1032.王国側の反応
ファーキルは、ラゾールニクの【跳躍】で、王都ラクリマリスに連れて行ってもらった。
七月初旬の空はすっかり夏で、庭木や街路樹で鳴き交わす蝉が賑やかだ。
「じゃ、夕飯までにここで合流な」
「了解です」
王都の西神殿に近いホテルだ。運び屋フィアールカの知人が支配人を務める。気マズくなるくらい歓待され、却って居心地よくないが、ファーキルには選択権がなかった。
二人は、豪華な部屋に質素な荷物を置いて、貴族の館を改装したホテルを後にした。
外に出た途端、汗が吹き出し、ファーキルは麦藁帽子を被り直した。肩掛け鞄の中身は、水筒と塩入の飴、タブレット端末だけだ。
「なるべく日陰を歩いて、倒れないようにな」
「はい。気を付けます」
ラゾールニクは汗ひとつかかず、涼しい顔で、日当たりのいい南の通りへ曲がった。ファーキルは、運河沿いに街路樹の影を選んで歩き、西神殿へ向かう。
……魔法の服、便利だよなぁ。
ラゾールニクは力ある陸の民で、身に纏うのは刺繍で【耐暑】や【耐寒】【魔除け】【耐衝撃】などの術が施された服だが、力なき民のファーキルは何もない普通の服だ。
魔力があるだけで、熱中症対策をしなくても真夏の日向を無頓着に歩ける。
魔力のない者は、夏のよく晴れた日に外出するだけで、生命の危険が増す。
……よく考えたら、不公平だよな。
持って生まれた能力の差は、誰かを恨む筋合いの話ではない。
だが、両者の大きな違いに気付いてしまえば、持たざる者は持つ者を仰ぎ見て、その差の理不尽さに釈然としない思いを抱えてしまう。
……キルクルス教が世界中に広がるワケだ。
持たざる者が魔術を“悪しき業”と定義し、魔力を“穢れた力”と呼ぶ教えを信じてしまうのは無理もなかった。
西神殿は去年、移動販売店のみんなと来た時より空いていた。
腥風樹の駆除完了で、ネーニア島南部のラクリマリス人が地元に帰ったのと、ネモラリスの戦争難民が、アミトスチグマの難民キャンプなどへ移動したからだ。
ファーキルは神殿の集会所に入り、涼しさにホッとした。
たくさんの長机が並び、大人たちが裁縫や麦藁帽子編みに精を出す傍らで、子供らが勉強する。髪の色は緑以外が圧倒的に多い。勉強を教えるのは湖の民だ。そこそこ身形がよく、ファーキルは地元民だろうと思った。
奥の棚で小型ラジオが午前のニュースを伝える。
手前のおばさんが、夏物のズボンを縫い上げて点検を始めた。
「おはようございます。去年来た時より、かなり減ったみたいですけど、みなさん、どちらへ?」
「色々だね。腥風樹の件で逃げて来た人は、冬に片付いたからみんな地元に帰ったよ。私らネモラリス人は、アミトスチグマの難民キャンプやら、どっか他所の知り合いンとこやら、色々だね」
「船の順番、なかなか回ってこなくてな」
後ろの席で帽子を編むおじさんも話に加わる。
ファーキルは予想通りの答えに神妙な顔で頷いた。
「人捜しなら、事務所で教えてもらえるよ」
「係の人がインターなんとかでパパッとな」
「ありがとうございます。今日は、人捜しじゃないんです」
「じゃあ、何だい?」
ファーキルの様子は、明らかに難民とは違う。
周囲の人々も手を止めて訝しげな目を向けた。
「ラジオ番組の感想を教えていただけたらなって」
「何の番組?」
「あんた、放送局の人なのかい?」
「アンケートに答えたら何かくれンのか?」
あちこちから質問が飛び、子供たちもノートから顔を上げてファーキルを見た。勉強のボランティアが苦笑する。
「ちょっと休憩しようか」
「お邪魔しちゃってすみません」
「いいですよ。丁度ダレてきたとこだったから」
湖の民にやさしい微笑を向けられ、ファーキルはますます申し訳なくなった。
……ちゃちゃっと済ませて次に行こう。
質問した大人たちに向き直り、気を引き締めた。
「正式なアンケートはAMシェリアクが公式サイト……えっと、インターネットでしてます。俺はニプトラさんたちに頼まれて聞きに来ただけなんで……塩飴一粒くらいしか」
「あんた、ニプトラさんと会ったのかい?」
「飴はいらねぇから、サインもらってくんねぇか? 一枚でいいんだ。そこに飾るから」
何人もの大人が目の色を変え、老人がラジオの方を指差す。
「ニプトラさんの親戚経由で頼まれたんで、後でその人に聞いてみますね。もらえるかわかりませんけど」
「あぁ、ダメ元だ。頼んだぞ」
「で、何を聞きたいんだい?」
神殿に身を寄せるネモラリス人の難民たちが、勢い込んで聞く。
「えぇ、まぁ、普通に曲の感想ですけど、みなさん、AMシェリアクの『花の約束』って言う深夜放送、聞いたんですよね?」
「録音よ。私ら、そんな放送があったなんて知らなくて」
「ボランティアの人がテープを持って来てくれてね」
「今もラジカセん中、入ってるぞ。一緒に聞くか?」
一番後ろのおじさんが席を立つ。
「俺、夜中に聞いたんで、大丈夫です。録音も知り合いが持ってますし」
「そうかい。で、感想って、ニプトラさんの歌だけでいいのかい?」
「できれば全部、今から放送順に聞くんで、この曲よかったって人は、手を挙げてもらえますか?」
座り直した人々がファーキルに注目した。
「じゃあ、まず一曲目。『この大空をみつめて』がよかったって人、手を挙げて下さい」
一斉に手が挙がり、一番後ろの男性が笑った。
「兄ちゃん、つまんなかったって奴に手ぇ挙げさせた方が早いんじゃねぇか?」
「そうですね」
言われた通りに聞いてみると、全員が手を下ろした。
……ホントにつまんなくても、手を挙げ難いよなー。
ファーキルは内心、苦笑したが、タブレット端末のテキストファイルに人数を入力した。ファイルにはあらかじめ、曲名と「賛」「否」「個別の感想」の項目だけ入れてある。
集会所に空席はなく、机の並びで掛け算すると、大人と子供、難民とボランティアを合わせて六十四人居た。
「どの辺がよかったですか?」
「そりゃ、久々にニプトラ・ネウマエの歌を聞けて嬉しかったさ」
「天気予報のアレにこんな歌が付いてたなんてね」
「何がどうって上手く言えないけど、やっぱ、いいモンは何回聞いてもイイ」
口々に言われる感想をフリック入力し、二番目の曲「みんなで歌おう」について聞いた。
これも、八割くらいが肯定的だ。
「新聞の切抜きで見たの、こんな歌だったんだなって、感心したよ」
「素人の寄せ集めじゃ、どうしても下手だけどねぇ」
「あれはあれで、味があって、いいんじゃないかな」
「懐かしかったよ」
「俺らも頑張ろうって思えたゎ」
新年コンサートの音源を使った「すべて ひとしい ひとつの花」は、全員が好反応だ。
「なんてぇか、こう……迫力があってよかったよ」
「こんだけよかったら、さぞかしたくさん、寄付が集まったろうね」
音源にした慈善コンサートは、アミトスチグマ王国のパテンス市で行われ、実際に現金と物資でたくさんの志が寄せられた。
その件を伝えると、難民たちの顔が明るくなった。
「歌詞は、もう全部決まったの?」
「いえ、それが、後少しなんですけど……」
放送からまだ半月も経たない。ネットのアンケートやユアキャストのコメント、サイト「旅の記録」の投稿フォームやSNSへのレスなどで、案はたくさん来たが、どれもしっくりこず、詩人のルチー・ルヌィは頭を抱えているらしい。
「番組に出た歌、歌詞はもらえないの?」
「次に来た時、持ってきます」
人々の顔が期待に輝く。
ファーキルは最後の一曲、平和の花束が歌った新曲「真の教えを」について聞いた。
☆運び屋フィアールカの知人が支配人……「535.元神官の事情」 外伝「明けの明星」(https://ncode.syosetu.com/n2223fa/)参照
☆西神殿は去年、移動販売店プラエテルミッサのみんなと来た時……「539.王都の暮らし」~「544.懐かしい友人」参照
☆腥風樹の駆除完了宣言……「862.今冬の出来事」「864.隠された勝利」参照
☆人捜しなら、事務所で教えてもらえる/係の人がインターなんとかでパパッと……「748.異国での捜索」参照
☆AMシェリアクの『花の約束』って言う深夜放送……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆この大空をみつめて……「170.天気予報の歌」参照
☆みんなで歌おう……「275.みつかった歌」参照
☆新年コンサートの音源を使った「すべて ひとしい ひとつの花」……「813.新しい年の光」参照
☆サイト「旅の記録」……「448.サイトの構築」参照
☆平和の花束が歌った新曲「真の教えを」……「0987.作詞作曲の日」参照
▼「すべて ひとしい ひとつの花」製作途中の歌詞




