1025.二人の犠牲者
ファーキルは、言われるまでプリンタがピーピー鳴るのにも気付かなかった。画面では、メッセージウィンドウが紙切れを告げる。
「故障じゃなくって、紙が足りなくなっただけなんで、大丈夫ですよ」
ファーキルは、呪医セプテントリオーに手順を説明しながら補充した。ついでに、出力済みの分を項目毎にクリップで束ねて空き机に置く。
違うことをして少し気持ちが落ち付いた。やや迷ったが、メモを終えた呪医に声を掛ける。
「連続殺人の犯人、わかったっぽいです」
「憂撃隊の犯行だったのですか?」
「う~ん……半分合ってる……のかな?」
二人でパソコンの前に移動する。画面のスクロールを戻して読んでもらうと、呪医セプテントリオーも言葉を失った。
……裏口入学の“賄賂さん”と、空襲で何もかも奪われてゲリラになって、死んだけど、それでもアーテルを許せない人か。ある意味、最強だよな。
両者に共通するのは、アーテル共和国とキルクルス教徒に対する深い恨みだ。
現場の確認はできないが、少なくとも、ルフス光跡教会の大司教殺害事件に関しては、ポーチカと言う女性の犯行だろう。
いつも通り、司祭館に呼ばれ、失うものは命すらないゲリラの【魔道士の涙】を携えて行った。ポーチカの「苦しみの記憶」とゲリラの「悲しみと魔力」を共通の感情が繋いだ時、何が起きたか想像に難くない。
裏口入学を知らされなかった神学生のヂオリートは、ゲリラの勧誘員シルヴァと出会って【魔道士の涙】を受け取ったらしい。
その出会いは偶然だったのか。それとも、老婦人シルヴァが教団に恨みを抱く人物を探し出し、偶然を装って接触したのか。
……どうやって調べるかわかんないけど、シルヴァさんのことだし、知ってて偶然のフリした気がするなぁ。
あの用意周到な老婦人が、何の下調べもなしに【魔道士の涙】を神学生に渡すとは思えなかった。
ノートの写真には、ロークがヂオリートとシルヴァから聞き取った話だけが書かれ、彼自身の推測などはない。
テキストファイルには、運び屋フィアールカの補足説明があった。
【明かし水鏡】を借りて一連の事件を調べたところ、ルフス光跡教会の聖職者たちの事件はポーチカ。政治家の内、レプス大統領補佐官と国会議長、大統領選立候補者の一人も、ポーチカとゲリラの【魔道士の涙】の犯行だったが、残りの候補者は“犠牲者二人組”の仕業ではなかったらしい。
【明かし水鏡】は、特定の事柄について真偽を二者択一で示すだけで、質問者や質問の仕方によって答えが変化する場合があり、扱いが難しい。
例えば、戦場で「ここは安全である」と【明かし水鏡】に聞いた場合。
質問者が、警備員ジャーニトルのような魔法戦士なら、それを肯定する状況は多いだろうが、力なき民の中学生でしかないファーキルが同じ質問をすれば、全力で否定される。
フィアールカの説明には、どんな人物がどこでどう【明かし水鏡】を使ったか、全く書いていなかった。
……でも、怨念コンビの犯行かどうかわかるってだけでもスゴいよなぁ。
これが【鵠しき燭台】なら、犯行時の様子を完全に再現して、真犯人もはっきりわかるが、流石に等身大の姿見をアーテル国内の犯行現場に運ぶのは難しい。
対して、小型の【明かし水鏡】は真犯人まではわからないが、二者択一で答えられる質問をすれば、どこからでも調べられる。
一長一短で、魔法の道具も万能ではなかった。
……この二人、今、どこに居るんだろう?
復讐の炎で心と魂を焼き焦がし、アーテル共和国内の聖職者を恐怖のどん底に叩き落とした。それでも、止まない。
その炎の消し方など、ファーキルがどんなに考えても答えは出なかった。
どれだけアーテルの聖職者や政治家を殺しても、二人が奪われたものは取り返しがつかない。贖えることではないが、だからと言って、償いをしなくていい理由にもならない。
……ポーチカさんと【涙】になったゲリラ。二人がアーテル人を許せるのって、どんな時なんだろう?
ロークの調査とフィアールカの資料によると、ルフス神学校の礼拝堂爆破テロは、ネモラリス憂撃隊の犯行だ。
事件を受けたポデレス大統領の演説は、アーテル人の復讐心を煽り、ネモラリスに対する敵意と戦意を高揚させた。
そもそも、この爆弾テロ自体が、アーテルの空襲に対する報復だ。
……キリがないよな。
ロークは、一命を取り留めた神学生から、今までアーテル領内で暮らす魔法使いの苦しみを全く気に掛けなかったが、爆弾テロの被害を経験して初めて気付いた、との言葉を聞き取った。
だが、神学校の献花台には、ネモラリス人や魔法使いに復讐を誓う言葉が溢れていた、とある。
……学校のいじめとか、キルクルス教徒が犯人の事件だったら、許しを与えろの大合唱で、被害者を泣き寝入りさせて、悲しむことすら許さないクセに。
ファーキルは、キルクルス教を信仰するアーテル人の身勝手な二重規範にふつふつと怒りが湧き上がった。
隣で読む呪医セプテントリオーも、眉間に皺を寄せる。
半世紀の内乱時代を知る彼らは、復讐心とどう折り合いをつけたのか。
ファーキルは知りたいと思ったが、古傷を抉るような質問を口に出せず、次のファイルを開いた。
次に、ネモラリス憂撃隊が分裂した件の詳報に目を通す。
ある程度はネモラリス政府軍の指示に耳を傾ける穏健派と、政府軍を全く信用せず、アーテル共和国とキルクルス教徒への報復に全てを捧げる復讐派に分かれ、ルフス神学校の礼拝堂爆破テロは、復讐派の犯行と確認できた、とある。
力なき民の建築設計技師や、【巣懸ける懸巣】学派の術者、ネモラリス政府軍がアーテルに撃って出ないことに痺れを切らした脱走兵が、アーテル軍の武器庫から爆弾などを盗み出して犯行に及んだ。
ネモラリス政府軍は、作戦の成功を喜ぶ拠点を急襲し、北ザカート市に集まった復讐派ゲリラを一掃した。
「ネモラリス人同士なのに?」
「彼らの活動が、和平の妨げになるからでしょう」
ファーキルは思わず呟きを漏らした。
元軍医のセプテントリオーが、感情を押し殺した声で応じる。
「オリョールさんたち穏健派は、まだランテルナ島の拠点に居ますし、シルヴァさんも無事です。その内また、復讐に駆り立てられた人を集めるでしょうし、ネモラリス憂撃隊に加わらず、個人で復讐する人も居ますからね」
葬儀屋アゴーニやラクエウス議員、アサコール党首らの働きで、難民キャンプでは、シルヴァが薄く広げた網に引っ掛かる者が大幅に減った。
だが、魔物や魔獣に襲われたワケでもないのに、ある日突然、姿を消す者がないワケではなかった。
☆裏口入学の“賄賂さん”……ポーチカ「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」参照
☆空襲で何もかも奪われてゲリラになって、死んだけど、それでもアーテルを許せない人……「0952.復讐に歩く涙」参照
☆【明かし水鏡】……使用例「596.安否を確める」~「598.この先の生活」、質問者や質問の仕方によって答えが変化「622.質問のまとめ」「623.水鏡への問い」参照
☆警備員ジャーニトルのような魔法戦士……「0932.魔獣駆除作戦」~「0936.報酬の穴埋め」参照
☆事件を受けたポデレス大統領の演説……「869.復讐派のテロ」「911.復讐派を殲滅」参照
☆一命を取り留めた神学生から(中略)爆弾テロの被害を経験して初めて気付いた、との言葉……「910.身を以て知る」参照
☆神学校の献花台には、ネモラリス人や魔法使いに復讐を誓う言葉が溢れていた……「0954.献花台の言葉」参照
☆ネモラリス憂撃隊が分裂……「836.ルフスの廃屋」~「840.本拠地の移転」「863.武器を手放す」「878.悪夢との再会」参照
☆ネモラリス政府軍は、作戦の成功を喜ぶ拠点を急襲……「911.復讐派を殲滅」参照
☆葬儀屋アゴーニやラクエウス議員、アサコール党首らの働き……「806.惑わせる情報」「807.諜報員の作戦」参照




