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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十六章 素懐

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1019.帰りを待つ間

 移動販売店から移動放送局に変わった「見落とされた者(プラエテルミッサ)」の一行は、いざこざがあったチェルニーカ市を無事に離れ、鉱山の街カイラーに居る。



 パドール湾沿いに南下する途中、町や村でも放送したが、治安当局の監視を受けたのは、そこそこ人口が多い町だけだった。

 小さな町の警察署では、国営放送アナウンサーのジョールチが許可証を提示しても、ロクに見もせずにふたつ返事で了承された。

 農村や漁村に到っては、それすら要らなかった。


 ……あんなに大騒ぎしたのになぁ。やっぱ、田舎の方は軍や国の偉い奴が居ねぇから、ガバガバなんだな。


 少年兵モーフは拍子抜けした。ある程度は予想通りだが、口に出せばソルニャーク隊長に「気を抜くな」と叱られそうで、黙っていた。

 ネモラリス島のウーガリ山脈以北の地方は、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲には晒されずに済んだが、星の(しるべ)のテロや国内避難民の流入、物資の不足などで暗く沈む。



 カイラー市は、リストヴァー自治区とは比べ物にならないくらい「イイところ」だが、樫祭とか言うフラクシヌス教の大祭の準備をする間も、街全体に何となく元気がなかった。

 家々の戸には樫や秦皮(トネリコ)の枝で編んだ輪が掛けられ、そこだけが日常と違う。だが、神殿へ祈りに行く人々は悲愴な顔で、モーフにはちっとも楽しそうに見えなかった。


 兄妹(きょうだい)と連れ立って歩くピナが悲しげに通りを見回した。

 「でも、仕方ないよね。戦争でそれどころじゃないんだし」

 話し合いの結果、祭期間中もいつも通りに放送した。



 後夜祭の日、DJレーフと葬儀屋アゴーニは、まだ夜が明けきらない内にアミトスチグマ王国へ跳んだ。

 「じゃ、行って来るよ」

 「気を付けてなー」

 祭の前後を含む期間中は、王都ラクリマリス周辺には【跳躍】できず、運び屋フィアールカにアミトスチグマからの船を手配してもらったと言う。


 夜が明けてすぐ、アゴーニが一人で戻った。

 「船、なんとか間に合ったぞ。俺らは次の放送場所へ行こう」

 FMの移動放送は電波伝搬範囲が狭く、そこそこの街では、何度も場所を変えて放送しなければ、市内全域に放送を届けられない。

 朝食後すぐ、カイラー市内で二番目の放送場所に向かった。


 DJレーフが居ないので、パドールリクがFMクレーヴェルのワゴン車を運転する。クルィーロとアマナも、父のパドールリクと一緒に乗り、イベントトラックの荷台はいつもよりスカスカだ。

 少年兵モーフは、パドールリクが「トラックは運転できないが、ワゴンなら運転できる」と言ったのを不思議に思ったが、出発前の慌ただしさに紛れて聞きそびれてしまった。

 隣で本を読むソルニャーク隊長に小声で聞いてみる。


 隊長は栞を挟むと、イヤな顔ひとつせず教えてくれた。

 「運転免許が、乗り物の種類や大きさによって分かれているからだ」

 「大きさ? 車だったらみんな一緒じゃねぇんスか? 船と車が違うんならわかるけど……」

 「車輌は大きさによって、運転に必要な技術が異なる。燃料、整備方法、事故の危険性も違う」


 レノ店長も、力なき民向けの魔法の本「水晶で使う鳩の術」を閉じて、話に加わった。

 「クルィーロの父さんが持ってるのは普通免許だから、トラックは運転できないんだ。でも、メドヴェージさんは大型免許だから、こう言うのからバイクまで色々運転できるんだ」

 「へぇー……店長さんも、何か運転するヤツ持ってんのか?」

 「免許の講習、途中になっちゃったから、何も運転できないよ」

 レノ店長は少し淋しそうに答えた。


 ……何で途ちゅ……あッ!


 少年兵モーフは思わず、レノ店長から目を逸らした。今度はピナと目が合って(うつむ)く。誰もモーフたち星の道義勇軍を責めないのが、却って辛かった。


 ラジオのおっちゃんジョールチが、明るい声で話に混ざる。

 「普通免許があれば、原付も運転できますよ」

 「原付だけなら、早けりゃ三日くらいでもらえるんだっけか?」

 免許を持っていないらしい葬儀屋のおっさんが口を挟むと、レノ店長の顔に少しだけ明るさが戻った。

 モーフは、二人が気を利かせて流れを変えてくれたとわかり、胸の(つか)えが少し取れた。


 「どこか大きい街で、教習受けてみようかな? 原付乗れたら色々捗るし」

 「お兄ちゃん、免許って住所不定でももらえるの?」

 ピナの一言で大人たちが固まった。


 ……ダメなのか。


 モーフは肩を落としたが、気マズい沈黙を破ろうと、全然違う話を振った。

 「ラジオの録音って、そんな時間掛かるモンなのか? いっつも二時間かそこらじゃねぇか」

 DJレーフは、ラクリマリス王国の放送局「AMシェリアク」へ収録に行った。現地で平和の花束と合流して、一週間くらいフナリス群島の西島から戻れない、と昨日の晩飯時に説明されたばかりだ。

 モーフの間抜けな質問で場の空気が緩み、ピナが小さく息を吐いてラジオのおっちゃんを見る。


 「今の時期は、移動に時間が掛かりますからね」

 「移動? あぁ【跳躍】禁止だっけ?」

 「えぇ。それで魔道機船の予約もいっぱいで、収録自体は一日で済んでも、なかなか戻れないんですよ」

 ラジオのおっちゃんが遠い目で荷台の壁を見る。

 帰りは一旦、アミトスチグマ王国の夏の都に行き、葬儀屋アゴーニが迎えに行く手筈だ。


 「その代わり、運び屋の姐ちゃんから端末借りて、情報収集するっつってたから、船を待つ間ブラブラ遊んでるワケじゃねぇぞ」

 葬儀屋のおっさんが苦笑する。

 ピナの妹が不思議そうに首を傾げた。

 「でも、ネモラリスはインターネットないから、戻ったら見えないんでしょ? 全部憶えて来るの?」

 「帰りにマリャーナさんちに寄るだろ? そん時に端末は返して、あの坊主に印刷してもらうんだとよ」

 「あの坊主って誰だよ?」

 モーフは苛立ちをぶつけた。

 このおっさんは、人の呼称を憶える気がないらしい。

 「えーっと、インターネットが得意な坊主だ」

 「ファーキルさんのことですね」

 「そうそう。その坊主だ。で、その分の日数も一日余分に掛かって、合わせて一週間だ」

 ピナが助け船を出すと、やっと思い出したのか、悪怯(わるび)れもせず笑った。


 「へぇー、どんなコト調べて来てくれるのかな?」

 そんなことを話す内に、公民館の駐車場に着いた。メドヴェージとパドールリクが車を停めたのは、アスファルトに白線を引いただけの車置き場だ。白線の区画は二十台分あるが、他には一台しかない。


 「まぁ、ここは昔から不景気な街だかンな。DJの兄ちゃんが戻ったらとっとと出よう」

 少年兵モーフは、葬儀屋のおっさんがイヤそうに吐き捨てた言葉に驚いた。

 「放送しねぇのか?」

 「勿論(もちろん)、ここでの放送が終わってからですよ」

 ラジオのおっちゃんが駐車場に降りて辺りを見回す。


 「このカイラー市は、かつては鉱山で栄えたのですが、半世紀の内乱中に大規模な落盤が発生しましてね。それからどんどん寂れて、現在はあまり治安が良くないのですよ」

 女の子たちがイヤな顔をしてそれぞれの兄にひっついた。


 ……そう言うコトは街に入る前に言えよな。


 モーフは内心、舌打ちしたが、ここの前に停めたのは警察署の駐車場だった。

☆移動販売店から移動放送局に変わった「見落とされた者(プラエテルミッサ)」……「0963.野外のお茶会」「0988.生放送の再開」参照


☆いざこざがあったチェルニーカ市/あんなに大騒ぎした

 警察の介入による放送中止、モーフが行方不明に……「0970.チェルニーカ」~「0976.議員への陳情」「0978.食前のお祈り」「0979.聖職者用聖典」参照

 放送許可の申請拒否……「0980.申請方法調査」「0981.できない相談」「0983.この国の現状」参照

 カピヨー支部長への依頼……「0984.簡単なお仕事」「0985.第二位の与党」参照

 放送再開……「0988.生放送の再開」参照


☆鉱山の街カイラーに居る……「0989.ピアノの老人」参照

☆治安当局の監視……「0988.生放送の再開」参照

☆免許の講習、途中になっちゃったから、何も運転できない……「206.カネのハナシ」参照

☆免許を持っていないらしい葬儀屋のおっさん……馬車の御者ならできる「648.地図の読み方」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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