1024.ロークの情報
「ありがとう! ホント助かったよ」
「いえ、このくらい全然……いつでも言って下さいね」
集めたデータの印刷が終わり、DJレーフは何度も礼を言って、葬儀屋アゴーニとの待合わせ場所へ向かった。
彼を見送り、ファーキルは呪医セプテントリオーと連れ立ってパソコンの部屋に戻った。
レーフと一緒にラジオ出演した平和の花束は、アミエーラと共に別室で呪歌の練習中だ。
……喜んでくれる人が居るってわかって、やり甲斐あるだろうな。
ファーキルもSNSで、「教義と魔力を持つ自分」に苦しむキルクルス教徒からコメントを受け、そのカテゴリのまとめページ作成に力が入った。
彼らは、本来なら心を癒す筈の信仰に苦しめられ、誰にも打ち明けられず、自分の存在そのものをどうしていいかわからないのだ。
ファーキルは「ただ、聞いて、知ってもらえるだけで有難い」と言われ、彼らのそんな喜びが悲しかった。
席に戻って、キルクルス教団の公式サイトを開く。
アーテル共和国、ラニスタ共和国、リストヴァー自治区に派遣された司祭たちが、危うい情報を堂々と開示した。湖南語だけでなく、共通語圏のSNSや掲示板、ブログなどでも拡散し、教団関係者も把握した筈だが、特に反応はなかった。
まだ、ネットメディアや大手マスコミの記事はないが、時間の問題だろう。
一般信徒からの問合せも相当ある筈だが、全て黙殺したのか、相手を見て個別に言い包めたのか。大聖堂の敷居が高い分、各地の教会ではさぞかし対応に苦慮することだろう。
……あ、そっか。マスコミはこの質問自体、社運を賭けなきゃできないから、聞けないんだ。
潰れかけの中小ネットメディアが、炎上狙いで質問しても、大聖堂は無視するだろう。その「無視」もネタにはなるが、今はまだ、単独で記事化するには燃料が足りなかった。
大手マスコミは対応を協議中か、保守的な上層部から頭ごなしに禁止され、冒険したい中小も、他社や教団、ネットユーザやキルクルス教原理主義団体の顔色を窺い、様子見と言ったところか。
……派遣先わかってるし、時機を見て接触するだろうな。
大聖堂も、紛争地帯や貧困に喘ぐ地域に、医療や食糧などの人道支援を盛んに行う。勿論、実動は下っ端の聖職者や、熱心な信徒、キルクルス教圏の企業やボランティア団体だ。
布教やイメージアップ狙いなので、見込みがありそうな地域しか支援しない。
大聖堂は、フェレトルム司祭を派遣したリストヴァー自治区と、レフレクシオ司祭が担当するアーテル共和国へ、更なる支援の為、寄付を呼び掛けていた。
着信に気付き、メーラーを起動する。運び屋フィアールカだ。
――お休みの日にお疲れ様。
ローク君がルフスとイグニカーンス市、周りの小さい町で集めた情報よ。
特番、小説のフォーラムからSNS辿ってみたけど、割と反応イイわ。
アプリの配布も進めてるから、ユアキャストのコメント対応、よろしくね。
添付ファイルは、フィアールカがロークから聞き取ってまとめたテキストと、ロークが手書きでまとめたノートの写真だ。
――お疲れ様です。届きました。
放送で誘導してましたし、そろそろ樫祭の動画、UPしますか?
――もう少し詰めて……今夜もう一回、連絡入れるわ。
――了解です。
テキストファイルは項目別に分けられ、手書き情報の補足もあった。
◆首都ルフスで進行中の工業団地計画
◆特番の評判とカクタケアファンの動き
◆礼拝堂爆破テロ関連情報
◆ネモラリス憂撃隊の動き
◆大司教殺害事件の手掛かり
◆ルフス光跡教会の新しい司祭について
どれも気になる情報ばかりだが、丁度、大聖堂のサイトを見ていたので、教団関係のものを先に読む。ラクエウス議員用にフォントサイズを大きくして出力し、印刷待ちの間に目を通した。
まずは、「◆ルフス光跡教会の新しい司祭について」だ。
レフレクシオ司祭は、大聖堂から湖南地方に派遣された中では最も若い。信仰エリートだけあって弁も立ち、彼の説教を聞く為に礼拝に来る信徒が増えた。
大司教らの殺害事件以来、数人しか居なかった会衆席は回を重ねる毎に埋まり、ほんの十日ばかりで立ち見が出る程になった。祝祭ではない平日の礼拝にこれ程の信徒が集まったのは、ルフス光跡教会建立以来、初めてだと言う。
レフレクシオ司祭は、信徒が充分集まってから、大聖堂が伏せた件を少しずつ小出しにし始めた。
信徒は星の標の目と耳を気にして、リアルではレフレクシオ司祭を話題にしなくなった。匿名で語れるネット上でも、検閲で削除されるのか、自主規制なのか、湖南語ではあまり情報が出て来ない。
一方、光の導き教会を訪れるカクタケアファンは、ランテルナ島へ渡るバスと、島内を巡回するバスの車内で、小説のシリーズと絡めて熱く語った。
少なくとも、若い世代……特にカクタケアファンに与えた衝撃は大きく、光の導き教会付近の村で暮らすランテルナ島生まれのキルクルス教徒にも、少なからず影響を与えただろう。
まだ、具体的な動きや変化は見えないが、注意深く観察を続ける、とあった。
……いい方に動く可能性、少なそうだよなぁ。
ファーキルは溜め息を吐いて「◆ルフス光跡教会の新しい司祭について」のファイルを閉じた。
印刷はまだ終わらない。レモン果汁を混ぜた水を一口飲んで「◆大司教殺害事件の手掛かり」のファイルを開いた。
……えッ? これって……!
どのくらい見入ったのか、ファーキルは肩を叩かれて我に返った。傍らに立つのは、不安な面持ちの呪医セプテントリオーだ。
「大丈夫ですか?」
「えっ? ああぁ、はい。俺は大丈夫です」
「印刷機の調子がよくないようですが……」
機械に疎い呪医が部屋の隅に困った顔を向けた。
☆SNSで、キルクルス教徒の教義と「魔力を持つ自分」の存在に苦しむ人々からコメントを受け……「435.排除すべき敵」、呼掛け「590.プロパガンダ」「591.生の声を発信」→レス「812.SNSの反響」参照
☆アーテル共和国へ、更なる支援の為、寄付……「0999.目標地点捕捉」参照
◆首都ルフスで進行中の工業団地計画……「0966.中心街で調査」「0967.市役所の地下」参照
◆特番の評判とカクタケアファンの動き……「1006.公開済み画像」参照
◆礼拝堂爆破テロ関連情報……テロ「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」、その後「907.同級生の被害」~「910.身を以て知る」参照
◆ネモラリス憂撃隊の動き……「878.悪夢との再会」「879.深くて暗い溝」参照
◆大司教殺害事件の手掛かり……「870.要人暗殺事件」「923.人捜しの少年」~「925.薄汚れた教団」「0952.復讐に歩く涙」「0967.市役所の地下」「0998.デートのフリ」参照
☆光の導き教会付近の村で暮らすランテルナ島生まれのキルクルス教徒……「794.異端の冒険者」「841.あの島に渡る」「843.優等生の家出」「846.その道を探す」参照




