1028.大国の目論見
「自治区だけで済めばいいんですけどね」
呪医セプテントリオーは、クラピーフニク議員の懸念を理解し、確認した。
「国内の隠れキルクルス教徒が団結して、もっと広い領域が分離独立すると言うのですね?」
「そうです。空襲で焼き払われたネーニア島内の都市にバルバツム企業を進出させ、ローク君の報告にあったリャビーナ市のオースト倉庫みたいに、力なき民だけを雇用して、社内でキルクルス教の宗教教育を施されたのでは、お手上げですよ」
「成程。一足飛びに独立を目指すのではなく、そうやって信者を増やし、経済的に依存させてから唆すのですね?」
「多分、そのつもりなんじゃないかと思っています」
ファーキル少年が、クラピーフニク議員の自信ありげな推測に首を捻った。
「でも、魔物や魔獣の対策って、どうするんですか? アーテル本土の北部と東部、ラニスタ領の辺りは、土地の魔力が少なくて魔物とかも少ないけど、ネーニア島はそうじゃありませんよね?」
「確かに、沿岸部以外は、魔物などが多くて住めませんね」
セプテントリオーが言うと、若手議員はタブレット端末をつついて二人に向けた。銃と弾丸のカタログだ。
「ここ二十年くらいで、科学の対魔獣兵器がなかり進歩したんですよ。実体のない魔物相手じゃ、役に立ちませんけど」
「えー、じゃあ、アーテルみたいに誰かが食べられてから、軍の特殊部隊がやっつけに行くんですか?」
ファーキルが顔を顰め、クラピーフニク議員も苦虫を噛み潰す。
「そうなるだろうね。【魔除け】が使えたら、弱い魔物が家に入らないようにできるし、実体がない段階でやっつけた方が楽だし、被害も少なくて済むんだけど」
セプテントリオーは、ランテルナ島の拠点で、ラゾールニクに見せられたアルトン・ガザ大陸諸国の統計を思い出し、胃が痛くなった。
……信仰の為に、敢えて誰かを見殺しにすると言うのか。
クラピーフニク議員が目を伏せる。
「キルクルス教徒の人たちは、魔法使いの国を減らしたいんでしょうね」
「えぇー……?」
中学生のファーキルでさえ、呆れるハナシだ。
他所はともかく、このラキュス湖周辺地域から魔法文明国とフラクシヌス教徒が減れば、湖水を維持できず、大変なことになってしまう。
「キルクルス教徒……ラクエウス議員にも聞いてみませんか?」
「そうだね。女のコたちの練習、そろそろ終わってる頃だと思うよ」
クラピーフニク議員が、タブレット端末から報告書をパソコンに複写し、紙に印刷する。
「取敢えず、ラクエウス先生の分だけ。呪医とファーキル君は、データで見て下さい」
「わかりました」
報告書の束と飲み物を持ってピアノの部屋に行くと、歌の練習組は、焼き菓子を食べながら雑談していた。
「椅子足りないから、食堂に行きませんか?」
アルキオーネが、菓子の大皿を持って立つ。
セプテントリオーたちはラクエウス議員、平和の花束の四人、歌手オラトリックスと針子のアミエーラと連れ立って、ぞろぞろ移動した。
十人が食堂に腰を落ち着けるのを待って、若手議員が簡単に説明する。老議員は聞きながら資料に目を通して唸った。
「秦皮の枝党は、外国人や外国企業による土地取得を規制する法律を作らんだろうな」
「パドスニェージニクさんたち、党の中枢に居る隠れキルクルス教徒が、反対するでしょうからね」
若手のクラピーフニク議員が苦い顔で頷く。
「実は既に外国企業を積極的に誘致する動きが出ておる。先日、DJの彼が持って来た情報によると、イーヴァ議員が、湖東地方の企業との取引を増やすよう働き掛け、ネモラリス島内でも有権者に呼び掛けておるのがわかった」
「湖東地方は戦争カンケーないし、いいんじゃないんですか?」
アルキオーネが首を傾げる。
リストヴァー自治区出身のアミエーラが、問題点を口にした。
「それで来る工場長さんとか偉い人は、きっと外国人でキルクルス教徒よね?」
「……まぁ、最初はそうなるでしょうね」
「その人たち、自治区に住んで、許可証もらって、ゼルノー市とかに通うの? 工場がネモラリス島だったら、毎日、車と飛行機を乗り継いで大変だし、お天気が悪かったら無理よ」
「あー……そうねぇ。じゃあ、工場の寮とかに住むのは?」
アルキオーネが思いつきを口にすると、今度はタイゲタがダメ出しした。
「それやっちゃうと、工場がキルクルス教徒の村みたいになるんじゃない? 光の導き教会の近くの村っぽいカンジで」
「あー……」
アルキオーネが頭を抱える。
「光の導き教会?」
「ランテルナ島に一個だけあるキルクルス教会です。島生まれの力なき民の信徒は、カルダフストヴォー市に住めないけど、本土の街にも受け容れてもらえないから、教会の近くに村を作って細々と暮らしてるんです」
呪医セプテントリオーは、エレクトラの説明に頷いたものの、アーテル人の対応には釈然としなかった。
オラトリックスが溜め息混じりに言う。
「今も、リャビーナ市のオースト倉庫はそうですからね。自治区の近くだけでは済まないでしょう」
「ネモラリス中の隠れキルクルス教徒がみんな、あっち系の会社に就職したら、また半世紀の内乱みたいになるんじゃないんですか? ネミュス解放軍が黙って見過ごすとは思えませんし」
クラピーフニク議員が忌々しげに吐き捨て、みんなの顔が曇る。
呪医セプテントリオーは、リストヴァー自治区の惨状を思い出した。
誰も焼き菓子に手を着けない。
夕飯の支度をする料理人が、香草茶を淹れてくれた。アステローペがティーポットを受け取り、可愛く礼を言う。料理人は目尻を下げて厨房に戻った。
ささくれた心が芳香で幾分か和らいだ。
「バルバツムの目論見は、恐らくもうひとつある」
老議員の一言で、再び空気が凍った。
☆もっと広い領域が分離独立する……諜報員ラゾールニクとプラエテルミッサの面々も同じ懸念を抱く「0938.彼らの目論見」参照
☆リャビーナ市のオースト倉庫……「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」、社内でキルクルス教の宗教教育「873.防げない情報」参照
☆アーテルみたいに誰かが食べられてから、軍の特殊部隊がやっつけに行く……「359.歴史の教科書」参照
☆アルトン・ガザ大陸諸国の統計……「431.統計が示す姿」参照
☆フラクシヌス教徒が減れば、湖水を維持できず、大変なことになってしまう……「534.女神のご加護」「542.ふたつの宗教」「821.ラキュスの水」「874.湖水減少の害」参照
☆イーヴァ議員が、湖東地方の企業との取引を増やすよう働き掛け……「0972.演説する議員」「0976.議員への陳情」参照
☆光の導き教会の近くの村……「841.あの島に渡る」「843.優等生の家出」「846.その道を探す」参照
☆リストヴァー自治区の惨状……「0940.事後処理開始」~「0943.これから大変」参照




