1023.特番への反応
ファーキルは、呪医セプテントリオーに聖光新聞の選挙特集を開くと、向かいの席で待つDJレーフの隣に戻った。
彼は運び屋フィアールカが貸したタブレット端末で、アーテル共和国内の巷の動きと、ラクリマリス王国内の難民支援などの情報を集めて来た。
特別番組「花の約束」の放送直後からは、SNSでリスナーの反応を徹夜して集めたらしく、眠そうだ。
元々、無線通信士の免許を持ち、そこそこ機械の扱いに慣れているからか、タブレット端末の操作も飲み込みが早かった。
……でも、たった一週間で、よくこんなに集めたよなー。
フィアールカがどんな説明をしたのか知らないが、情報源のURLも保存してある。
ファーキルは端末からパソコンにデータを移し、不要な改行を詰めるなど、印刷用に体裁を整えてどんどん紙に出力した。
その隣のパソコンでは、DJレーフが時流通信社の湖南語版サイトを閲覧する。
ニュース配信会社で、他国の同業者と提携し、世界各地に拠点がある。
本社を置く日之本帝国は、チヌカルクル・ノチウ大陸極東の島国で、戦争当事国のネモラリスとアーテル、周辺のアミトスチグマなどとも直接の利害関係が薄く、中立視点からの報道が期待できた。
独自の土着信仰の信者は多いが、政教分離政策を採り、国教を定めない。この戦争に信仰で密接に関わるラクリマリスやラニスタとも、精神的に距離がある。
バルバツム連邦とは同盟関係にあり、最先端の科学技術を学びにバンクシア共和国に留学する者も多いらしいが、信仰による繋がりがない分、他よりマシだ。
「このルフス工業団地計画って、兵器工場作って景気対策と戦費の節約、一石二鳥ってコトないよな?」
DJレーフが誰にともなく呟いた。向かいの呪医セプテントリオーが、画面の隙間からレーフを見る。
「私も、聖光新聞でポデレス大統領の企業誘致計画を読んでいるのですが、業種までは書いていません。そちらには何と?」
「こっちは時流通信の経済ニュースで、バルバツムの半導体メーカーや、汎用部品メーカーとかが手を挙げた、みたいなコト書いてありますね」
呪医が首を傾げるのが目に入り、ファーキルは補足した。
「民間のフツーの需要も多いですけど、ハイテク兵器にも転用できるジャンルですよ」
「飛行機のゴーレムを作る素材になるんですか?」
呪医セプテントリオーが呻くように声を絞り出すと、今度はDJレーフが首を傾げた。
「ゴーレム……? あぁ、無人機ですか?」
「まぁ、でも、バルバツム軍が、テロ支援国家のアーテルに軍事機密を渡すとは思えないんで、ルフスで無人機を作ったりって言うのは、ないと思いますけどね」
売却された中古の無人機を解体して、実機から図面を起こす可能性もなくはないが、現在のアーテルにそこまでの技術力があるとは思えない。
ファーキルが言うと、呪医は少し表情を緩めたが、重い息を吐いた。
「……しかし、景気対策で国民の不満を逸らし、飽くまでも戦争を続ける気なのですよね?」
「うーん、それは手許にある情報だけじゃ何とも言えないんで、工業団地の件、ラゾールニクさんたちに頼んで、現地の様子、もっと詳しく調べてもらいますね」
「よろしくお願いします」
レーフは「AMシェリアク」と番組名の「花の約束」で検索したらしい。
ラクリマリス人のネットに接続できる層の反応は、概ね好評で、ニプトラ・ネウマエのファンによる書き込みが多い。不満も、「そんなポッと出の新人ではなく、もっとニプトラの歌を聞きたい」が大半を占めた。
放送前は「キルクルス教の歌を流すとは何事だ」との苦情が殺到するのではないかと危惧したが、放送直後から今朝までに寄せられた中では、思ったよりずっと少なかった。
アーテル側は、半日足らずで大半の書き込みが削除され、レーフが集めてくれたURLにアクセスしても、エラーメッセージが表示された。
コピペした書き込みの意見は多様だが、アーテル領内からはAMシェリアクの公式サイトにアクセスできず、好意的な意見も批判や苦情も公式には届かない。
幾つか歌詞案もあったが、AMシェリアクが公式として拾い上げるワケには行かなかった。
飽くまでも、ラクリマリス領内の自国民とネモラリス難民に向けた放送なのだ。
気持ちは有難く受取り、後でニプトラ・ネウマエと平和の花束や、アミトスチグマの同志、それにレーフを通じてプラエテルミッサのみんなやネモラリスの同志には届ける。
――ユアキャストって検索しても出ないんだけど?
ロークたちがイグニカーンス市の廃病院から回収した不正プログラムは、まだ拡散が進んでいないようだ。
――俺、バルバツムで見たコトあるぞ。
――じゃあ、ここじゃダメなのか。バルバツム、遠いなぁ。
検閲でアクセスが遮断されるのを嘆く声まで拾ってあった。
レーフが、検索避けの代替ワードまでは探せなかったのか、リスナーが、流石に歌詞の内容に触れるのはマズいと思ったのか、新曲「真の教えを」に関する書き込みは一件もなかった。
「意外とアーテル人が好意的でびっくりしたよ」
「何て言われると思ってたんですか?」
ファーキルが聞くと、レーフは即答した。
「あいつら裏切り者だとか、不信心だとかって、女の子たちが罵られるかと思ってた」
彼女らの無事を喜ぶ声や、先日の慈善コンサートを聞きたいとの声が、圧倒的に多い。
ファーキルは苦笑した。
「そりゃそうですよ」
「どうしてですか?」
呪医から質問が飛び、ファーキルは放送環境の違いを簡単に説明した。
「アーテルはテレビって言う映像付きの放送が主流で、一応、災害対策用に音声だけのラジオも残ってるんですけど、今はもうカーラジオが中心で、ポータブルラジオは半分くらい骨董品みたいな扱いなんですよね」
「骨董? たった三十年でですか?」
長命人種のセプテントリオーが、緑の目を丸くする。
「年配の人が内乱前から持ってるのと、防災グッズとして細々と製造されてるくらいですね。スポンサーつかなくて潰れた局もありますし、今はネットラジオの配信が主流だから、ラジオ専用の受信機を持ってないって言うか、見たコトもなかったり……」
隣でFM局のDJが暗くなったのに気付き、ファーキルは話を戻した。
「えっと、だから、ネットでハイリスクな情報にアクセスして、周波数調べて、わざわざ中古屋さんとかでラジオ買ってまで聞いた人は、アンチじゃなくて、瞬く星っ娘……平和の花束のファンなんですよ」
「そう言うものなのですか」
アイドルファンの彼らは、この放送、あの新曲を耳にして、どう動くだろう。
……ユアキャストを視聴できるアプリがあったら、違法だってわかってても手を出してくれるかな?
ファーキルは、フィアールカたちがどうやって、例の不正プログラムを配布するかまでは、教えてもらえなかった。
☆時流通信社……「754.情報の裏取り」「873.防げない情報」参照
☆日之本帝国……「364.国際政治の話」「751.亡命した学者」~「753.生贄か英雄か」参照
☆テロ支援国家のアーテル……「687.都の疑心暗鬼」「811.教団と星の標(しるべ)」「812.SNSの反響」「0993.会話を組込む」参照
☆番組名の「花の約束」……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆ロークたちが(中略)不正プログラム……「1000.廃病院の探索」~「1002.ポスター設置」参照
☆歌詞の内容/新曲「真の教えを」……「0987.作詞作曲の日」参照
☆先日の慈善コンサート……「1005.初めての樫祭」参照
☆瞬く星っ娘/平和の花束……「515.アイドルたち」参照




