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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十六章 素懐

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1029.分断の阻止へ

 「バルバツムの目論見(もくろみ)?」

 エレクトラが首を傾げ、頬に掛かった髪を払いのけた。大地の色の髪の少女だけでなく、緑髪の呪医や他の者たちも、怪訝(けげん)な顔でラクエウス議員に視線を注ぐ。


 若手議員のクラピーフニクが、みんなを代表して聞いた。

 「この地域をキルクルス教化して、魔法使いの国を減らす他にも、まだ何かあるんですか?」

 「うむ。植民地化だ」

 「えっ? 今時、それってアリなんですか?」

 中学生のファーキルが目を丸くし、当時を知る長命人種の呪医は、表情を険しくした。


 クラピーフニク議員が、首を捻りながら質問を重ねる。

 「そんなの国連が……バルバツムは常任理事国ですけど、他の国が黙っていませんよね?」

 「無論、かつてアルトン・ガザ大陸南部に対して行ったような、完全支配による搾取と隷属ではない」

 ラクエウス議員は、先程もらったばかりの紙束に視線を落とした。

 大きな活字で印刷してくれたお陰で、老眼にも読みやすい。ルフス工業団地化計画の束を食卓の中央に置いて説明した。


 「今朝、フィアールカさんが、姉の手紙を届けてくれた。大聖堂から派遣されたフェレトルム司祭についてだ」


 バンクシア共和国の精光ルテウス大学……キルクルス教社会の最高学府を卒業した優秀な聖職者だが、歯に(きぬ)着せぬ物言いで上の不興を買ったらしく、辺境のリストヴァー自治区に飛ばされたようだ。

 当人は逆に、差別と弾圧に苦しむ自治区民を救済し、道を踏み外した異端者「星の(しるべ)」を何としてでも聖なる星の道に連れ戻す、と気炎を吐いているのだと言う。


 ラクエウスの姉……仕立屋の店長クフシーンカの筆は、困惑に満ちていた。


 フェレトルム司祭は、大聖堂が一般信者に隠し続けたことを礼拝で堂々と公表し、自治区内の元・星の(しるべ)への報復が激化したと言う。

 「あれっ? でも、ラクエウス先生と私たちが撮った動画も、同じですよね? 聖典に魔法の呪文が載ってるって……」

 針子のアミエーラが、不安に(かげ)る目で報告書の束を見て、ラクエウス議員に視線を移す。


 姉のクフシーンカと星の道義勇軍のソルニャーク隊長、アミエーラの後輩の針子サロートカ、市民病院の呪医も動画の収録に協力した。

 直後にネミュス解放軍が自治区に侵攻したが、姉の証言データはインターネットを介して、アミトスチグマの同志の許へ無事に届けられた。


 「うむ。自治区ではタブレット端末を持つ者が少ないからな。それに、同じ内容でも、匿名のみんなや俗人の儂が言うより、大聖堂から来た司祭の口から語られた方が重い」

 「あー……」

 平和の花束の少女たちが、渋い顔で頷く。

 「フェレトルム司祭は、一昨日の礼拝で、聖職者の中にも魔法使いが居ると明かし、『だから、この地の力ある民が、キルクルス教に改宗することには、何の問題もない』と言い放ったのだそうだ」

 「えぇッ?」

 若手議員、呪医、歌手が同時に声を上げた。フラクシヌス教徒の魔法使い三人は、驚きのあまり後の言葉が続かないらしい。


 力なき民のファーキルが、大人たちに代わって聞く。

 「そんなコトになったら、ラキュス湖の水位が減っちゃうって言うか、その司祭、フラクシヌス教の神話をただのお伽噺(とぎばなし)だと思ってませんか?」

 「知ってるんなら、まだマシなんじゃない?」

 「あー……全然知らないかもー」

 アルキオーネが黒い瞳に無理解への怒りを漲らせ、アステローペが眉を下げた。


 「その可能性は大いにある。フェレトルム司祭は、キルクルス教団がアーテルの工業団地計画に資金援助を行い、リストヴァー自治区でも、同様の計画が進行中だと言ったらしい」

 それには、職を失った自治区民が顔色を良くした。

 末端の労働者にとって、本社がどこの企業だろうと、雇用の受け皿がひとつでも増え、生活が立ちゆくなら大歓迎だ。


 「それだけでなく、和平の成立後、国民が改宗して、自治区の領域を広げるならば、ネーニア島内の他の場所でも、同様の援助を行う用意がある、とも言ったそうだ」

 「何ですって?」

 呪医セプテントリオーが緑の目を丸くする。

 真っ先にそうなるのは、隣接するゼルノー市だ。市民病院の呪医が声を荒げるのも無理はない。

 「サイッテー。札束で顔ひっぱたいて、欲しかったら改宗しろって言うようなもんじゃない」

 アルキオーネが憤る。



 ソプラノ歌手オラトリックスのよく通る声が、質問で話を戻した。

 「それが、植民地化なんですのね?」

 「本国と同じ条件で雇われるなら、単なる私企業の事業拡大で済むのだがな」

 「違うんですの?」

 「みんなも知っての通り、この辺り……魔法文明圏では、物々交換が主流で、給料も物納が多い」

 「えぇッ? それってもしかして、つまんないガラクタで払って、タダ働き同然でコキ使うってコトですか?」

 「札束ですらない!」

 「ウッソー!」

 「最低ー……」

 アルキオーネの先回りに平和の花束のメンバーが呆れる。


 「大国のバルバツムをはじめ、科学文明圏の国々は、ここしばらく不景気が続いておる。デフレに次ぐデフレで物価と賃金が下がり続け、あちらの消費者は、更なる低価格を求める悪循環に陥っておるのだよ」

 「それは、つまり、破格の低賃金で使える労働力を求めて、湖南地方に進出しようとしていると言うことですか?」

 若手のクラピーフニク議員は、飲み込みが早かった。ラクエウス議員は頷いて続ける。

 「左様。復興支援名目で入り込んだが最後、労働者への搾取が何十年も続くであろう」

 「えっ? 地元の会社も復興しますよね?」

 ファーキルの質問に議員二人を除く者たちが同意する。


 「先に人手を取られ、信仰で囲い込まれたのでは、復興の足を引っ張られてしまう。そうなれば、雇用の受け皿が減り、限られた就職先を求め、改宗する者が増えるだろうな」

 ラクエウス議員が、和平成立後の惨状を瞼に浮かべて説明すると、他の者たちは凍りついた。



 開戦前までは、建物に施された【魔除け】などの維持の為、力ある民が優先的に雇用された。

 力なき民に生まれた者が、後天的に魔力を身に着けるのは不可能だが、「誰でも聖者キルクルスを信仰してもいい」となれば、力ある民は、水が低きに流れるように改宗するだろう。



 「このままでは、ディケアなど、湖東地方と同じ轍を踏んでしまうのですね?」

 ラクエウス議員は、呪医の確認に深く頷いた。

 「うむ。国家の再統合に向け、早急に行動を起こさねば、カネと信仰、二本の刃で、我が国は細切れにされてしまう」

 「再統合? 元のラキュス・ラクリマリス共和国に……どうやって、ひとつの国に戻すんですか?」

 ファーキルが、自分にできることはないかと身を乗り出す。


 「まずは、情報収集だ。手始めにラクリマリスの世論と、アーテルの魔物や魔獣による捕食事故の統計を調べてくれんかね?」

 「はい!」

 少年が力強く応じる。



 かつては、異なる信仰を抱いても、ひとつの国の民として共存できたのだ。

 不可能ではないと信じ、それぞれの役割を確認した。

☆かつてアルトン・ガザ大陸南部に対して行ったような完全支配……「370.時代の空気が」「434.矛盾と閉塞感」「542.ふたつの宗教」「585.峠道の訪問者」「858.正しい教えを」参照

☆大聖堂から派遣されたフェレトルム司祭……「1007.大聖堂の司祭」~「1009.自治区の司祭」「1012.信仰エリート」参照

☆ラクエウス先生と私たちが撮った動画……「858.正しい教えを」~「861.動かぬ証拠群」参照

☆姉の証言データ……「887.自治区に跳ぶ」~「891.久し振りの人」参照

☆魔法文明圏では、物々交換が主流で、給料も物納が多い……「0026.三十年の不満」「330.合同の演奏会」参照

☆科学文明圏の国々はここしばらく不景気が続いて……「435.排除すべき敵」参照

☆力ある民が優先的に雇用された……「107.市の中心街で」「723.殉教者を作る」参照

☆力なき民が後天的に魔力を身に着けるのは不可能……「296.力を得る努力」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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