1020.この街の治安
「あっ! それでいっつも二人一組なのに、三人で行ってたのかよ」
少年兵モーフが驚いた声を上げた。
「お前、今頃気が付いたのか? 隊長とアゴーニさんのハナシ、何だと思ってたんだ?」
「俺らも樫祭のお参り、交代で行っただろ。ありゃぁ、留守番組を手薄にし過ぎねぇで、お参りに行くモンも安全にっつー組合せだったんだぞ?」
メドヴェージに呆れられ、葬儀屋アゴーニにダメ押しされて、モーフが耳まで赤くなって俯く。
レノは、プラエテルミッサの店長として助け船を出した。
「パッと見、街の様子は落ち着いてるし、モーフ君は情報収集とかで警察行かなかったし、防犯ポスターも……まぁ、アレだし……わかんなくても仕方ないよ」
モーフの読み書きが覚束ない件については濁し、故郷のリストヴァー自治区の治安については触れなかったが、少年兵は項垂れたままだ。
レノは、移動販売店から移動放送局に変わったプラエテルミッサの代表として、カイラー市に着いてすぐ、無線通信士の資格を持つアナウンサーのジョールチと共に市警本部へ行った。
移動放送の許可証を提示し、この街での放送を申請する為だ。
国営放送のジョールチが同行してくれたお陰で、すんなり受理された。
その帰り、庁舎の廊下に貼り出されたグラフが目に留まり、二人は足を止めた。カイラー市内で発生した犯罪、直近三年分の統計だ。
これまでニュース用の情報収集で、たくさんの警察署や市警本部に足を運び、同じものを目にしたが、ここは群を抜いて多かった。
……戦争前からこんな多いなんて。
刑法犯の認知件数、検挙数は共に、カイラー市よりも面積が広く、人口も多いクリュークウァ市やチェルニーカ市の六倍近かった。
内訳の一覧表は、窃盗、暴行と傷害が多く、強盗と詐欺が続く。殺人が少ないのは各学派の癒しの術のお陰で、性犯罪が少ないのは【渡る白鳥】学派の【白鳥の乙女】の術による抑止力だろう。
開戦後、仮設住宅ができた頃を境に窃盗が増えたのは、食い詰めた避難民の犯行よりも、星の標の呪符泥棒が件数を押し上げたせいらしい。
先月の窃盗件数は、四月以前に比べて一割くらい少なかった。
……聖典が届いて、読んで、呪符盗るのやめようってなるまで、そこそこ時間掛かるだろうに。もうこんな減るんだな。
今月はどれだけ減るのか、一カ月分を見てみたい気がしたが、長居したい街ではない。
「ここでも、星の標のテロがあるのですね」
ジョールチが暗い声で呟く。眼鏡の奥から落ちる視線を辿り、レノは衝撃を受けた。昨年の開戦後、毎月数回ずつテロ事件が発生し、検挙は一件もない。
「自爆テロなら、実行犯を検挙できないのは仕方ありませんが、指示役や準備を手伝った一味も逮捕できないのですね」
「野放しじゃないですか」
レノは、グラフと一覧を読み取ったジョールチの解説に背筋が凍った。
モーフは先のチェルニーカ市で、そんな輩のアジトにたった独りで乗り込んだ。星の道義勇軍の少年兵として戦闘の訓練を積み、レノよりずっと強いとは言え、まだ子供だ。「命を何とも思わない犯罪者の巣窟」に行ったかと思うと、その危険性と無謀さに軽く目眩がした。
薬師アウェッラーナが取り乱した気持ちもよくわかる。
「警察は彼らの拠点の位置……いえ、それ以前に、その有無さえ把握できていない可能性がありますね」
「でも、あの本が届いたから、泥棒が減ったんじゃないんですか?」
レノは不安を打ち消して欲しかったが、ジョールチは統計の表とグラフに厳しい視線を向けるだけで、何も言ってくれなかった。
樫祭の間、人出を狙ってテロが行われるのではないかと気が気でなかったが、地元の新聞とラジオをチェックした限り、何事もなく済んだ。
せいぜい、チンケなスリや置引くらいなもので、それも幸い、プラエテルミッサの一行に被害はなかった。
今朝未明、DJレーフはフナリス群島の西島への経由地、アミトスチグマに跳んだ。この時期は王都ラクリマリス周辺の【跳躍】が規制され、船で往復せざるを得ず、合流できるのは順調に行っても一週間後、来月頭になる。
レーフはFMクレーヴェルのDJだが、特別番組の収録でラクリマリスの民放、AMシェリアクに赴いた。
彼でなければできないことで、今回は行き先も期限もはっきりしているが、それでも、こんなところで魔法使いが一人抜けるのは不安だ。
少年兵モーフが、この街のガラの悪い雰囲気に全く気付かなかったとわかり、レノは不憫になった。
……やっぱ、自治区って、ここより酷かったってコトだよな?
レノたち椿屋の三兄姉妹が生まれ育ったのは、ゼルノー市スカラー区で、どちらかと言えば庶民的な町だった。
このカイラー市にはどことなく、スカラー区にはない荒んだ空気が漂う。雑妖対策でゴミなどは落ちておらず、【魔除け】の敷き石がきちんと作動し、表面上は他の街同様キレイに見える。
だが、ふと気を緩めると、何とも言えない荒々しい害意に似た気配が肌を刺し、一刻も早くここを出たくなった。
……フツーの人やちゃんとした人の方が多いから、警察が機能して、無法地帯になってないんだし、大丈夫だよな?
移動放送のトラックとワゴンを停めたのは、公民館の駐車場だが、他に車は一台しかなく、本館にも人の気配がなかった。
入口前の掲示板を見ると、数枚の防犯ポスターと指名手配のポスター。そのついでのように今月の行事予定が貼り出してある。
毎週月曜に「ラクラク呪符教室」がある他は、罹災者支援のボランティアが、打合せで会議室を借りるだけで、スカスカだ。
戦争のせいで文化活動どころではなくなってしまったのか、元々カイラー市民の興味が薄いのか、微妙なところだ。
……あ、そうだ。
レノは呪符教室からの連想で、ひとつ大切なことを思い出した。
☆性犯罪が少ないのは【渡る白鳥】学派の【白鳥の乙女】の術による抑止力……「084.生き残った者」「108.癒し手の資格」参照
☆星の標の呪符泥棒……「820.連続窃盗事件」「831.解放軍の兵士」~「833.支部長と交渉」「0975.ふたつの支部」、犯人「0979.聖職者用聖典」、わかったところでどうにもできない「0980.申請方法調査」参照
☆聖典が届いて……「0977.贈られた聖典」~「0979.聖職者用聖典」、オースト倉庫「696.情報を集める」「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」「873.防げない情報」参照
☆モーフは先のチェルニーカ市で、そんな輩のアジトにたった独りで乗り込んだ……「0972.演説する議員」~「0980.申請方法調査」参照
☆今回は行き先も期限もはっきりしている……十日くらい行き先を告げず、音信不通になったことがある「884.レーフの不在」「922.待つ者の不安」、帰った「0937.帰れない理由」参照




