0105.夜の考えごと
冬の星が冴え冴えと輝き、青白い光で時を刻む。
最初の見張り、レノとメドヴェージ以外の者が横になる。
レノとメドヴェージは、焚火を挟んで背中合わせに座り、別々の方向を見張る。
この焚火と【灯】の他、地上には光がない。
……昨日の奴らは、どこでどうやって生き残ったんだろう?
ロークは、西の方からニェフリート運河に沿って歩いて来た、と言った。
あの乱闘の様子では、魔法使いではないらしい。
ミエーチ区の北半分、セリェブロー区の西半分は、ゼルノー市の行政や商業の中心街だ。役所や会社の建物は、鉄筋コンクリートが多い。
南のピスチャーニク区とミエーチ区の西隣には、広大なゾーラタ丘陵が広がる。ゾーラタ区は農業地帯で民家は少ない。
レノは、これまでに歴史の授業で習ったこと、本や新聞から得た知識を総動員して、状況を分析した。
敵は、キルクルス教徒の軍だから、一番の攻撃目標は「魔法使い」の筈だ。
兵糧攻めの為に穀倉地帯を燃やすのは、もっと戦局が悪化してからだろう。
アーテル共和国は当初、「リストヴァー自治区のキルクルス教徒を救う」と言う名目で空襲を行った。
何もかも破壊し尽くしたのでは、自治区民も生活できなくなってしまう。
……自治区が焼けたのって、空襲の前だったよな。タダの火事にしちゃ、火の回りが早過ぎる。
レノはそっと寝床を窺った。
ティスが、ピナにだっこしてもらって静かに寝息を立てる。
クルィーロはアマナを抱きしめ、湖の民の薬師アウェッラーナは、クルィーロとピナの間で眠り、ロークと少年兵モーフ、ソルニャーク隊長の三人は、ピナと焚火の間に横たわる。
断熱シートを敷いたお蔭で、昨日よりよく眠れるようだ。
レノは炭の塊をふたつ、みっつ取り、焚火に焼べた。
パチパチと音を立て、火の粉が爆ぜる。
「あの……質問、いいですか?」
「ん? 何だ?」
レノが小声で呼び掛けると、メドヴェージはすぐに振り向いた。
「自治区にも、消防用の設備や消防団って……ありますよね?」
「ん? あぁ、あるぞ。工場には消防車もあるが、バラック街は道がねぇからバケツリレーだな」
「……そうですか。そうですよね。ありますよね。ありがとうございます」
レノが礼を言い、背を向けようとすると、呼び止められた。
「ちょ、ちょっと待て。今頃そんなの聞いて、どうすんだ?」
「う~ん……隊長さん、言ってましたよね? リストヴァー自治区の周りには結界があるから、魔法では出入りできないって」
「あぁ、俺も初耳だったけどよ」
「自治区外の魔法使いが、土地勘もないのに、夜中、入り組んだバラック街に徒歩で侵入して、火を点けて、無事に逃げられるとは思えません」
「無理心中ってこともあらぁな」
メドヴェージの言葉を否定せず、レノは続けた。
「そうだったとしても、消火が追い付かない規模でって言うのは、普通に考えれば、無理です」
「無理か?」
メドヴェージが首を傾げる。
「そんな凄い魔力の持ち主なんて、そうそう居ませんよ。この焚火を作るだけでもあんなに疲れてるのに」
クルィーロは、魚を焼く火力の維持だけでもバテていた。
薬師アウェッラーナはクルィーロより魔力が強いようだが、それでも、あの水の橋を一人で支えるのは無理だった。メドヴェージも思い出したのか、寝床にチラリと目を遣り、「そうだな」と頷いた。
「何となく、なんですけど、放火犯は大勢居て、複数の場所で同時に火を放ったんじゃないかなって」
「なんだと?」
メドヴェージが思わず声を上げた。
レノは、手真似で静かにするよう伝え、寝床を窺った。
誰も起きない。
小さく息を吐き、レノは続けた。
「……それも、先に消火設備を使えなくしてって言う、計画的で組織的な」
「どこのどいつが、そこまで手の込んだコトするってんだ?」
今度は小声で問い詰められる。レノは首を横に振った。
「わかりません。ただ、普通のうっかりした火事や、個人で突発的にやった放火じゃなくって、大勢で一斉にやったっぽい気がするってだけです」
メドヴェージは難しい顔で黙った。
レノは焚火に背を向け、持ち場に視線を戻す。【簡易結界】の外を雑妖が我が物顔で闊歩した。




