1019.帰りを待つ間
移動販売店から移動放送局に変わった「見落とされた者」の一行は、いざこざがあったチェルニーカ市を無事に離れ、鉱山の街カイラーに居る。
パドール湾沿いに南下する途中、町や村でも放送したが、治安当局の監視を受けたのは、そこそこ人口が多い町だけだった。
小さな町の警察署では、国営放送アナウンサーのジョールチが許可証を提示しても、ロクに見もせずにふたつ返事で了承された。
農村や漁村に到っては、それすら要らなかった。
……あんなに大騒ぎしたのになぁ。やっぱ、田舎の方は軍や国の偉い奴が居ねぇから、ガバガバなんだな。
少年兵モーフは拍子抜けした。ある程度は予想通りだが、口に出せばソルニャーク隊長に「気を抜くな」と叱られそうで、黙っていた。
ネモラリス島のウーガリ山脈以北の地方は、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲には晒されずに済んだが、星の標のテロや国内避難民の流入、物資の不足などで暗く沈む。
カイラー市は、リストヴァー自治区とは比べ物にならないくらい「イイところ」だが、樫祭とか言うフラクシヌス教の大祭の準備をする間も、街全体に何となく元気がなかった。
家々の戸には樫や秦皮の枝で編んだ輪が掛けられ、そこだけが日常と違う。だが、神殿へ祈りに行く人々は悲愴な顔で、モーフにはちっとも楽しそうに見えなかった。
兄妹と連れ立って歩くピナが悲しげに通りを見回した。
「でも、仕方ないよね。戦争でそれどころじゃないんだし」
話し合いの結果、祭期間中もいつも通りに放送した。
後夜祭の日、DJレーフと葬儀屋アゴーニは、まだ夜が明けきらない内にアミトスチグマ王国へ跳んだ。
「じゃ、行って来るよ」
「気を付けてなー」
祭の前後を含む期間中は、王都ラクリマリス周辺には【跳躍】できず、運び屋フィアールカにアミトスチグマからの船を手配してもらったと言う。
夜が明けてすぐ、アゴーニが一人で戻った。
「船、なんとか間に合ったぞ。俺らは次の放送場所へ行こう」
FMの移動放送は電波伝搬範囲が狭く、そこそこの街では、何度も場所を変えて放送しなければ、市内全域に放送を届けられない。
朝食後すぐ、カイラー市内で二番目の放送場所に向かった。
DJレーフが居ないので、パドールリクがFMクレーヴェルのワゴン車を運転する。クルィーロとアマナも、父のパドールリクと一緒に乗り、イベントトラックの荷台はいつもよりスカスカだ。
少年兵モーフは、パドールリクが「トラックは運転できないが、ワゴンなら運転できる」と言ったのを不思議に思ったが、出発前の慌ただしさに紛れて聞きそびれてしまった。
隣で本を読むソルニャーク隊長に小声で聞いてみる。
隊長は栞を挟むと、イヤな顔ひとつせず教えてくれた。
「運転免許が、乗り物の種類や大きさによって分かれているからだ」
「大きさ? 車だったらみんな一緒じゃねぇんスか? 船と車が違うんならわかるけど……」
「車輌は大きさによって、運転に必要な技術が異なる。燃料、整備方法、事故の危険性も違う」
レノ店長も、力なき民向けの魔法の本「水晶で使う鳩の術」を閉じて、話に加わった。
「クルィーロの父さんが持ってるのは普通免許だから、トラックは運転できないんだ。でも、メドヴェージさんは大型免許だから、こう言うのからバイクまで色々運転できるんだ」
「へぇー……店長さんも、何か運転するヤツ持ってんのか?」
「免許の講習、途中になっちゃったから、何も運転できないよ」
レノ店長は少し淋しそうに答えた。
……何で途ちゅ……あッ!
少年兵モーフは思わず、レノ店長から目を逸らした。今度はピナと目が合って俯く。誰もモーフたち星の道義勇軍を責めないのが、却って辛かった。
ラジオのおっちゃんジョールチが、明るい声で話に混ざる。
「普通免許があれば、原付も運転できますよ」
「原付だけなら、早けりゃ三日くらいでもらえるんだっけか?」
免許を持っていないらしい葬儀屋のおっさんが口を挟むと、レノ店長の顔に少しだけ明るさが戻った。
モーフは、二人が気を利かせて流れを変えてくれたとわかり、胸の痞えが少し取れた。
「どこか大きい街で、教習受けてみようかな? 原付乗れたら色々捗るし」
「お兄ちゃん、免許って住所不定でももらえるの?」
ピナの一言で大人たちが固まった。
……ダメなのか。
モーフは肩を落としたが、気マズい沈黙を破ろうと、全然違う話を振った。
「ラジオの録音って、そんな時間掛かるモンなのか? いっつも二時間かそこらじゃねぇか」
DJレーフは、ラクリマリス王国の放送局「AMシェリアク」へ収録に行った。現地で平和の花束と合流して、一週間くらいフナリス群島の西島から戻れない、と昨日の晩飯時に説明されたばかりだ。
モーフの間抜けな質問で場の空気が緩み、ピナが小さく息を吐いてラジオのおっちゃんを見る。
「今の時期は、移動に時間が掛かりますからね」
「移動? あぁ【跳躍】禁止だっけ?」
「えぇ。それで魔道機船の予約もいっぱいで、収録自体は一日で済んでも、なかなか戻れないんですよ」
ラジオのおっちゃんが遠い目で荷台の壁を見る。
帰りは一旦、アミトスチグマ王国の夏の都に行き、葬儀屋アゴーニが迎えに行く手筈だ。
「その代わり、運び屋の姐ちゃんから端末借りて、情報収集するっつってたから、船を待つ間ブラブラ遊んでるワケじゃねぇぞ」
葬儀屋のおっさんが苦笑する。
ピナの妹が不思議そうに首を傾げた。
「でも、ネモラリスはインターネットないから、戻ったら見えないんでしょ? 全部憶えて来るの?」
「帰りにマリャーナさんちに寄るだろ? そん時に端末は返して、あの坊主に印刷してもらうんだとよ」
「あの坊主って誰だよ?」
モーフは苛立ちをぶつけた。
このおっさんは、人の呼称を憶える気がないらしい。
「えーっと、インターネットが得意な坊主だ」
「ファーキルさんのことですね」
「そうそう。その坊主だ。で、その分の日数も一日余分に掛かって、合わせて一週間だ」
ピナが助け船を出すと、やっと思い出したのか、悪怯れもせず笑った。
「へぇー、どんなコト調べて来てくれるのかな?」
そんなことを話す内に、公民館の駐車場に着いた。メドヴェージとパドールリクが車を停めたのは、アスファルトに白線を引いただけの車置き場だ。白線の区画は二十台分あるが、他には一台しかない。
「まぁ、ここは昔から不景気な街だかンな。DJの兄ちゃんが戻ったらとっとと出よう」
少年兵モーフは、葬儀屋のおっさんがイヤそうに吐き捨てた言葉に驚いた。
「放送しねぇのか?」
「勿論、ここでの放送が終わってからですよ」
ラジオのおっちゃんが駐車場に降りて辺りを見回す。
「このカイラー市は、かつては鉱山で栄えたのですが、半世紀の内乱中に大規模な落盤が発生しましてね。それからどんどん寂れて、現在はあまり治安が良くないのですよ」
女の子たちがイヤな顔をしてそれぞれの兄にひっついた。
……そう言うコトは街に入る前に言えよな。
モーフは内心、舌打ちしたが、ここの前に停めたのは警察署の駐車場だった。
☆移動販売店から移動放送局に変わった「見落とされた者」……「0963.野外のお茶会」「0988.生放送の再開」参照
☆いざこざがあったチェルニーカ市/あんなに大騒ぎした
警察の介入による放送中止、モーフが行方不明に……「0970.チェルニーカ」~「0976.議員への陳情」「0978.食前のお祈り」「0979.聖職者用聖典」参照
放送許可の申請拒否……「0980.申請方法調査」「0981.できない相談」「0983.この国の現状」参照
カピヨー支部長への依頼……「0984.簡単なお仕事」「0985.第二位の与党」参照
放送再開……「0988.生放送の再開」参照
☆鉱山の街カイラーに居る……「0989.ピアノの老人」参照
☆治安当局の監視……「0988.生放送の再開」参照
☆免許の講習、途中になっちゃったから、何も運転できない……「206.カネのハナシ」参照
☆免許を持っていないらしい葬儀屋のおっさん……馬車の御者ならできる「648.地図の読み方」参照




