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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十六章 素懐

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1031.足りない物資

 移動放送局プラエテルミッサは、カイラー市とカーメンシク市の中間に位置する漁村でも、放送することになった。


 「あんたら、行商人かい?」

 「薬があったら分けて欲しいんだけど」

 漁協の許可をもらい、事務所前の駐車場で放送の準備をしていると、おかみさんたちが、干物作りや網の手入れを中断して集まってきた。


 子供たちの顔が強張る。ドーシチ市での騒動を思い出したのだろう。

 薬師(くすし)アウェッラーナは自分の胸元を見て、【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を服の中に隠してあるのを確認して声を掛けた。


 「ここってお医者さんや薬師(くすし)さん、居ないんですか?」

 「こんなちっさいとこ、居るもんかね」

 「戦争前までは、カイラーとカーメンシクから交代で、診療車と薬屋さんが来てくれてたんだけどね」

 「まぁ、すぐ近くだし【跳躍】すりゃいいんだけど、なかなかねぇ」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、おかみさんたちの苦い笑顔から、カイラー市の治安の悪さを思った。


 ……今の時期、素材はいっぱい採れるし、いいかな?


 「私たち、移動放送局プラエテルミッサって言います。お薬、備品の傷薬と熱冷ましが少しあるだけなんですよ」

 「それ、譲ってもらうワケに行かないよね?」

 「勿論(もちろん)、お代は払うよ。……ねぇ?」

 おかみさんが周りに同意を求めた。十人くらいの湖の民は、何度も頷いて、同族のアウェッラーナに期待の籠もった目を向ける。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、レノ店長に声を掛けた。

 「半分くらい、いいですか?」

 「うーん……香草茶もありますけど、どうします?」

 「あら、お茶も分けてもらえるのかい?」

 おかみさんたちの顔が明るくなる。


 一人が困った顔で事情を語った。

 「燃料と【無尽袋】が値上がりしたせいで、行商も来なくなったのよ」

 「こっちは魚の干物や干し(エビ)、魚の缶詰だったら渡せるんだけど……」


 メドヴェージとパドールリクが長机を一台降ろし、レノ店長と薬師(くすし)アウェッラーナ、ピナティフィダが渡してもいい物を並べる。


 ……移動販売って随分、久し振りな気がするわ。


 薬師アウェッラーナは、いつ以来なのかも思い出せなかった。

 おかみさんたちが漁港中に声を掛け、あっという間に人集(ひとだか)りができる。

 アナウンサーのジョールチとDJレーフが、よく通る声で行列を整理し、アビエースとソルニャーク隊長が誘導してくれたお陰で、混乱は起きなかった。


 漁協の組合長が出て来て言う。

 「薬は組合でまとめ買いする。入用(いりよう)になったら、事務所に言ってくれ」


 その一言で、ドーシチ市のような騒動が起きずに済んだ。

 結局、この日は遅くなったので放送せず、翌日に持ち越した。



 夕飯はもらった魚で済ませる。

 レノ店長とソルニャーク隊長、ジョールチとメドヴェージがネモラリス島の地図を囲み、難しい顔をした。


 挿絵(By みてみん)


 誰も何も言わず、重苦しい時間が流れる。

 とうとう痺れを切らし、少年兵モーフが聞いた。

 「隊長、何黙ってんスか? その地図、何かマズいんスか?」

 「次のカーメンシク市より東には、リャビーナ市まで大きな街がない。これが、どう言うことかわかるか?」

 「わかんねぇッス」

 モーフが即答すると、葬儀屋アゴーニが笑った。

 「坊主、もうちっと考えてから言えよ」

 「何だかわかんねぇから聞いてんのに」

 隊長は、口を尖らせるモーフに「仕方のない奴だな」と苦笑を洩らして答えた。


 「都市に挟まれたこの漁村でさえ、医療と物資が不足しているのだ」

 「食いモンとか、盗られるかもしんねぇんスか?」

 「その懸念もある。(もっと)も、農村ばかりだから、食糧を奪われる可能性は高くないだろう」

 「薬やら燃料やら、手に入り(にく)いモンが狙われるだろうな」

 メドヴェージの視線が、薬師(くすし)アウェッラーナに向けられる。


 「私が薬師(くすし)だってバレたら、またドーシチ市みたいになるかもしれません」

 「しかも、あのお屋敷みてぇに毎日、ご馳走が出るなんてこたぁねぇ」

 メドヴェージに言われ、モーフは口をひん曲げて横を向いた。

 「俺、そんな口軽くねぇよ」

 「あぁ、ハイハイ。今までちゃんと黙ってたもんな」

 メドヴェージに軽くあしらわれ、モーフはますますむくれてしまった。


 「盗難の心配もそうですが、リャビーナ市まで、燃料が手に入らない懸念があります」

 「この辺り……パドール湾より東は、地形の都合で港を作れないので、農家が多いんですよ」

 アナウンサーのジョールチが、地図を示した指をすっと東に走らせると、パドールリクが眉根を寄せて声を落とした。

 「生野菜などを街に出荷するのにトラックを使うでしょうが、湖上封鎖で輸入が減りましたからね」


 兄のアビエースが、呪符を貼ったポリタンクに目を向けて小声で聞く。

 「後、どのくらい行けそうです?」

 「チェルニーカで満タンにして、カイラーでもちょっと入れたし、次のカーメンシクでも、ちったぁ手に入るんじゃねぇか?」

 運転手のメドヴェージが気軽な調子で答え、少し場の空気が軽くなった。


 DJレーフがポリタンクをポンと叩く。

 「もし、ガス欠で動けなくなっても、アミトスチグマまで跳べば買えるし、一個くらい、担いで帰れるから、心配ないって」

 「お、兄ちゃん行ってくれンのか。ありがとよ」

 メドヴェージがニカッと笑い、この話はこれで終わった。



 「ジョールチさん、あんた、生きてたのか!」

 「えぇ、お蔭様で命だけはどうにか……」

 翌日の放送は、放送の設備を使う必要がなさそうなくらい人が集まった。

 「新聞の配達がなくなって、ラジオだけになっちまってな」

 「ラジオは戦時特別体勢で、似たようなのしかやんなくて、つまんないし」

 「街へ出たついでに新聞買っても、薄っぺらくてお堅いハナシしか載ってないしなぁ」

 漁村の住民は情報にも飢えていた。



 放送終了後、大喜びで郷土料理の(エビ)スープを振る舞ってくれた。


 ……街に挟まれたここでこんなじゃ、この先、どうなってるかわかんないわね。


 開戦後、巡回診療が一年近く途絶えたなら、予防接種なども受けられなかっただろう。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、感染症がどれだけ蔓延したか想像しかけたが、すぐにどうこうなるものではない、と無理矢理自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けた。


 ……もし、そうなってたら、燃料と一緒で、外国に助けを求めればいいのよ。


 何もかもを自分たちだけで解決しようなどと、無謀にも程がある。

 平和を目指す活動と同じだ。

 みんなで協力すれば、乗り越えられることは多い。


 困り事は何でも相談して、手伝ってくれる人、助ける力を持つ人と縁を繋いで行かなければ、とラキュス湖の(さざなみ)を見て改めて思った。

☆ドーシチ市での騒動……「235.薬師(くすし)は居ない」「236.迫りくる群衆」参照

☆あのお屋敷みてぇに毎日、ご馳走が出る……「237.豪華な朝食会」「246.部屋割の相談」「251.蔓草細工の班」「266.初めての授業」「281.行く先は不明」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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