは漁師の爺さんアビエース、工員たちの父ちゃんパドールリクと三人で情報収集に出ることになった。もう一組は、葬儀屋のおっさんと魔法使いの工員クルィーロ、レノ店長の三人だ。
隊長たちは、DJレーフがアミトスチグマでもらってきた分厚い資料を読むのに忙しく、薬師のねーちゃんは漁村で売った薬の補充で忙しい。
……ん? あいつ、何怒ってんだ?
何故か、アマナの顔が険しい。
カイラー市で買った教科書やノートを引っ張り出す動きは、いつになく荒々しく見えた。
「アマナちゃん、どうしたの?」
「別に……」
ピナの妹に素っ気なく応えた目が、何故かモーフに突き刺さる。
……えっ? 俺、何かした?
身に覚えはないが、そわそわ落ち着かなくなる。だが、リストヴァー自治区に居た頃、不機嫌な女に話し掛けて、痛い目を見たおっさん連中をイヤと言うくらい見て来た。
……ひっぱたかれるくらい別にイイけど……いや、やっぱよくねぇけど、泣かれちゃ堪んねぇよな。
「モーフ君、どうしたんだい? 行くよ」
「お、おうっ」
パドールリクにやさしく声を掛けられて我に返る。
今回、移動放送のトラックとワゴンを停めたのは、大きな公園の駐車場だ。二人とも、もう門の外に居た。
カーメンシク市の中央部で、南側はウーガリ山脈が空を塞ぎ、北側も湾に張り出した半島が邪魔で湖が狭く見える。
……景色が狭いのが気に入んねぇのか?
金髪のアマナは陸の民だが、王都ラクリマリスでは湖の女神の神殿に参拝した。
水平線が見えるくらいスカッと見晴らしのいい湖を見たいのだろうか。ますます顔が険しい。
「アマナちゃん、お父さんとクルィーロさんたち、今日はすぐ戻るし、一緒にお勉強して待ってようね」
「ん? ……うん」
ピナにやさしい声で慰められ、アマナの目から険が少し取れた。
そう言われてみれば、今日は珍しく、パドールリクとクルィーロが同時に出掛ける。
「アマナ、俺たち、すぐそこの市場ちょっと見て来るだけだから」
「うん。いってらっしゃい。気を付けてね」
兄貴のクルィーロが言うと、やっと顔全体から険しさが消えた。
父のパドールリクは今回、湾岸地帯まで行くので、帰りが少し遅くなる。仕方のない子だな、と言いたげに娘を見るだけで、何も言わなかった。
「こっちは夕飯までに戻りますんで」
老漁師アビエースの声に促され、モーフは駐車場の門に走った。
何だかよくわからないモヤモヤしたものが胸の奥に澱む。
葬儀屋のおっさんとレノ店長、工員クルィーロは東の市場へ行き、モーフたち三人は街の様子を観察しながら北の坂を下った。
低層の雑居ビルに小さな個人商店が混じる区域を抜け、二階建てアパートとちんまりした一戸建てが並ぶ街区に入る。
どっちを向いても、緑髪の奴ばかりで何となく居心地が悪い。
「モーフ君、ごめんよ」
「ん? 何がッスか?」
パドールリクにいきなり言われ、少年兵モーフは面食らった。並んで歩いて足を踏まれたりなどしていない。
「アマナは、モーフ君に私を取られた気がしてヤキモチで拗ねてるだけだから、気にしなくていいよ」
「えっ、あ、あぁ、うん……はい」
アマナが怒る理由もワケがわからないが、何でわざわざ父親が謝るのかは、もっとわからない。
モーフは、消えてしまいそうな記憶を掻き集めたが、父が姉やモーフの代わりに謝ったことは、なさそうな気がした。
「本人の前で言うと、余計に拗ねるし、私が戻ればすぐに機嫌が治るから……ごめんよ」
「う、うん」
「難しい年頃ですもんねぇ」
老漁師の声が、誰に向けたものかわからない同情を含む。
……何だよ。また、わかってねぇの俺だけかよ。ヤキモチだって?
モーフは、ピナがアマナにやさしく声を掛ける姿がチラつき、さっきのモヤモヤが一層重くなった。
少し行くと、大きな道路に出た。
中央分離帯を挟んだ片側だけで四車線もある。北の工場地帯を出た大型トラックやトレーラーが西へ行き、あちらからは空の車両が戻ってくる。
道路の北側にも住宅街はあるが、工場群を背にしたそれは、少しみすぼらしく見えた。
……まぁ、自治区よりゃマシだけどな。
南側の住宅街よりアパートが多く、そのどれもが煤けて、数少ない一戸建てもこちら側より一回り小さかった。
「ナントカ袋がありゃ、いっぱい運べんのに、何でこんなデカいトラック使ってんだ?」
「ナントカ……【無尽袋】かい?」
老漁師に聞かれて頷くと、パドールリクが一台のトレーラーを指差した。
「あれをご覧。積荷は鋼板だ」
移動放送局の四トントラックよりずっと大きく、自治区で見たどんな車よりも大きかった。
「あの大きさの物を入れようと思ったら、それだけ袋の魔法も強くしなくちゃいけない」
「ふーん」
「でも、強い魔法の袋を作るには、強い魔獣をやっつけなきゃ手に入らない素材が必要だ。火の雄牛って知ってるかい?」
「うん。隊長と運び屋のねーちゃんが倒すとこ見た」
「隊長さん、そんな強いんだ?」
「うん。カッコウの店長がくれた魔法の剣で斬って、運び屋のねーちゃんは呪符使ってた」
「そうなんだ。凄いね」
老漁師は驚き過ぎて声も出ないらしい。
少年兵モーフは我がことのように嬉しくなった。
「話を戻そう。そんな強い魔獣を倒さなくちゃ作れないのに、【無尽袋】は使い捨てだ。毎日運ぶのに命が幾つあっても足りないから、大きい物はトラックで運ぶんだよ」
「へぇー」
……魔法の道具もケッコー不便なとこあるんだな。
信号や横断歩道はなく、三人は地下道を通って北へ渡った。
小さなトンネルには、呪文のタイルが貼られ、照明器具がひとつもないのに明るい。日の光が射さない場所にも関わらず、雑妖は一匹も居なかった。
……この魔法は便利だよな。
出てすぐの所に小さなスーパーマーケットがあった。
「ちょっと覗いてみよう」
パドールリクに反対する理由はなく、二人は素直について行く。
値札の数字はモーフにもどうにか読めたが、これが高いのか安いのか、丁度いい値段なのかまでは、わからなかった。
この店は客も店員も陸の民ばかりで、緑髪のアビエースは場違いな感じがした。
店内を一通り見て回り、パドールリクは缶ジュースを買って出た。
ベンチに座り、荷物を整理するおばちゃん連中に混じってジュースを飲む。おっさん二人は缶を横に置いて、せっせとメモを取り始めた。
モーフはちびちび飲みながら、客を観察する。
スーパーの買物客は大半がおばちゃんだ。ツナギや作業服のおっさんも少し混じる。髪の色は様々だが、湖の民の緑色だけがない。
……ここって、自治区みてぇに陸の民を押し込める地区なのか?
客も店員も、老漁師アビエースのような呪文入りの服ではない。
少年兵モーフは、缶ジュースを飲み終えるまで、スーパーマーケットに出入りする客をじっくり見たが、普通の服の奴ばかりだった。
「お待たせ。じゃ、行こうか」
メモを終えたパドールリクとアビエースが、未開封の缶をポケットに突っ込んで歩きだす。モーフは空き缶入れに投げ込んで二人を追い掛けた。
「ネモラリス島は全体がそうだけど、この街も湖の民が多くてね」
パドールリクが歩きながら、見ればわかることを言った。
「陸の民……特に力なき民は、生活に必要な供給システムの都合で、まとまって住むんだよ」
「きょーきゅー……何の?」
「電気、ガス、水道。まぁ、電気と電話は市内全域に行き渡ってるけど、ガスと水道は、配管の都合でこの辺にしかないんだ」
「何で?」
「工事が大変だし、予算の都合もあるからね。元々住んでる湖の民に引越してもらわないとできない所もあるし」
「ふーん」
……ケチ臭ぇ。
流石に口には出さず、別の質問をする。
「おっちゃんは何でそんなコト知ってんだ?」
「この間まで働いてた会社が、この街の会社と取引してたからね。……そうだ。お昼、そこの社員食堂にしようか。安くておいしいって評判なんだ」
「会社の奴じゃないのに、食っていいんスか?」
「一般解放してるから、大丈夫だよ」
モーフはパドールリクの言葉に安心してついて行った。




