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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十七章 惻隠

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1032.王国側の反応

 ファーキルは、ラゾールニクの【跳躍】で、王都ラクリマリスに連れて行ってもらった。

 七月初旬の空はすっかり夏で、庭木や街路樹で鳴き交わす蝉が賑やかだ。


 「じゃ、夕飯までにここで合流な」

 「了解です」

 王都の西神殿に近いホテルだ。運び屋フィアールカの知人が支配人を務める。気マズくなるくらい歓待され、却って居心地よくないが、ファーキルには選択権がなかった。

 二人は、豪華な部屋に質素な荷物を置いて、貴族の館を改装したホテルを後にした。



 外に出た途端、汗が吹き出し、ファーキルは麦藁帽子を被り直した。肩掛け鞄の中身は、水筒と塩入の飴、タブレット端末だけだ。

 「なるべく日陰を歩いて、倒れないようにな」

 「はい。気を付けます」

 ラゾールニクは汗ひとつかかず、涼しい顔で、日当たりのいい南の通りへ曲がった。ファーキルは、運河沿いに街路樹の影を選んで歩き、西神殿へ向かう。


 ……魔法の服、便利だよなぁ。


 ラゾールニクは力ある陸の民で、身に纏うのは刺繍で【耐暑】や【耐寒】【魔除け】【耐衝撃】などの術が施された服だが、力なき民のファーキルは何もない普通の服だ。

 魔力があるだけで、熱中症対策をしなくても真夏の日向を無頓着に歩ける。

 魔力のない者は、夏のよく晴れた日に外出するだけで、生命の危険が増す。


 ……よく考えたら、不公平だよな。


 持って生まれた能力の差は、誰かを恨む筋合いの話ではない。

 だが、両者の大きな違いに気付いてしまえば、持たざる者は持つ者を仰ぎ見て、その差の理不尽さに釈然としない思いを抱えてしまう。


 ……キルクルス教が世界中に広がるワケだ。


 持たざる者が魔術を“()しき(わざ)”と定義し、魔力を“(けが)れた力”と呼ぶ教えを信じてしまうのは無理もなかった。



 西神殿は去年、移動販売店のみんなと来た時より空いていた。

 腥風樹(せいふうじゅ)の駆除完了で、ネーニア島南部のラクリマリス人が地元に帰ったのと、ネモラリスの戦争難民が、アミトスチグマの難民キャンプなどへ移動したからだ。


 ファーキルは神殿の集会所に入り、涼しさにホッとした。

 たくさんの長机が並び、大人たちが裁縫や麦藁帽子編みに精を出す(かたわ)らで、子供らが勉強する。髪の色は緑以外が圧倒的に多い。勉強を教えるのは湖の民だ。そこそこ身形(みなり)がよく、ファーキルは地元民だろうと思った。


 奥の棚で小型ラジオが午前のニュースを伝える。


 手前のおばさんが、夏物のズボンを縫い上げて点検を始めた。

 「おはようございます。去年来た時より、かなり減ったみたいですけど、みなさん、どちらへ?」

 「色々だね。腥風樹(せいふうじゅ)の件で逃げて来た人は、冬に片付いたからみんな地元に帰ったよ。私らネモラリス人は、アミトスチグマの難民キャンプやら、どっか他所の知り合いンとこやら、色々だね」

 「船の順番、なかなか回ってこなくてな」

 後ろの席で帽子を編むおじさんも話に加わる。


 ファーキルは予想通りの答えに神妙な顔で頷いた。

 「人捜しなら、事務所で教えてもらえるよ」

 「係の人がインターなんとかでパパッとな」

 「ありがとうございます。今日は、人捜しじゃないんです」

 「じゃあ、何だい?」

 ファーキルの様子は、明らかに難民とは違う。

 周囲の人々も手を止めて(いぶか)しげな目を向けた。


 「ラジオ番組の感想を教えていただけたらなって」

 「何の番組?」

 「あんた、放送局の人なのかい?」

 「アンケートに答えたら何かくれンのか?」

 あちこちから質問が飛び、子供たちもノートから顔を上げてファーキルを見た。勉強のボランティアが苦笑する。

 「ちょっと休憩しようか」

 「お邪魔しちゃってすみません」

 「いいですよ。丁度ダレてきたとこだったから」

 湖の民にやさしい微笑を向けられ、ファーキルはますます申し訳なくなった。


 ……ちゃちゃっと済ませて次に行こう。


 質問した大人たちに向き直り、気を引き締めた。

 「正式なアンケートはAMシェリアクが公式サイト……えっと、インターネットでしてます。俺はニプトラさんたちに頼まれて聞きに来ただけなんで……塩飴一粒くらいしか」

 「あんた、ニプトラさんと会ったのかい?」

 「飴はいらねぇから、サインもらってくんねぇか? 一枚でいいんだ。そこに飾るから」

 何人もの大人が目の色を変え、老人がラジオの方を指差す。

 「ニプトラさんの親戚経由で頼まれたんで、後でその人に聞いてみますね。もらえるかわかりませんけど」

 「あぁ、ダメ元だ。頼んだぞ」


 「で、何を聞きたいんだい?」

 神殿に身を寄せるネモラリス人の難民たちが、勢い込んで聞く。


 「えぇ、まぁ、普通に曲の感想ですけど、みなさん、AMシェリアクの『花の約束』って言う深夜放送、聞いたんですよね?」

 「録音よ。私ら、そんな放送があったなんて知らなくて」

 「ボランティアの人がテープを持って来てくれてね」

 「今もラジカセん中、入ってるぞ。一緒に聞くか?」

 一番後ろのおじさんが席を立つ。

 「俺、夜中に聞いたんで、大丈夫です。録音も知り合いが持ってますし」

 「そうかい。で、感想って、ニプトラさんの歌だけでいいのかい?」

 「できれば全部、今から放送順に聞くんで、この曲よかったって人は、手を挙げてもらえますか?」

 座り直した人々がファーキルに注目した。



 「じゃあ、まず一曲目。『この大空をみつめて』がよかったって人、手を挙げて下さい」

 一斉に手が挙がり、一番後ろの男性が笑った。

 「兄ちゃん、つまんなかったって奴に手ぇ挙げさせた方が早いんじゃねぇか?」

 「そうですね」

 言われた通りに聞いてみると、全員が手を下ろした。


 ……ホントにつまんなくても、手を挙げ(にく)いよなー。


 ファーキルは内心、苦笑したが、タブレット端末のテキストファイルに人数を入力した。ファイルにはあらかじめ、曲名と「賛」「否」「個別の感想」の項目だけ入れてある。

 集会所に空席はなく、机の並びで掛け算すると、大人と子供、難民とボランティアを合わせて六十四人居た。


 「どの辺がよかったですか?」

 「そりゃ、久々にニプトラ・ネウマエの歌を聞けて嬉しかったさ」

 「天気予報のアレにこんな歌が付いてたなんてね」

 「何がどうって上手く言えないけど、やっぱ、いいモンは何回聞いてもイイ」



 口々に言われる感想をフリック入力し、二番目の曲「みんなで歌おう」について聞いた。

 これも、八割くらいが肯定的だ。

 「新聞の切抜きで見たの、こんな歌だったんだなって、感心したよ」

 「素人の寄せ集めじゃ、どうしても下手だけどねぇ」

 「あれはあれで、味があって、いいんじゃないかな」

 「懐かしかったよ」

 「俺らも頑張ろうって思えたゎ」



 新年コンサートの音源を使った「すべて ひとしい ひとつの花」は、全員が好反応だ。

 「なんてぇか、こう……迫力があってよかったよ」

 「こんだけよかったら、さぞかしたくさん、寄付が集まったろうね」

 音源にした慈善コンサートは、アミトスチグマ王国のパテンス市で行われ、実際に現金と物資でたくさんの(こころざし)が寄せられた。

 その件を伝えると、難民たちの顔が明るくなった。


 「歌詞は、もう全部決まったの?」

 「いえ、それが、後少しなんですけど……」

 放送からまだ半月も経たない。ネットのアンケートやユアキャストのコメント、サイト「旅の記録」の投稿フォームやSNSへのレスなどで、案はたくさん来たが、どれもしっくりこず、詩人のルチー・ルヌィは頭を抱えているらしい。


 「番組に出た歌、歌詞はもらえないの?」

 「次に来た時、持ってきます」

 人々の顔が期待に輝く。


 ファーキルは最後の一曲、平和の花束が歌った新曲「(まこと)の教えを」について聞いた。

☆運び屋フィアールカの知人が支配人……「535.元神官の事情」 外伝「明けの明星」(https://ncode.syosetu.com/n2223fa/)参照

☆西神殿は去年、移動販売店プラエテルミッサのみんなと来た時……「539.王都の暮らし」~「544.懐かしい友人」参照

腥風樹(せいふうじゅ)の駆除完了宣言……「862.今冬の出来事」「864.隠された勝利」参照

☆人捜しなら、事務所で教えてもらえる/係の人がインターなんとかでパパッと……「748.異国での捜索」参照

☆AMシェリアクの『花の約束』って言う深夜放送……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照

☆この大空をみつめて……「170.天気予報の歌」参照

☆みんなで歌おう……「275.みつかった歌」参照

☆新年コンサートの音源を使った「すべて ひとしい ひとつの花」……「813.新しい年の光」参照

☆サイト「旅の記録」……「448.サイトの構築」参照

☆平和の花束が歌った新曲「真の教えを」……「0987.作詞作曲の日」参照


▼「すべて ひとしい ひとつの花」製作途中の歌詞

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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