1018.星道記を歌う
「でもね、私たち、海外遠征した時にユアキャストって言う動画共有サイトで、プロ用の聖典を朗読してるのみつけて、あれ? って思ったんです」
「ちょっと待って。キルクルス教の聖典って、プロ用と素人用に分かれてんの? って言うか、何のプロ?」
タイゲタの発言を受け、DJレーフが、フラクシヌス教徒の誰もが抱くであろう質問を飛ばした。
「聖職者用と“星道の職人”って言う、教義の深いとこまで修めた職人さん用のがあって、一般の信徒とは別になってるんです」
「建築とかアパレル系とか、ジャンル別で」
アルキオーネとタイゲタの説明にDJレーフが質問を重ねる。
「何で分かれてんの?」
「さぁ? 分かれてるのは知ってましたけど、理由やプロ用の中身は知らなかったんですよね」
「ねー。それで、ユアキャストでプロ用のを見て、色々びっくりしちゃったんですよー」
アステローペの答えにエレクトラが同意した。
「それで、そのオドロキを曲にしたんです」
「作詞は私たちで、詩人のルチー・ルヌィ先生にご指導いただいて」
「作曲は他の人なんだ?」
DJレーフが、タイゲタとアルキオーネに聞くと、エレクトラの声が答えた。
「ラクエウスって言う、リストヴァー自治区の国会議員と、スニェーグって言うネモラリスのピアニストです」
「どっちも内乱前に生まれたおじいちゃんで、ラクエウスさんは、元ラキュス・ラクリマリス交響楽団で竪琴奏者として活躍して、ニプトラ・ネウマエさんと共演したコトあるんですって」
アルキオーネの補足にDJレーフが驚いてみせる。
「こりゃまた、大御所に書いてもらえて、スゴイじゃないか。ラクエウス議員は勿論、キルクルス教徒だけど、詩人のルチー・ルヌィさんとピアニストのスニェーグさんもそうなのかな?」
「え? お二人はフラクシヌス教徒ですよ」
「ルチー・ルヌィ先生は湖の民ですし、絶対、違いますね」
アステローペとタイゲタがこともなげに言う。
……大丈夫なのか? これ?
ロークは色々な意味で心配になり、そっとスキーヌムを窺った。
隣のベッドに腰掛ける元エリート神学生は、書き物机のラジオを硬い表情で凝視し、一言一句聞き漏らすまいと耳を傾ける。
FMクレーヴェルのDJレーフが、ロークと同じ疑問と懸念をAMシェリアクの電波に乗せた。
「でも、キルクルス教の聖典に関する歌なんだろ?」
「音楽に信仰はカンケーないですよ?」
アルキオーネが当たり前のように言い、平和の花束のメンバーが「ねぇ」と同調する。
「それじゃあ、私たちの新曲『真の教えを』、聞いて下さい」
「音楽には信仰ってカンケーないんだって、聞けばわかりますよ」
「アンケートで感想聞かせてねー」
「平和の花束の新曲『真の教えを』でーす」
ピアノと竪琴が、ゆったりと前奏を送り出した。少女たちの声が、先程のMCと同じ趣旨の詩を切々と歌い上げる。
ロークはまだ、聖職者用の聖典も、星道の職人用の聖典もきちんと目を通したことがない。多くのキルクルス教徒もそうだ。
だが、魔術の知識がある者が聞けば、この歌詞が意味するところも、“プロ用の聖典”とやらの中身も、彼女らが何に驚いたのか、考えるまでもなくわかる。
……聖典の後半に呪文が載ってるの、ぶっちゃけた歌だ。
ロークは、アーテル人のリスナーがどんな反応を示すか気になった。
SNSにアクセスすれば、今すぐ反応を見られるが、フィアールカからタブレット端末をもらった件は、まだスキーヌムに伏せておきたかった。
SNSの投稿がアーテルの当局に削除される前に見たかったが、ぐっと堪えてスキーヌムの様子を見守る。
魔力があることでずっと悩んでいた彼は、石のようにじっとラジオに耳を傾け、ロークの存在を忘れたように見えた。
「ただ今お聞きいただいた曲は、平和の花束の新曲『真の教えを』でした」
「この番組が初公開なんで、今夜聞けたリスナーさんってラッキーですよ」
DJレーフが告げると、アステローペが可愛く言った。
ポスターで見た豊満な胸を思い出してしまい、ロークは慌てて記憶を振り払う。努めてラジオに意識を向け、DJがアンケートの送り方を繰り返す声に耳を傾けた。
アンケートの内容は、番組の感想、「すべて ひとしい ひとつの花」の歌詞案、この番組「花の約束」をいつ、どこで知ったかなどだ。
「歌詞を募集してる『すべて ひとしい ひとつの花』は、ユアキャストにオリジナル歌手のニプトラ・ネウマエさんの独唱や、慈善コンサートの合唱、平和の花束や、他の歌手のカバーヴァージョンなどなど、関連動画が多数、公開されています」
「私たちが国民健康体操してる動画も、色んなヴァージョンがあるよー」
「一緒に体操してねー」
DJレーフの落ち着いた声に、タイゲタとエレクトラが弾んだ声で付け足した。
リーダーのアルキオーネが聞く。
「新曲の『真の教えを』も、ユアキャストにUPしてもらえるんですよね?」
「勿論。色々準備があるから、いつになるかわかんないけど、そんな何カ月も掛かったりしないよ」
「じゃ、真実を探す旅人さんのアカウント、チャンネル登録しとけば大丈夫ですね?」
「そうだね。それに、アンケートの結果がよかったら、次の放送でもう一回、流せるかも知れないよ?」
DJの発言を受け、平和の花束が声を揃えて呼び掛ける。
「リスナーのみなさーん、アンケート、よろしくお願いしまーす」
「とか何とか言ってる内にもうこんな時間だ。いやー、三十分、あっという間だったねー。特別番組『花の約束』、そろそろお別れの時間がやってまいりました」
「えぇーッ? もうおしまーい?」
タイゲタが、拗ねた声で不満を訴える。
DJレーフの声が苦笑を含んで告げた。
「駆け足でお届けしました特別番組『花の約束』、いかがでしたか? 是非、ご意見、ご感想をお寄せ下さい。お相手はDJレーフと」
「平和の花束でしたー」
「この番組は、流通で明るい未来を作る総合商社パルンビナ株式会社の提供でお送りしました。それではみなさん、またいつかー」
「またねー!」
四人の少女の声が別れを告げた余韻が、午前零時丁度を知らせる時報で断ち切られた。
女性の声が、淡々とラクリマリス王国政府の広報や、ネモラリス難民向けの支援情報を読み上げる。
……アーテルに、ちゃんと届いたかな?
ロークはベッドを降り、書き物机に置いた中古ラジオの電源を切った。
☆平和の花束の新曲『真の教えを』……歌詞全文「0987.作詞作曲の日」参照
☆フィアールカからタブレット端末をもらった件は、まだスキーヌムに伏せておきたかった……「0965.ネットで連絡」参照
☆魔力があることでずっと悩んでいた彼……「809.変質した信仰」~「811.教団と星の標」参照
☆私たちが国民健康体操してる動画……「517.PV案を出す」「567.体操着の調達」「652.動画に接する」参照




