1016.特番花の約束
「私たち、樫祭で王都第二神殿の慈善コンサートに出演したので、リスナーさんの中には、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね」
「王都第二神殿付属合唱団のみなさんや、ニプトラ・ネウマエさんたちと一緒にソプラノ頑張りましたー」
アルキオーネが平和の花束のリーダーとして、落ち着いた声で言うと、タイゲタが楽しかったと言いたげに声を弾ませた。
唯一の男性、DJレーフの声が説明を加える。
「この番組は、流通で明るい未来を作る総合商社パルンビナ株式会社の提供でお届けします。アンケートの結果がよければ、第二回の放送があるかもしれません。第二神殿のコンサートを聞きそびれた方は、是非、AMシェリアクの公式サイトでアンケートへのご回答、お願いします」
スポンサーのコマーシャルが入り、スキーヌムが大きく息を吐いた。彼の目は中古ラジオに釘付けだが、勿論、映像は見えない。
……何でそんな緊張してんのかな?
「DJレーフと平和の花束がお届けする歌の特番『花の約束』です。残念ながら、昨年始まった戦争がまだ終わってなくて、実は俺も避難生活なんですよね」
「レーフさん、どこに住んでたんですか?」
アルキオーネが聞く。
「ネモラリスの首都で、FMクレーヴェルのDJしてたんだけどね」
「首都って空襲の被害、そんなに酷くなかったんじゃ……?」
「星の標のテロや、政府軍とネミュス解放軍の戦闘に巻き込まれて、住むとこなくなってね。ネモラリス島の田舎の方に……今回は、この放送の為にフナリス群島に来たんだ。ラクリマリスのみなさんは、俺たちネモラリス人の難民を色々助けて下さって、ホントにありがとうございます」
少女四人も声を揃えて礼を言った。
エレクトラの声が沈む。
「元々同じ国だったのに、どうしてアーテルとネモラリスが戦争するの?」
「ずーっと昔は、フラクシヌス教徒とキルクルス教徒、フツーに近所付き合いしてたって、長命人種のお医者さんが言ってたのに?」
「そうそう。キルクルス教徒も大勢治したって言ってたよねー」
アステローペとタイゲタが首を傾げる姿が目に浮かぶ。
「そうだよなぁ。じゃ、まずは一曲目いってみよう。『この大空をみつめて』。みんなが仲良く暮らしてた時代からある天気予報の曲を聞いて、おじいちゃん、おばあちゃんや長命人種の人に思い出してもらおう」
DJが一呼吸置いて口調を改める。
「歌はニプトラ・ネウマエさんで『この大空をみつめて』、若いリスナーのみなさんも、平和な時代を想像してみませんか? 半世紀の内乱前から、現在もネモラリス国営放送で使われる天気予報の曲『この大空をみつめて』です」
曲が始まる。
ロークにとっては、耳に馴染んだ国営放送の天気予報のBGMであり、歌詞を変え、移動販売店プラエテルミッサのCMソングとして、みんなと歌った思い出の曲でもある。トラックで旅した仲間たちとの懐かしい日々が鮮やかに甦り、目頭が熱くなった。
スキーヌムは初めて耳にするらしく、食い入るようにラジオを見詰めて、ニプトラ・ネウマエの澄んだ歌声に耳を傾ける。
曲の間、スタジオの五人は一言も喋らなかった。
大抵の音楽番組では、DJやゲストのトークが被さるが、最初から最後まで曲だけが通しで放送された。
「ニプトラさん、スゴイですよねー」
「私たち、この間、樫祭の慈善コンサートでニプトラさんと一緒に歌わせていただいたんですけど、ホント格が違うって言うか」
「みなさんにも、聞いてもらいたかったなー」
「今日は音源が用意できなかったんですよね」
エレクトラが感嘆し、タイゲタが捲し立て、アステローペとアルキオーネが残念がる。
「今回は間に合わなかったけど、アンケートの結果がよかったら、第二回の放送でお届けできるんで、公式サイトのアンケート、よろしくお願いします。おハガキの方は……」
DJレーフが宛先を澱みなく読み上げる。
「さて、続いては『みんなで歌おう』です」
「どんな曲なんですか?」
「去年、世界的に話題になった曲だけど、知らない?」
「んー? 聞けばわかるかも?」
アステローペの声は自信なさそうだ。
ロークは心臓が跳ねあがった。
「ネモラリス人の難民の女の子が、国民健康体操の曲に平和を願う詩を書いて、真実を探す旅人って言うフリージャーナリストみたいなアカウントが、ユアキャストにUPした曲なんだけど」
「あ、知ってます。って言うか、そんなタイトルだったんですね」
タイゲタが意外そうに言い、DJレーフが聞き返す。
「えっ? 何だと思ってたの?」
「私たち、国民健康体操を教わって、体操服着て、体操したんですよ」
「そのBGMで、歌も歌いましたけど、体操としか聞いてなくて」
「ユアキャストにその体操の動画UPしたよって言われたんですけど、私たち、端末持ってないから、まだ見てなくて」
「そうなんだ? まぁ、俺も持ってないから見られないんだけど」
DJレーフの声は心底、悔しそうだ。
アルキオーネがリスナーに呼び掛け、タイゲタ、エレクトラ、アステローペの声が続いた。
「ユアキャストで、国民健康体操の動画にもアクセスしてね」
「AMシェリアク公式サイトのアンケートにいっぱい書き込んでねー」
「アンケートの結果は、後で私たちに教えてもらえるんです」
「みんなの感想、待ってるよー」
「お願いしまーす」
平和の花束が声を揃え、DJレーフが仕切り直す。
「それじゃ、曲行ってみよう。移動販売店プラエテルミッサのみなさんで、国民健康体操の替え歌『みんなで歌おう』です。平和を祈ってお聞き下さい」
移動販売店の一員として何度も歌った曲が流れる。
スキーヌムに涙を見せまいと、ロークはゆっくり深呼吸して目を閉じた。
何故か、友達と過ごした中学の教室が瞼に浮かび、涙が頬を伝う。平和になったところで、あの日々には二度とは戻れない。
堪らず目を開けた。国民健康体操の軽快な曲に乗せ、アマナが中心になって作った詩をプラエテルミッサのみんなが謳う。
……ドーシチ市のお屋敷の人たちも、この放送、聞いてくれてるかな?
ネーニア島西端の街で、フナリス群島西島の電波が届くか微妙な位置だ。商業組合長のラトゥーニは、あれからタブレット端末を手に入れられただろうか。
この音源を収録した時の記憶が甦り、ロークはこっそり涙を拭った。
スキーヌムは相変わらずラジオを見詰め、ロークに見向きもしない。
あのポスターを見たアーテル人の何割が、わざわざラジオを手に入れて、今、この放送を聞いているだろう。
アマナたちは、アーテルやキルクルス教も歌詞に織り込んだ。平和と共存を直截に訴えるこの歌は、アーテル人のリスナーの心に届くだろうか。
☆私たち、樫祭で王都第二神殿の慈善コンサートに出演……「1005.初めての樫祭」参照
☆国営放送の天気予報のBGM……「170.天気予報の歌」参照
☆移動販売店プラエテルミッサのCMソング……「210.パン屋合唱団」「280.目印となる歌」参照
☆国民健康体操の替え歌/みんなで歌おう/275.みつかった歌……「275.みつかった歌」「452.歌う少女たち」「528.復旧した理由」参照
☆去年、世界的に話題になった曲……「324.助けを求める」「402.情報インフラ」「789.臨時FM放送」参照
☆ドーシチ市のお屋敷の人たち……「242.荷台の大掃除」「243.国民健康体操」「263.体操の思い出」「270.歌を記録する」「280.目印となる歌」「281.行く先は不明」「283.トラック出発」参照
☆タブレット端末を手に入れられただろうか……発電機はある「270.歌を記録する」、「280.目印となる歌」の時点では端末を持っていなかった。




