表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十六章 素懐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1056/3511

1030.価値観の違い

 カイラー市内での最後の放送を生で聞こうと、公民館の駐車場に市民が続々と詰めかける。


 クルィーロは、樫祭でカイラー神殿へ参拝に行く途中、ひったくり騒ぎを目撃して以来、ずっと気を張って過ごしてきた。



 あの日、鞄をひったくられたおばさんが悲鳴を上げても、地元民は慣れっこなのか知らんぷりだった。クルィーロはどうしていいかわからず、アマナの手を握って父と顔を見合わせた。


 「ひったくりよー! 捕まえてー!」

 おばさんが連呼しながら追い掛ける。


 犯人が勝ち誇った顔で大通りの人混みに紛れようとした時、誰かに足を引っ掛けられて派手に転んだ。近くに居合わせた者たちがあっという間に犯人を取り囲み、たくさんの足が日頃の鬱憤を晴らすかのように蹴りを浴びせる。

 ひったくりは逃げるどころか、起き上ることもできず、身体を丸めて(うずくま)るだけで精一杯。おばさんが追い付いた時には、立てなくなっていた。


 犯人を転ばせた人物も、蹴りに加わった人々も、おばさんがお礼を言うより先に解散して人混みの一部になる。

 カイラー市内では珍しくもない光景なのか、野次馬が集まることさえなく、おばさんも鞄を拾うと行ってしまった。


 ……警察とか……呼ばなくていいのか?


 通行人は、道の真ん中に倒れた男をチラ見して通り過ぎるだけで、誰も介抱しない。アマナが父と兄を見上げるが、二人とも下手に動けなかった。


 ……何かして仲間だと思われたら、地元の人に何されるかわかんないよな。


 見回したが、公衆電話は見当たらなかった。

 店から人が出て来て、ひったくり犯の足を持ち、店と店の隙間に引きずって行った。顔が変形した男は、荷物扱いされても反応がない。店員は面倒臭そうに店内へ引っ込み、レジ横の電話を使った。


 「お店の人がお巡りさん呼んでくれたみたいだし、行こうか」

 父が声を掛けると、アマナは悪い夢から覚めたような顔で歩きだした。

 クルィーロは歩きながら考えたが、そもそもどこにポイントを置いて、驚いたり怖がったりすればいいかさえ、わからない。


 ひったくり事件が起きたこと。

 目の前の事件に無関心な人が多いこと。

 犯人を捕まえてくれた人が何人も居たこと。

 捕まえ方が荒っぽいこと。

 捕り物に加わった人々が、お礼目当てではなかったこと。

 被害者が犯人に無関心なこと。

 道の真ん中に倒れた人が居ても、通行人が無関心なこと。

 店員が、負傷して気絶した犯人を物扱いしたこと。

 地元民がやたら手慣れた様子なこと。


 どれもこれも、ゼルノー市ではなかったことばかりだ。

 カイラー市に来るまでに通過したどの都市でも……ネモラリス領でも、ラクリマリス領でも、こんなことはなかった。

 首都クレーヴェルでは爆弾テロに巻き込まれたが、あれは特殊な例だろう。


 後でレノとジョールチから、カイラー市の犯罪統計の話を聞いて納得した。


 ……まぁ、犯人ボコるのはどうかと思うけど、捕まえてくれる人があんなに居て、謝礼を要求しなかったってのは、イイことだよな?


 ジョールチの判断で、この事件は放送しなかった。



 もうひとつ驚いたのは、公民館の駐車場に放送場所を移した時、少年兵モーフがクルィーロたちの報告を聞き流していたとわかったことだ。


 ……自治区じゃ、よくあるコトなのか?


 もっと酷い可能性に気付き、クルィーロは何も言えなかった。


 「パッと見、街の様子は落ち着いてるし、モーフ君は情報収集とかで警察行かなかったし、防犯ポスターも……まぁ、アレだし……わかんなくても仕方ないよ」

 メドヴェージとアゴーニに呆れられ、しょげるモーフをどうにか慰めようと、レノが声を掛けたが、リストヴァー自治区出身の少年兵は項垂れたままだった。


 ……カイラー市に着いてすぐの時、自治区に似てるって言ってたの、要するにそう言うコトなんだろうな。


 クルィーロは悲しくなった。



 昨日、葬儀屋アゴーニがアミトスチグマ王国まで、DJレーフを迎えに行った。

 レーフはたくさんの土産を持ち帰って上機嫌だ。みんなはレーフの無事な姿にホッとした。


 ラクリマリス王国のAMシェリアクで放送した特別番組「花の約束」は、概ね好評だったと言う。

 土産は両国で買った保存食と日用品、他国で活動する仲間が収集し、ファーキルが印刷した情報だ。分厚い紙束が幾つもあり、全てに目を通すだけでもかなり日数が掛かる。


 「戻ったばかりで疲れているでしょうが、明日の放送の打合せを」

 「大丈夫ッスよ。そんな疲れてませんし」

 DJレーフは、軽い調子でアナウンサーのジョールチに応じた。



 今朝の放送は、心配したような場所取りの喧嘩騒動や、スリや置引などの事件が起こらず、無事に終わった。

 クルィーロが神経を張り詰めたからと言って、犯罪を防げるワケではないが、放送が終わった途端、どっと疲れが押し寄せた。


 「久々にいいモン聞かせてくれてありがとよ。これ、少ないけど、持ってってくれや」

 最前列で最初から最後まで聞いた年配の男性が、照れくさそうに酒瓶を差し出した。封が切られ、中身は半分くらいだ。

 クルィーロは営業スマイルが引き攣った。

 「ありがとうございます。お酒飲む人が居ないんで、お気持ちだけ……」

 「あぁ、これな、中身ガソリンなんだ。べらぼうに値上げしやがったから、こんだけしか買えなかったけどよ、遠慮しねぇで足しにしてくれや」


 彼はよっぽど楽しみだったのだろう。朝食の準備中から来て、移動放送局プラエテルミッサの前で古雑誌に座り、最初から最後まで動かなかった。

 眩しい笑顔で差し出された酒瓶には、剥がれかけのラベルがあるだけで、呪符は一枚もない。


 「あ……ありがとうございます。あ、あの、ホントにいいんですか?」

 「いいって、いいって。遠慮しねぇで取っといてくれよ。久々にいいモン聞かせてもらったからな。ま、キモチだ」

 男性は、ガソリン入りの酒瓶を半ば押しつけるように握らせて、さっさと行ってしまった。


 ……ちょ……これ【耐火符】も何もナシって、ほぼ火炎瓶じゃないか。


 クルィーロは冷や汗をかいた。車内に持ち込むのは怖いが、だからと言って、いつまでも手に持っていたい物ではない。

 万が一に備えて、そっとトラックから離れた。



 公民館の駐車場からどんどん人が減る。

 「お兄ちゃん、どうしたの?」

 「な、何でもない、何でもないから来るな!」

 アマナが気付いて駆け寄ろうとするのを慌てて止める。


 葬儀屋アゴーニも気付き、止める間もなく距離を詰められた。

 「兄ちゃん、どうした?」

 「それが、いいモノ聞かせてもらったお礼にって、ガソリンもらっちゃったんですよ」

 「火炎瓶かよ。わかった。待ってな」

 アゴーニはトラックに駆け戻り、荷台に飛び乗った。

 アマナが不安げにクルィーロを見て、父の傍へ寄る。


 「ほらよ。もう大丈夫だ」

 アゴーニが酒瓶に予備の【耐火符】と【防火符】を貼ってくれ、クルィーロは膝から力が抜けそうになった。

 どうにか礼を言うと、アゴーニは笑った。

 「オバーボクでいっぱい買っといてよかったな」


 オバーボク市には、湖北地方のミクランテラ島行きの定期便があり、呪符職人が多い。


 湖北七王国はいずれも鎖国政策を採るが、魔法使いの国際組合【霊性の翼団】の本部を置くルブラ王国領ミクランテラ島だけは、開かれていた。

 湖北地方の膨大な魔術の知識や、貴重な素材が手に入る為、オバーボク港は北への玄関口として賑う。


 素材やそれを求める職人が集まることで価格競争が起き、また、オバーボクでは見習い呪符師の手による物も多く出回る為、他所より呪符の値段が安いのだ。


 アゴーニは他に【魔除け】【耐寒】【耐暑】などの呪符も、たくさん調達してくれた。

 もう七月だが、去年、ランテルナ島でゲリラの拠点から脱出した時のように【操水】で冷却し続けて、魔法使いたちが疲弊する心配がなくなった。


 ……仮設から呪符盗んでた星の(しるべ)って、ホント最悪だな。


 アゴーニと連れ立って、FMクレーヴェルのワゴンに歩きながら、呪符からの連想でつらつら考え、改めて憤る。


 「鉱山の仕事ってなぁ、落盤なんざなくたって命を落としやすいモンなんだ」

 「山の魔物とかですか?」

 「そうだ。それで命の値段が安くなりがちで、細く長く生きてぇって奴より、太く短くって奴が多い土地柄なんだよ」


 ……それで犯罪が多くて、こんな色々雑なのか。


 クルィーロは思ったが、口には出さず頷いた。


 ガソリンをくれた男性は、雑ではあるが、移動放送局プラエテルミッサの番組を楽しんで、その喜びと感謝を直接、伝えてくれた。

 義理堅く、親切でもあるだろう。

 移動放送局が必要とする物をちゃんと考えて、差し入れに高価なガソリンをくれた。


 ……この街の人って、価値観が全然違うってだけで、完全な悪人って、他所と同じくらいしか居ないんだろうな。


 だからあの日、ひったくり犯は通行人に成敗されたのだ。



 片付けを終え、人情は厚いようだが、居心地がいいとは言えなかったカイラー市を後にした。

☆首都クレーヴェルでは爆弾テロに巻き込まれた……「709.脱出を決める」~「713.半狂乱の薬師(くすし)」参照

☆レノとジョールチから、カイラー市の犯罪統計の話/公民館の駐車場に放送場所を移した時……「1020.この街の治安」参照

☆カイラー市に着いてすぐの時、自治区に似てるって言ってた……「0989.ピアノの老人」参照

☆【耐火符】も何もナシって、ほぼ火炎瓶……普通は、術を施した専用容器「130.駐車場の状況」か、呪符「0967.市役所の地下」を貼って使用する。

☆オバーボク市には(中略)呪符職人が多い……「852.仮設の自治会」「0948.術を学び直す」参照

☆ランテルナ島でゲリラの拠点から脱出した時のように【操水】で冷却……「472.居られぬ場所」「474.車のナンバー」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ