1021.古本屋で調達
公民館の向かい側、四車線道路を挟んで商店街のアーケードが見える。
……あんまりここを手薄にするのはマズいな。あ、でも、アゴーニさんは、アミトスチグマ日帰りで往復して疲れてるだろうし。
レノは、プラエテルミッサのみんなを見回して人選を考えた。
「えっと、今からちょっと重い物、買出しに行くんで、手伝って欲しいんですけど、いいですか?」
「何を買うんだ? あんまり重い物ならワゴン出そうか?」
幼馴染の父パドールリクが気楽に言ってくれたが、ガソリンは貴重品だ。
「おじさん、ありがとう。でも、すぐそこだし、商店街の中は一般車両通行禁止だから、気持ちだけでいいよ」
「そうか? じゃ、荷物持ち手伝うよ」
「うーん、できれば、用心の為に魔法使い……アビエースさん、いいですか? 荷物は俺が持つんで」
「店長さん、あんまり年寄り扱いせんで下さいよ。俺は漁で鍛えてあるから、荷物持ちくらいできますよ」
六十代の漁師に苦笑され、レノは恐縮した。
「ありがとうございます。頑張れば、ティスでも持てるものなんで、多分、なんとかなります」
「重かったら遠慮しないで言って下さいよ」
レノは、老漁師アビエースに再び礼を言い、ソルニャーク隊長に声を掛けた。
「隊長さんとモーフ君もいいですか?」
「何を買うんだ?」
「教科書と辞書と参考書とノートと筆記用具です。いつまでも前の学年のって言うのもアレですし、学校に行けなくても、教科書とかあれば、少しは勉強できるんで……ピナとティス、アマナちゃんも、本屋さんで好きなの選んで欲しいんだ」
「なるべく安い方がいいし、古本屋さんにしない?」
ピナが言うと、ティスとアマナがすぐ賛成した。
レノは、妹たちのしっかりした経済観念を頼もしく思ったが、子供にそんな心配をさせてしまった自分の経営手腕の弱さが情けなくなった。
放送する地域で情報収集と共に広告を募り、一応、人の暮らしが成り立つ街で食うに困ったことはない。
ただ、トラックとワゴンの燃料代は、千年茸を売った宝石から少しずつ出していた。湖上封鎖で輸入が滞り、燃料などが高騰したせいで、かなり痛い出費が続く。
……でも、ニプトラさんが、あれ一本で百人規模の工場が建つって言ってたし、家と店の再建資金、そこまで神経質になんなくてもいいんだけどな。
だが、これを口に出せば、ピナは余計に気を遣う。うっすら敗北感を覚え、レノは笑って誤魔化した。
「古本の教科書? ヘンなラクガキとかあるんじゃないか? 偉い人の鼻毛伸ばしたりとか」
「それも味があって面白いよね」
ピナは、もうすっかり決めてしまったようで、てんで取り合わなかった。
諦めて留守番組に後を頼み、商店街に向かう。
電柱やアーケードの支柱には、ひったくりに注意、空き巣にご用心、万引きは犯罪です! 家と自転車はしっかり施錠! などと、何種類もの防犯ポスターが貼られ、各店舗のショーウィンドウや扉には、「警察官立寄所」の表示があった。
空店舗のシャッター前では、等身大の警察官パネルが通りに睨みを利かせる。
効果の程は定かでないが、レノは、警察と商店主たちの涙ぐましい努力に同情を寄せた。
案内板で新品の書店と古本屋、文房具屋の位置を調べ、もう一度、聞いてみる。
「内容変わってるかもしれないし、新品にしない?」
「忙しい日は勉強する暇ないし、学校みたいに毎日じゃないから、勿体ないよ」
「そうかな? 別に減るもんじゃないし、暇な時にまとめてバーっと読んで、後でおさらいすればいいし、遠慮しなくていいんだぞ?」
「教科書だって本なんだから、読めれば何だっていいよ」
「早く買いに行こうよ」
レノは、ピナにあっさり言い負かされ、ティスに手を引かれて歩きだした。
ソルニャーク隊長が苦笑を浮かべ、少年兵モーフを促してついて来る。老漁師アビエースが、アマナと手を繋いでくれた。
商店街を行き交う人々は、誰が焼け出された避難民で、誰が地元民なのか、服装からは見分けがつかなかった。
最初の空襲から一年以上経って、それなりに仮設や避難先での暮らしが落ち着いたのもあるだろう。
だが、つい最近まで滞在したクリュークウァ市やチェルニーカ市では、はっきりそれとわかるくらい、仮設の住民と地元民の服装には差があった。
この街は、農村や漁村と比べて陸の民が多いらしいのも、見分けにくい理由かもしれない。
カイラー市も、ネーニア島のプラヴィーク市と同じく、術で移動や運搬を行い、鉱山から離れた場所にあった。
だが、住民が纏う空気は全く違う。
力なき民向けの酒場が多く、昼間から酔っ払いが道端でクダを巻く。
アマナが空いた手でレノの服の裾を握り、ソルニャーク隊長が歩調を上げて女の子たちと距離を詰めた。
……買物だけして、すぐ戻って、情報収集は大人だけで出直そう。
レノは新品の書店まで足を伸ばす気が失せ、手前の古本屋に入った。
そこそこ大きな店で、棚から溢れた本が床から腰の高さまで積み上がり、埃っぽい空気が満ちる。図書館とも普通の書店とも違う。どこか懐かしい匂いだ。
「モーフ君もこっち来て選んで」
レノが声を掛けると、入口で足を止めたモーフは、自分を指差して小さく首を傾げた。
「そこは他の客の邪魔になる」
ソルニャーク隊長が手招きする。
少年兵モーフは本の山に触れないよう、身体を横にして入ってきた。困った顔でレノを見上げ、蚊の鳴くような声を出す。
「でも、俺……」
「ちょっと傷んでるけど、全学年のがあるから、イケそうなの選んでくれる?」
レノが言うと、モーフは古い教科書が詰まった棚に怯えた目を向け、ソルニャーク隊長を窺った。
「ひとつの教科に偏らず、満遍なく……確かに持ち帰るのが重いな」
「えっ? ホントに俺の分も買うんスか?」
モーフが声を上げ、レジ前に座る店主にジロリと睨まれた。アビエースが申し訳なさそうに会釈する。
レノは大雑把に「学習」でまとめられた棚からテキトーに一冊抜いて、パラパラ捲った。社会の教科書で、案の定、偉人の頭からチューリップを生やすなど、ラクガキだらけだ。
「ティスのおさらい用に一年生から全教科、一冊ずつ買おうかな? モーフ君、どう思う?」
「えっ? お、俺、わかんねぇッス」
「あー、それいいね。たまに、これどうだっけってなる時あるし、読む人数増えたって減るもんじゃないから、モーフ君も一緒に使ってくれていいし」
ピナが同意し、ティスとアマナが早速、手分けして小学校の一年生から順に棚から抜く。
モーフは何か言いたそうにしたが、口をモゴモゴ動かしただけで、何も言わずに彼女らの作業を見守った。隊長と老漁師が顔を見合わせて苦笑する。
「モーフ兄ちゃん、これ持って」
ティスが二年生の全教科の塊をモーフに渡し、アマナが「これも」と一年生の分を上に積み上げて、棚から三年生を探し始める。
レノはピナに渡された辞書と参考書を抱き、ソルニャーク隊長と老漁師アビエースも、二人から小学校の教科書と副読本を引受けて手が塞がった。
「こんなに買ってくれるのかい? ありがとよ。オマケにこれも持ってけ」
店主はほくほく顔で魔物図鑑を付けてくれた。
「文房具は明日にしよう」
会計を済ませて店を出ると、持参した手提げ袋の把手が腕に食い込んだ。
反対はなく、六人はよろよろ公民館の駐車場に戻った。




