1017.心から願おう
「移動販売店プラエテルミッサで、国民健康体操の替え歌『みんなで歌おう』をお届けしました」
DJレーフが落ち着いた声で、終わったばかりの曲名を告げた。ラジオを途中から聞き始めたリスナーへの配慮だ。
「これ、私たちも体操の動画用に歌いましたよー」
「同じ歌詞だった?」
「はい」
エレクトラの声にDJが確認すると、アイドルユニット平和の花束の四人は、声を揃えて肯定した。
「実はこれが、去年、ユアキャストで人気に火が点いて超話題になった曲で、色んなメディアで取り上げられて、アミトスチグマの難民キャンプや、難民支援のボランティアとかに寄付がたくさん集まったんだ」
DJがリスナー向けの説明を繰り返すと、タイゲタが声の調子をやや落とした。
「私たち、去年は何かとバタバタ忙しかったし、端末持ってなかったから……」
「紙の新聞で、ちょっと読んだだけなんですよね」
「えー? アルキオーネちゃん、流石リーダー! 私、新聞全然見てなーい」
アステローペが感心すると、他の四人がくすくす笑った。
ひとつ咳払いして、アステローペが仕切り直す。
「これって、ホントに子供が作詞したんですか?」
「すっごい心に響くって言うか……」
「平和になって欲しいって、それも、他人任せじゃなくて、みんなで一緒にってとこが特に」
タイゲタ、エレクトラも口々に褒める。
「作詞した女の子は一人じゃなくて、姉妹や友達と一緒に作ったらしいよ。それと、番組名の『花の約束』って、この曲『みんなで歌おう』を聞いて、俺が考えたんだ」
「あぁ、最後の“幸せな明日の 花 咲かせようよ”って言うとこですね?」
アルキオーネが歌ってみせる。
「そうそう。イイ感じの番組名だろ?」
「ヤダもうー! 自画自賛ー!」
タイゲタが半笑いで突っ込むと、レーフ自身も笑いを含んだ声で応じた。
「そりゃもう、自分で褒めとかないと、誰も褒めてくんないだろ?」
「いえいえ、ステキですよー。平和の花を咲かせる約束ですよね?」
エレクトラがフォローし、空気が変わる。
「何回も“ひとつ”って出て来るのね?」
「だって、歌に出て来た場所って昔は全部、ひとつの国だったもの」
アステローペが疑問の声を出すと、アルキオーネが、ラキュス湖畔の住民なら知らぬ者がない常識を口にした。
「昔は色んな人が共存できてたってコトよね?」
「ラクリマリスとネモラリス、それにアーテルは、今も親戚や知り合いが住んでる人って居るものね」
エレクトラが話を広げ、タイゲタが話題を転がした。
「あぁ、それで、ラクリマリス王国の人たちは、ネモラリス難民を助けてくれるのね」
「そう言うコトだったのねー」
アルキオーネの声にエレクトラが同意する。
「私たちは、半世紀の内乱が終わってから生まれたから、去年までは戦争って知らなかったし、それよりずっと前の、みんなで平和に暮らしてた時代も知らないけど」
「俺も」
DJレーフが、エレクトラの声に便乗して若者アピールする。
「昔は人種や信仰が違っても、仲良くできてたんだから、今だって無理ってコトないよね?」
「でも、平和になって三十年しか経ってないから、戦ったコトあって、まだ憎んでる人とか居ると思うよ?」
エレクトラが明るい声で聞くと、アルキオーネが釘を刺すように言った。
「えー? 私たち、平和になってから生まれた世代って、昔の戦争なんてカンケーなくない?」
「そうよねぇ。去年、戦争が始まるまで、別に何もなかったんだし?」
エレクトラが言い返すと、アステローペが加勢した。
リーダーのアルキオーネは間髪入れず反論し、リスナーの疑問を代弁する。
「でも、去年からの戦争とテロで、家族やお友達を亡くした人は、そんな暢気なコト言ってられないんじゃないの?」
「だからこそ、みんなに考えて欲しいんだ」
「何を?」
DJレーフが仕切り直す声にタイゲタが問う。
「そりゃ勿論、どうすれば平和に暮らせるか、だよ」
「そんなコト言われても、話が大き過ぎてわかんないですよ?」
タイゲタが不満を漏らす。
「去年から、ネモラリスの市民楽団や建設業協会とかが、ある曲の歌詞を募集してるんだ」
「何の曲ですか?」
アステローペがリスナーと同じタイミングで疑問を発した。
「昔の曲だよ。ラキュス・ラクリマリス王国が、共和制に移行した百周年を記念する曲だったんだけど、半世紀の内乱が始まって、未完に終わった」
「あ、知ってます。今年の初め、アミトスチグマの慈善コンサートで、地元の人とかと一緒に歌いました」
「その時に、元々ニプトラ・ネウマエさんが歌う予定だったって、ご本人から聞いたんです」
「そうそう。他にもラクリマリスのイムベルさんたちもご一緒で」
「超大物とご一緒させていただいて、すっごい緊張しましたー」
平和の花束の説明は、飽くまでもラクリマリス人のリスナー向けだ。
「それなら話が早い。歌詞はかなり集まったけど、まだ欠けてる。ここで、番組からリスナーさんに宿題です」
DJレーフが声の調子を変え、改まって呼び掛ける。
「今から、アミトスチグマのパテンス市で行われた新年コンサートの音源を流します。歌詞がない所はハミングなんで、その部分を考えて、AMシェリアク公式サイトのアンケートフォームからお送り下さい。採用された方にはステキなプレゼントがあります」
宛先のURLと〆切を読み上げ、一呼吸置いて曲名を告げる。
「それでは、お聞き下さい。録音のご用意はいいですか? ラキュス・ラクリマリス共和制百周年記念の曲『すべて ひとしい ひとつの花』、歌はニプトラ・ネウマエ、イムベル、オラトリックス、アミエーラ、パテンス神殿聖歌隊、平和の花束のみなさんです」
大勢の声がひとつになって耳に心地よい調和が届く。ほぼ完成だが、まだ肝心な部分が足りなかった。
初めて聞くスキーヌムは、瞬きひとつせず、ラジオを見詰める。元・瞬く星っ娘の平和の花束とフラクシヌス教徒の聖歌隊らが歌う声に聞き入り、完全に入り込んでいるようだ。
曲が終わり、DJレーフが感嘆の息を漏らす。
「いやー、凄いねぇ。今年の一月、アミトスチグマのパテンス神殿で行われた新年コンサートの音源で『すべて ひとしい ひとつの花』をお届けしました」
「歌詞、お待ちしてまーす」
平和の花束が声を揃えて、可愛く宛先を読み上げた。
DJレーフが口調を改める。
「アミトスチグマ王国は難民キャンプを設置して、焼け出されたネモラリス人を何十万人も受け容れてくれてるんですよ。いやもうホント有難くて、言葉もないくらいです」
「私たちも、少しだけ難民キャンプで、支援のお手伝いをさせていただいてるんですよねー」
「ねー」
アルキオーネが言うと、平和の花束メンバーが声を揃えた。
「それは、歌で?」
「歌もですけど、動画の広告収入を寄付したり、古着の修理を手伝ったり、色々ですね」
「おぉっ、色々してくれてるんだ? ありがとう」
「私たち、力なき民だから、できるコトってホント少ないんですけど、何もできないワケじゃないんで」
「難民キャンプのお手伝いに行って、わかったことがあります」
アルキオーネの言葉を受けて、エレクトラが言う。
DJレーフがすかさず質問を繰り出した。
「どんなこと、わかったのかな?」
「力ある民の人も、魔法が使えるからって何でもできるワケじゃないし、いい人も居れば、よくない人も居て、私たちと同じフツーの人なんだなーって」
「えぇッ? 俺、力ある民だけど、それまでどう思われてたんだ?」
DJレーフが苦笑混じりに聞く。
「魔法が使えたら、何でもできそう」
「魔物とかから自力で身を守れるし」
「雑妖には絶対、負けないよねー?」
平和の花束の三人が能天気に言うと、リーダーのアルキオーネが地を這うような声で現状を説明した。
「でも、キルクルス教の教えでは、穢れた力を持ってて、悪しき業を使うから、みんな悪者! ……みたいな」
「えぇー?」
DJレーフが不満と驚きを一言で表した。




