1022.選挙への影響
今年の八月半ば、アーテル共和国では、大統領予備選と国政選挙が行われる。
アーテルの大手紙のひとつ「聖光新聞」のサイトには、残り二カ月を切った大規模な選挙の特集コーナーがあった。
大統領予備選は泡沫候補も含め、多数が出馬する。予備選で篩に掛けられ、来年――印暦二一九三年二月の本選では、四人の中から大統領が決定する。
国政選挙では、国会議員の半数が任期満了で改選される。
大統領候補者へのアンケートや各政党の動き、選挙制度や立候補者の紹介など、大量の情報が詰め込まれ、セプテントリオーには到底、一日二日で読み終えられる気がしなかった。
しかも、記事一覧を見た限り、毎日、十本前後の記事が追加されている。
……アーテル人は幼い頃から、日々こんな膨大な情報に触れるのだな。
ページ内には派手な広告や、見出しと紛らわしいテキスト広告が幾つも並び、中にはちらちら動いて存在を主張して目障りなものまであった。
ファーキル少年によると、無料ページはどこも大体こんな感じで、諦めるしかないらしい。運営に広告収入を充てるのだから、仕方がないとは言え、気が散ること夥しい。
……慣れれば気にならなくなると言っていたが。
呪医セプテントリオーには、そんな日が本当に来るのか疑わしかった。
一覧には不穏な記事も並ぶ。
大統領候補者、また殺害 ゲリラか
政敵の抹殺、疑う声も
大統領、治安維持強化を命令
工業団地推進 レプス氏の遺志継ぐ
呪医セプテントリオーは、手帳に控えた手順と注意事項をもう一度確認し、おっかなびっくりパソコンを操作した。
教えてくれたファーキルは、この特集コーナーを表示してくれた後、向かい側の席に移り、もう一台のパソコンから何かを印刷して忙しそうだ。
印刷するデータを持ち込んだのは、FMクレーヴェルのDJレーフだ。
運び屋フィアールカに借りたと言うタブレット端末をファーキルに渡し、神妙な顔で画面に見入る。
セプテントリオーの席からは見えないが、特別番組の反応を中心に情報収集したと言っていた。ラクリマリス王国の民放、AMシェリアクで、レーフと平和の花束が放送したものだ。
AMシェリアクは、フナリス群島の西島にある局で、セプテントリオーも半世紀の内乱中、実家に帰った時に家族とと共に聞いた。
その家族も実家も、今はない。
セプテントリオーは画面に視線を戻し、アーテルの首都ルフスで発生した連続殺人事件の記事を読んだ。
同様の手口から、同一犯とみられる。
政治家はレプス大統領補佐官、国会議長、大統領選に出馬表明した大物政治家らが犠牲になったが、ルフス光跡教会の大司教など、複数の聖職者も殺害された。
先日見せてもらった連続殺人事件そのものの特集記事は、事実だけを並べていたが、こちらは巷の反応、有識者の解説や推測、有権者の気分、各政党の反応など、周辺情報も載せている。
ルフス神学校の礼拝堂爆破テロと絡めて、ネモラリス憂撃隊の仕業だと断じる声もあれば、便乗して政敵を始末したのではないかと、現職のポデレス大統領の関与を疑う声もあった。
ネモラリス憂撃隊の犯行なら、開戦自体がそもそも間違いだとする糾弾、戦争の継続より景気対策と福祉予算の手厚い分配を求める懇願など、セプテントリオーの予想とは違う方向から平和を望む声もあった。
ポデレス大統領と与党のアーテル党は、火消しに躍起だ。
警邏と警護でテロ警戒を強化、捜査員の増員、レプス大統領補佐官が中心に取りまとめたルフスの工業団地計画の継承と推進、併せて、バルバツム連邦から再開発資金の融資や企業誘致を取りつけるなど、矢継ぎ早に対策を打ち出した。
特に企業誘致が奏功し、年始からじわじわ低下した内閣支持率は、報道発表直後に十ポイントも上昇した。
……同一種の魔物の可能性もあるのだが、人間のせいにした方が、都合いいのだろうな。
セプテントリオーは、近頃ルフスに出没すると言う人面の双頭狼を思い出した。食べ残しが多過ぎるので、魔物だとしても、別種だろう。
……いや、憂撃隊が召喚して放ったなら、やはりネモラリス人のせいなのか?
力なき民が多数派を占めるアーテル共和国の報道では、どうしても魔物や魔術に関する視点が欠ける。
もし、本当にネモラリス憂撃隊の犯行なら、予期せぬ形でアーテル人から平和を望む声を引き出したことになり、セプテントリオーは複雑だった。
企業誘致の記事下には、バルバツム連邦の簡単な説明文がある。
アルトン・ガザ大陸北部に位置する科学文明国で、面積、国力共に世界屈指の大国だ。国連常任理事国のひとつで、各地の紛争に軍事介入し、積極的に平和維持活動を行う。
ファーキルの調べでは、今回の戦争でアーテル軍に大量の中古無人機を提供したようだが、その件には全く触れていなかった。
ネモラリス共和国リストヴァー自治区に救援物資を送った件や、アーテル共和国への経済援助も行い、常任理事国として、中立の立場から人道支援を維持していると締めくくってある。
……中立?
セプテントリオーは首を傾げたが、今はそれどころではない。
アーテル共和国内で上がった平和を望む声が消されぬよう、こちらでどんな手を打てるのか。彼らと手を取り合って終戦を目指すには、どうすればいいのか。
難民キャンプへの支援が途切れぬよう、どんな対策を打てばいいのか。
考えねばならないことは山積みだった。
☆今年の八月半ば、アーテル共和国では、大統領予備選と国政選挙……「868.廃屋で留守番」参照
☆AMシェリアクでレーフと平和の花束が放送した特別番組……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
☆首都ルフスで発生した連続殺人事件……「870.要人暗殺事件」「0957.緊急ニュース」「0967.市役所の地下」「0998.デートのフリ」参照
☆先日見せてもらった連続殺人事件そのものの特集記事……「1013.噴き出す不満」参照
☆ルフス神学校の礼拝堂爆破テロ……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」「907.同級生の被害」~「910.身を以て知る」参照
☆ルフスの工業団地計画……「0966.中心街で調査」参照
☆ルフスに出没すると言う人面の双頭狼……「1013.噴き出す不満」参照
☆国連常任理事国……「364.国際政治の話」「371.真の敵を探す」「434.矛盾と閉塞感」参照
☆アーテル軍に大量の中古無人機を提供……実戦投入「309.生贄と無人機」、情報「325.情報を集める」「331.返事を待つ間」「363.敵国の背後に」参照
☆リストヴァー自治区に救援物資……「276.区画整理事業」「284.現況確認の日」「411.情報戦の敗北」「505.三十年の隔絶」「635.糸口さえなく」参照
☆アーテル共和国への経済援助……開戦前から継続「164.世間の空気感」「371.真の敵を探す」参照
☆アーテル共和国内で上がった平和を望む声……一般人の戦争反対デモ「162.アーテルの子」「164.世間の空気感」「371.真の敵を探す」、安らぎの光の活動「328.あちらの様子」「347.武力に依らず」「353.いいニュース」「693.各勢力の情報」「703.同じ光を宿す」「803.行方不明事件」「856.情報交換の席」「868.廃屋で留守番」、他のキルクルス教国での多文化共生を求めるデモなど「434.矛盾と閉塞感」参照




