1027.工業団地計画
ファーキル少年が、「首都ルフスで進行中の工業団地計画」と題されたファイルを開く。
今度は、クラピーフニク議員が情報を読み解き、呪医セプテントリオーとファーキル少年に説明しながら進めた。
「確かに、産業を振興させて経済的に復興できないと、アーテルから経済難民が発生しますね。隣のラニスタだけじゃなくて、信仰で繋がるディケアとか、湖東地方の国、アルトン・ガザ大陸のバルバツムやバンクシアまで行く人も出るかもしれません」
若手議員の声が、心なしか暗い。
呪医セプテントリオーは引っ掛かりを覚え、聞いてみた。
「それがまた、紛争の火種になるのですか?」
「うーん……国力が疲弊してますからね。当分は、国同士の戦争にはならないでしょう。キルクルス教への信仰が篤い人は、ネモラリスに侵入する手段が限定されますから、テロの心配も、憂撃隊よりずっと少ないでしょう」
「それでは、どのような懸念が?」
クラピーフニク議員は、ファーキル少年に地図を表示させて続けた。
「アーテルはキルクルス教国として独立して、この三十年余りで、信仰だけでなく、経済的にもバルバツム連邦との繋がりが強化されました」
「そうですね。半世紀の内乱からの復興資金は、教団からの寄付やバルバツムなど、キルクルス教国からの援助が大半を占めたと」
「今もそうですし、何年も前から、無人機の配備も手伝ってましたからね」
ファーキル少年がイヤそうに言った。
若手議員が、タブレット端末からパソコンにデータを送り、別の地図を表示させる。どこかの都市だ。区画が赤・黄・白の三色に塗り分けてある。
「アーテルの首都ルフス西部です。ロークさんからの情報を補完する為、同志が手分けして現地調査しました」
赤は倒産した中小企業の工場や社屋、廃業した店舗の所有者が亡くなったが、相続の手続きが進まず宙に浮いた土地。
黄は倒産や廃業が近い企業と個人商店。
白は経営中の企業と個人商店、倉庫、駐車場や居住中の住宅だ。
あちこち赤があり、黄色も多い。他の色に囲まれ、肩身が狭そうな白もあった。
「赤は、自殺や魔物に襲われた現場、債権者が揉めたり、相続人が借金も一緒に相続させられるのがイヤで放棄したなどの理由で、所有者が定まらない所が多いんです」
……こんな短期間でそんなことまで調べがつくのか。
呪医セプテントリオーは、まだ見ぬ同志の調査能力の高さに舌を巻いた。だが相変わらず、この状態がどう影響するのかわからない。
「借金取りと相続人が困っているのはわかりましたが、一体、ネモラリスにどんな影響が?」
「現在、バルバツムのデベロッパーが、赤色で示されたどうしようもない土地を買い漁っています」
「そんなことが可能なのですか?」
若手議員は、呪医に頷いた。
「アーテルには、外国人や外国企業の土地取得を規制する法律がありませんからね。バルバツムの企業は、どんどん工業団地の用地取得を進めています」
セプテントリオーには、それの何が困るのかわからず、ファーキル少年も怪訝な顔でクラピーフニク議員を見詰める。
「ネモラリスにも、土地取得を制限する法律はありません。リストヴァー自治区の工場は、今のところ全て国内企業のものですが、昨冬の大火や、この間のネミュス解放軍の襲撃で、工場や店舗が破壊され、中小を中心に再建を断念したところが多いんです」
「それは……つまり、自治区の土地も、合法的にバルバツム企業のものになる可能性がある……と?」
闇を手探りするように聞くと、クラピーフニク議員は首肯し、ファーキル少年が息を呑んだ。
「現状でも、自治区の復興支援でキルクルス教団やバルバツム連邦などのキルクルス教国、それにあちら側の企業などから、寄付金や救援物資が大量に投入され、バルバツム製の太陽光パネルや淡水化設備などのインフラも設置されています」
「バルバツム企業の参入……用地取得や工場の設置は拒めないのですね?」
クラピーフニク議員は頷いたが、ファーキル少年は首を傾げた。
「どうしてダメなんですか? 働くとこ、増えるんですよね?」
「バルバツム連邦政府は建前上、信仰の自由を認め、国内に魔法使いも居住していますが、実質的にキルクルス教国です。また、ネモラリス共和国と積極的な交流はありませんが、断交しているワケでもありません」
クラピーフニク議員が、画面上の地図を指差して説明を続ける。
「戦争中から、ルフスで工業団地の計画を進めています」
「バルバツム政府が頃合いを見て、自国企業の利益の為に、停戦や和平の仲介役に手を挙げると言うのですか?」
セプテントリオーの問いに若手議員が頷く。
……それのどこに不都合が?
「ルフスの工業団地を足掛かりに、リストヴァー自治区でも同様の土地取得と工場の設置、現地での従業員の雇用を進め、『キルクルス教徒だから、手厚い支援を受けられた』状況を作るでしょう」
「キルクルス教徒……だから? しかし、半世紀の内乱からの復興では、自治区には何も」
「状況が変わりました」
発言を遮られ、セプテントリオーは口を噤んだ。
「湖東地方では、この三十年の間に幾つも内戦が終結して、和平協定に基づき、民族や信仰によって分離独立の動きが加速しました。最近の例では、ディケア共和国がそうです。同様にキルクルス教を国教に定めた小国が幾つも建国しました」
「ディケアのことは、ロークさんから前に少し詳しい報告が来てましたけど」
ファーキルの声に困惑が滲む。
クラピーフニク議員は画面の地図でディケア共和国を指差した。
「湖東地方の和平の仲介をしたのは国連で、中心になって動いたのはバルバツムです。湖東地方のキルクルス教国は、条約を締結して独自の経済圏を形成し、軍事同盟も結びました」
「そこに湖南地方のアーテルやラニスタが加わって、リストヴァー自治区も同様に独立する惧れがあるのですか?」
若手議員は、呪医に曖昧な顔で頷いた。
☆首都ルフスで進行中の工業団地計画……「1022.選挙への影響」参照
☆経済難民が発生/ロークさんからの情報……「0966.中心街で調査」参照
☆半世紀の内乱からの復興資金……「363.敵国の背後に」「371.真の敵を探す」「402.情報インフラ」参照
☆今もそうです……「588.掌で踊る手駒」「751.亡命した学者」「0999.目標地点捕捉」「1024.ロークの情報」参照
☆何年も前から無人機の配備も手伝ってました……「325.情報を集める」「331.返事を待つ間」「358.元はひとつの」「363.敵国の背後に」「569.闇の中の告白」「752.世俗との距離」「809.変質した信仰」「814.憂撃隊の略奪」「0957.緊急ニュース」参照
☆自殺や魔物に襲われた現場……「0957.緊急ニュース」参照
☆昨冬の大火……「054.自治区の災厄」「055.山積みの号外」「212.自治区の様子」~「214.老いた姉と弟」参照
☆ネミュス解放軍の襲撃……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照
☆寄付金や救援物資が大量に投入……「276.区画整理事業」「528.復旧した理由」「562.遠回りな連絡」「722.社長宅の教会」参照
☆バルバツム政府は建前上、信仰の自由を認め、国内に魔法使いも居住……「434.矛盾と閉塞感」「812.SNSの反響」「0993.会話を組込む」参照
☆ディケア共和国/ロークさんから前に少し詳しい報告が来てました……「696.情報を集める」「727.ディケアの港」「728.空港での決心」「751.亡命した学者」「0938.彼らの目論見」参照
☆小国が幾つも建国……「751.亡命した学者」「766.熱狂する民衆」「903.戦闘員を説得」参照




