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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1038.逃げた者たち

 東教区のウェンツス司祭が教会執務室の扉に鍵を掛け、フェレトルム司祭、クフシーンカ、新聞屋の店主、工員プラエソーにソファを勧める。


 「前置きなしで失礼します。元・星の(しるべ)が失踪しました」

 「えッ? 仕返しで消されたとかじゃなくってですか?」

 工員プラエソーが不穏な質問をする。


 以前は、ゼルノー市立中央市民病院で呪医の治療を受けた者やその家族が、星の(しるべ)に不信心だと糾弾され、見せしめに殺害されるのが日常茶飯事だった。


 だが、彼らはネミュス解放軍の襲撃で武器を取り上げられた。

 その上、よりによって、フラクシヌス教徒の湖の民に「星の(しるべ)こそが異端である」と指摘され、和平協定に基づいて現在も再教育が続く。

 立場が逆転した今、理不尽に親しい人を奪われた者たちが元・星の(しるべ)に報復し、ネモラリス政府が派遣した治安部隊は、その対応に忙しかった。



 クフシーンカはプラエソーの質問を訳さなかったが、フェレトルム司祭は、何も言わずに地元のウェンツス司祭を見詰めるだけだ。

 東教区の司祭は、執務机の椅子に腰を降ろし、溜め息と共に言葉を漏らした。

 「一部隊十一人が同時に姿を消しました」

 ウェンツス司祭が、先程の遣り取りも合わせて共通語で言い直すと、フェレトルム司祭は小さく頷いて先を促した。


 これまで、一日に十人以上が報復されたことはない。

 「星の(しるべ)の連中、一部隊だけで逃げたんですか? そいつらの家族は?」

 「誰と誰が居なくなったか、はっきりわかってんのかい?」

 身重の妻が待つ工員プラエソーが首を傾げ、新聞屋が聞いた。

 ウェンツス司祭は、クフシーンカが二人の質問を共通語に訳すのを待ち、行方不明になった十一名の呼称を指折り数え挙げる。

 「今朝、再教育の場に姿を現さず、先程まで捜していただきましたが、みつかりませんでした」


 クフシーンカは、彼らの名に憶えがあった。小金を持った団地地区の個人商店主ばかりだ。

 「その人たちの家族は、確か、マレーニ染業の資材供給ルートを使って、解放軍が来る前に自治区の外へ……」

 「そうです。恐らく、家族と合流するつもりなのでしょう」

 ウェンツス司祭が重々しく頷く。

 プラエソーは憤りに顔を歪めたが、二人の司祭に遠慮したのか、苦しげな溜め息を()いただけで、何も言わなかった。


 「でもよ、マレーニ染業は解放軍にやられて廃業したし、どっから行く気だ?」

 「クブルム街道を使ってゾーラタ区へ出て、トポリ空港を目指すつもりではないかと」

 ウェンツス司祭が、新聞屋に苦い顔を向ける。クフシーンカは、何をしに来たかわからないフェレトルム司祭の為に通訳した。


 「私も、そこまでは区長さんからお伺いしました。可能なら、今からでも街道の様子を見に行きたいのですが、如何でしょう?」

 クフシーンカとウェンツス司祭は、自治区の地理に(うと)いフェレトルム司祭を慌てて止めた。

 「彼らが朝一番に街道へ向かったなら、もう追いつけません」

 「しかし」

 「今から行ったのでは、日が暮れてしまいます。クブルム街道は山道ですから、危のうございますわ」

 「それでしたら、尚のこと」

 「今頃は避難小屋に身を寄せた頃でしょうから、大丈夫です。朝になってから、治安部隊にお願いして、平野部からゾーラタ区の方へ先回りしていただきましょう」


 フェレトルム司祭は、地元司祭の説得を不承不承、受け容れた。


 「そうですか。では、逃げた異端者の対処につきましては、治安当局にお任せしましょう。それとは別に、日を改めて一度、そのクブルム街道とやらに行きたいのです」

 「あの……特に何もございませんわよ。司祭様は(たきぎ)拾いや蔓草(つるくさ)集めをなさいませんでしょう?」

 「山には魔物や魔獣が出ます。フェレトルム司祭の身に万一のことがあっては」

 「しかし、地元のみなさんは、蔓草摘みなどで毎日、行ってらっしゃるんですよね? 私の命は聖者様に捧げ、既に自分のものではございません。お気遣いは無用に願います」

 フェレトルム司祭は、こちらの件については頑として譲らなかった。


 ……街道への道案内が欲しくて来たのね。


 わざわざ東教区に来た理由はわかったが、フェレトルム司祭にも、運び屋たちとの連絡を知られるのは危険な気がした。

 注意事項の貼り紙を見られれば、山小屋ごと燃やされてしまうかもしれない。

 共通語のわからない新聞屋と工員プラエソーが、クフシーンカに不安な眼差しを向けるが、フェレトルム司祭の説得に忙しく、通訳どころではなかった。


 「プラエソー、小屋に行って下さったのですよね? 人が居た形跡などはありませんでしたか?」

 ウェンツス司祭に湖南語で声を掛けられ、工員は一瞬ホッとしたが、すぐに顔を曇らせた。

 「俺が行った時には何もありませんでした。運び屋さんが今日、届けてくれるって手紙に書いてた荷物も、ゾーラタ区の人がくれる食べ物とかも、何も……」

 「それは……手紙もなかったのですか?」

 「手紙だけ、郵便受けに入ってました。あ、鍵、お返しします」

 ウェンツス司祭は硬い表情で受取り、クフシーンカに聞いた。

 「お手紙には、何と?」

 「約束通り、お薬を持って来て下さったようで、一覧表と使用上の注意事項も同封されておりましたわ」

 「それも、なくなっていたのですね?」

 プラエソーが石のような表情で頷く。


 湖南語がわからないフェレトルム司祭は、四人が眉根を寄せるのを見て、言い掛けた言葉を飲み込んだ。


 「でもよ、呪いの袋だって、はっきり書いてあんのに幾らなんでも」

 「追い詰められて、構っていられなくなったのではありませんか?」

 ウェンツス司祭が苦しげに言うと、新聞屋は沈黙した。


 「フェレトルム司祭は明日、どうしてもクブルム街道の様子をご覧になりたいそうです。お手数ですが、案内をお願いできませんか?」

 「えぇッ? 俺ぁ共通語はからっきしで、その……」

 新聞屋が目を白黒させる。

 「星道の職人である店長さんにも、必ず同行して欲しいそうなのですが」

 「私の足ではとても……あら、通訳ではなく、星道の職人としてなんですの?」

 改めて共通語で言うと、大聖堂から派遣された若き司祭は、明るい顔で応えた。

 「はい。山道では私が背負いますので、共に行きましょう」

 「そんな、(おそ)れ多いことを」

 「私はタダの人間ですよ。私がご同行をお願いするのですから、当然です」

 通訳ではなく、星道の職人に確認させたいことがあるのだろう。


 ……大工さんとか、他の職人さんが代わりに行って、却って面倒なことになるくらいなら、私が行った方がいいわね。


 クフシーンカは、大火の罹災者(りさいしゃ)支援事業でクブルム街道発掘事業を行った責任者として、腹を括った。

☆フェレトルム司祭……「1007.大聖堂の司祭」「1008.動かぬ大聖堂」「1009.自治区の司祭」参照

☆ゼルノー市立中央市民病院で呪医の治療……「369.歴史の教え方」「529.引継ぎがない」「551.癒しを望む者」「552.古新聞を乞う」参照

☆呪医の治療を受けた者やその家族が、星の(しるべ)に不信心だと糾弾され、見せしめに殺害されるのが日常茶飯事……「557.仕立屋の客人」「558.自治区での朝」「859.自治区民の話」参照

☆ネミュス解放軍の襲撃……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照

☆武器を取り上げられ(中略)現在も再教育……「921.一致する利害」「0941.双方向の風を」「0942.異端者の教育」参照

☆その人たちの家族は(中略)解放軍が来る前に自治区の外へ……「630.外部との連絡」「724.利用するもの」「786.束の間の幸せ」「796.共通の話題で」参照

☆マレーニ染業は解放軍にやられて廃業した……「896.聖者のご加護」「904.逆恨みの告口」「905.対話を試みる」「0939.諜報員の報告」参照

☆星道の職人……「554.信仰への疑問」参照

☆大火の罹災者支援事業でクブルム街道発掘事業を行った責任者……「419.次の救済事業」「420.道を清めよう」「442.未来に続く道」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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