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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1033.拒絶をほぐす

 ……あれっ?


 誰一人として、平和の花束の新曲「(まこと)の教えを」が「よくなかった」では手を挙げなかったが、ネモラリス難民たちの顔は冴えない。

 「じゃあ、よかったって人、手を挙げて下さい」

 ファーキルが戸惑いを抑えて声を掛けたが、隣の顔色を窺うばかりで、一本の手も挙がらなかった。


 「あれっ? じゃあ、良くも悪くもない、フツーってコトですか?」

 「いや、女の子らの歌はまぁ、上手かったと思うよ。でもなぁ」

 老人が隣のおじさんと顔を見合わせ、微妙な表情で頷き合う。

 奥の席から子供の声が上がった。

 「あれってキルクルス教の歌だよね」

 「あんなの流していいのかなーって」

 「ねーっ」

 「いーけないんだー」

 小学生たちの正直な声に大人たちの顔が強張る。

 老婆が眉間の皺を深くして吐き捨てた。

 「これの歌詞はいらないよ」


 ……思ってたより、拒否感強いな。


 ファーキルは集会室を見回した。

 ネモラリス共和国から逃れた戦争難民の顔は、先程とは打って変わって険しい。

 この分では、特番「花の約束」の録音テープを最後まで聞いたのは、最初の一回だけだろう。いや、その一回でさえ、途中で止められた可能性が高い。


 「あの歌は、確かに、キルクルス教の歌です」

 「そら見ろ。何であんなモン放送したんだ?」

 ニプトラ・ネウマエのサインをねだった老人が、別人のように鋭い目でファーキルを睨む。

 「キルクルス教の聖典は、一般信者用と聖職者用、特別な職人用に分かれています。あれは、一般信者が知らないことを歌ったものなんです」

 「それがどうした?」

 「なんでそんなコト知ってんだ?」

 「あんた、まさか……」

 人々の目に憎悪と嫌悪、怯えの色が加わる。


 ファーキルはひとつ深呼吸して続けた。

 「インターネットには全部載ってて、キルクルス教徒じゃなくても……世界中の誰もが見られる状態なんです。アーテルとか、検閲がある国は例外ですけど」

 「何でわざわざ、そんなモン見に行ったんだ?」

 ファーキルに刺さる視線は、相変わらず厳しい。


 「あるバルバツム人に教えてもらいました」

 「やっぱ、あんたキルクル」

 「最後まで聞いて下さい。その人は、キルクルス教徒だけど、自分が魔力を持ってることに悩んでて……バルバツムにはそんな人が大勢居るんです」

 ファーキルは、声を一段大きくして言った。

 六十人以上を前にして力なき民の少年一人。

 彼らの怒りに火がつけば、逃げることもできないだろう。ラクリマリス人のボランティアの助けは、期待できそうもなかった。


 声の震えを抑え、腹に力を入れて、なるべくゆっくり話す。


 「バルバツム連邦は、信仰の自由を認める国で、世界展開する大企業は、力ある民も力なき民も関係なく採用します」

 「それが何だってんだ?」

 「俺らにバルバツムで仕事探せってのか?」

 「冗談じゃねぇ!」

 「色々複雑みたいで、何年か前に、同僚の魔法使いが護符を落として、その人が拾ってあげたそうなんです。そしたら、まぁ、その人に魔力があるってわかって、その人自身、それまで全然、知らなかったらしくて」

 「ん? 何で知らないんだ?」

 西神殿の集会所に疑問が満ちる。


 「バルバツムでは、魔力の有無を検査しないそうなんです」

 「それで、その人、どうなったの?」

 「あなたと話したってコトは、生きてんのよね?」

 「はい。今も遣り取りがあります。奥さんは子供たちを殺して行方不明、ご両親が離婚して、お母さんは自殺、その人は会社をクビになりませんでしたけど、奥さんの身内に毎日、人殺しって罵られて、生きてるのが辛いって言ってます」

 「おいおいおいおい……」

 「そんなのって……」

 難民たちが言葉を失う。


 「その人は、両輪の国出身の人から、聖職者用の聖典がインターネットに載ってるって教わって、解説を見ながら読んだそうです」

 「あんたも読んだんだよな?」

 「何が書いてあったの?」

 同情と疑問が加わり、憎しみが薄らぐ。

 「魔法です」

 「えっ?」

 「は?」

 「何で?」


 ファーキルは、耳を疑う人々に繰り返した。


 「魔法が載っていました。聖職者用と特別な職人用の聖典には、あの歌にあった通り、【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】や【編む葦切(ヨシキリ)】【踊る雀】の術が図入りであって、【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】の呪歌は共通語の歌詞で載ってました」


 驚き、呆れ、困惑、混乱。

 人々の心を憎悪以外のものが満たし、場が静かになる。


 一呼吸置いて、湖の民のボランティアが問いを発した。

 「呪歌を共通語で歌っても仕方ないと思うけど?」

 「その歌に合わせて【踊る雀】の魔踊(まよう)を舞うそうです」

 何人かが納得し、小声で子供に説明する。


 「だったら、何で星の(しるべ)は『魔術は()しき(わざ)だ』なんて言って、あちこちでテロしてんだ?」

 少し奥の席で、誰に聞くともなしに疑問の声が漏れた。

 「いつの間にか、キルクルス教の信仰が歪んじゃったみたいで、ついこの間、バンクシア共和国の大聖堂から、星の(しるべ)が居るってわかってるラニスタとアーテル、それと、リストヴァー自治区に正しい信仰を伝える使命を帯びた司祭が、派遣されました」

 「あんた、そんなコトまで知ってんのか」

 再び、ファーキルに疑念が向いたが、タブレット端末を指差し、落ち着いて答えられた。

 「インターネットのニュースで見ました」

 「へぇー……その、なんとかネットってのは、スゴイもんなんだねぇ」

 感心するおばさんに、周りのみんなも、うんうん頷く。


 一人が急に顔を曇らせた。

 「その司祭、星の(しるべ)に殺されたりするんじゃないだろうね?」

 「そうよねぇ」

 「それに、自治区やアーテルで偉い司祭が何言ったって、クレーヴェルに潜り込んだ星の標にゃ届かんだろ? ネモラリスにはその、えー、なんだ、アレがないんだからよ」

 老人がファーキルに渋い顔を向ける。


 「そうですね。それでも、星の(しるべ)の本部があるラニスタや、支部があるアーテルと、リストヴァー自治区に正しい教えが伝われば、武器の密輸とかが減るかもしれません」

 「そんな上手く行くかしらねぇ」

 「まぁ、何もしないよりゃいいけど」

 何とも言えない微妙な空気だが、先程の憎悪に満ちた鋭さは消えた。


 ……頃合いかな?


 「ご感想、ありがとうございました。必ずニプトラさんたちにお伝えします」

 「サイン、頼んだぞー!」 

 老人の声で場が和んだ。

☆あるバルバツム人……「812.SNSの反響」参照

☆正しい信仰を伝える使命を帯びた司祭……リストヴァー自治区「1007.大聖堂の司祭」~「1009.自治区の司祭」「1012.信仰エリート」、ラニスタ「1013.噴き出す不満」、アーテル「1024.ロークの情報」参照


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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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