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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十六章 素懐

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1015.放送本番の夜

 ロークは廃病院にポスターを貼った二日後、運び屋フィアールカと会って情報交換し、中古のラジオを受け取った。


 「あのブローチは、次にクラウストラと会う時まで、クロエーニィエ店長に預けたままにしてね」

 「へ? は、はい」

 何だかよくわからないが、わざわざ手許に置く理由はないので、素直に頷く。



 あの日は廃病院の後、クロエーニィエ店長とスキーヌムの三人で夕飯を食べた。その時、店長から恐ろしい話を聞いて、蠍のブローチのことなど頭から吹き飛んでしまった。


 「あなた最近、ルフスとかに行ってるんでしょ?」

 「えっ? あぁ、情報収集しに日帰りで……」

 クロエーニィエ店長が太い眉を(ひそ)め、声を落とす。

 「気を付けなさいよ。今、ルフスじゃ人面犬が出るって噂だから」

 「人面犬?」

 ロークとスキーヌムが同時に声を裏返らせ、獅子屋の客たちの視線が集まった。

 「あぁ、それ、俺も聞いたぞ。頭がふたつある奴だろ?」

 常連の一人が気安く話に混ざり、クロエーニィエ店長が重々しく頷く。

 「そうよ。多分、人間を捕食した双頭狼(そうとうろう)だから、それなりに強くなってるでしょう。気を付けるのよ」

 「護符の【魔除け】くらいじゃどうにもならなそうなんですけど、人間の頭がふたつもついた魔獣なんですか?」

 ロークは想像して背筋が寒くなった。


 「元は狼の頭がふたつよ。でも、食べられちゃった人の怨念とかが強いと……」

 クロエーニィエはホール係を呼び止め、鎮花茶を二人前注文した。心を鎮めるお茶が来るまで、三人は黙々と定食を食べ進める。


 粗方(あらかた)食べ終えたところにお茶が来た。

 「捕食された人の苦痛や怨念が強いと、魔獣の表面にその人の一部が浮かび上がるの」

 「それじゃ、その双頭狼、生きたまま二人も食べたんですか?」

 「そうみたいね。犠牲者の負の念があまりにも強くて、魔獣の行動がそれに引っ張られたり、完全に乗っ取られたりってコトもあるわ」


 魔法の道具屋を営むクロエーニィエ店長は、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代には王国軍の騎士で、魔獣討伐隊の所属だった。【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人なので、物資調達や呪符や防具などの作成、補修などの後方支援が主な任務だが、全く戦わなかった訳ではない。

 現在も逞しい身体を維持し、魔獣由来の素材を調達しに行く為、時々店を閉めて出掛ける。


 スキーヌムが白身魚のムニエルをキレイに食べ終え、鎮花茶の風味を胸いっぱいに吸い込んで聞いた。

 「乗っ取られるって、魔獣が……ですか?」

 「そうよ。食べられた人の死霊が憑くって言ったら、わかりやすいかしらね」

 「そんなモノが、ルフスに?」

 スキーヌムが目を見開く。


 ……逆に話が通じて、関係ない人は食べなくなりそうだけど、甘いかな?


 クロエーニィエは、ロークの心を見透かしたように眉を下げた。

 「もう食べられて死んじゃってるから、その人を助けるのは無理だし、大抵は魔獣とも意識が混ざってて、憎悪の対象だけじゃなくて、その近くに居る人とかも無差別に襲うわ」

 「ロークさん、特殊部隊が駆除してくれるまで、ルフスに行かない方が……」

 「そんなワケいかないよ。あの団体の動きも探らなくちゃいけないのに」

 スキーヌムが涙目でロークを見る。


 ……泣きたいのはこっちなんだけどな。


 クロエーニィエが小声で聞く。

 「その団体、今はどうしてるの?」

 「んー……なんか、その双頭狼の噂が出る前から、黒い魔獣を探してて、目撃情報を募集してますね」

 「特に秘密ってワケじゃないのね?」

 「連絡先を書いたポスター貼ってましたよ」

 「あらあら……」

 その日は、何とも言えない気持ちで宿に帰り、蠍のブローチのことなどすっかり忘れてしまった。



 クラウストラが一緒なら最悪の場合、【跳躍】で連れて逃げてくれるだろうが、彼女も何かと忙しそうだ。「力なき民の身であまり無理するな」と釘を刺された手前、危険だとわかったルフスまで、一緒に来て欲しいなどとは言えない。

 仕方なく、イグニカーンス市や周辺の小さな町で情報収集を続け、放送当日を迎えた。


 すっかり寝仕度を整えたスキーヌムに声を掛ける。

 「今夜は深夜ラジオを聞くんだ。うるさかったらゴメンよ」

 「何の番組ですか?」

 スキーヌムは、呪符屋の客が持ち込む話と、獅子屋で漏れ聞こえる噂話くらいしか情報源がなく、硬い筋の情報に飢えているようだ。

 呪符屋のゲンティウス店長は、ヒマな時は新聞でも読んでろと言ってくれたが、スキーヌムにはわからないことや、できないことが多過ぎて、そんな余裕はなかった。

 古新聞をもらって宿で読めばよさそうなものだが、余程疲れているのか、夕飯後は宿の部屋に戻るとすぐに寝てしまう。


 「AMシェリアクって言うラクリマリスの民放局の特別番組。夜十一時半から十二時までの三十分」

 「ラクリマリスの放送って聞こえるんですか?」

 「フナリス群島の西島にあるから、ここでも届くんじゃないかな?」

 適当に誤魔化し、フィアールカがくれた旧式ラジオのダイヤルを回して、頭に叩き込んだ周波数に合わせる。ノイズの中から人の声を拾い、ダイヤルを微調節するとアナウンサーの声がはっきり聞こえた。


 「以上、ラクリマリス建設業協会の提供でお送りしました。AMシェリアク、夜のニュースの時間を終わります」


 「あ、ニュース終わっちゃったね」

 「特番って重要な放送なんですよね?」


 まだ二十時十五分。開始まで三時間以上ある。

 「歌番組ですよ」

 「……好きな歌手が出るんですか?」

 「フィアールカさんたちの平和を目指すグループが、アーテル領でも聞こえる局から、平和を呼び掛ける歌を流すそうです」

 「僕も聞かせてもらっていいですか?」

 「イヤでも聞こえるから、別にそんな許可なんて……それより、元・瞬く星っ娘が出るの、大丈夫かなって」

 スキーヌムは一瞬、顔を(しか)めたが、すぐに表情を消した。

 「瞬く星っ娘が、ラクリマリスに居るんですか?」

 「フィアールカさんに聞いたんだけど……」


 ロークは、瞬く星っ娘の脱退メンバーがアーテルを脱出し、アミトスチグマを拠点に「平和の花束」として活動していることを()(つま)んで説明した。

 スキーヌムが黙り込んだので、話題を変える。

 「このラジオ、共有にしましょう。好きな時に聞いていいですよ」

 「えっ? いいんですか?」

 「二人とも居る時だったら、イヤでも聞こえるし、ニュースとか知ってた方がお客さんの話題にもついて行けるし」

 「そうですね。ありがとうございます」

 スキーヌムの顔が明るくなり、ロークは最近話題のニュースについて語った。



 放送開始の少し前にラジオを点け、ベッドに腰掛けて耳を傾ける。

 スキーヌムは眠い目をこすりながら起きていた。


 短いジングルに続いて、若い男性の声が明るく告げる。

 「こんばんは。二十三時三十分、特別番組『花の約束』の時間が参りました。お相手はDJレーフと」

 「平和の花束のアルキオーネです」

 「タイゲタです。こんばんはー!」

 「エレクトラです。初めましてのリスナーさんが多いかな?」

 「そうかもねー。アステローペです。今夜はよろしくお願いしまーす」

 DJに続いて、少女たちの弾んだ声が元気いっぱいに芸名を名乗り、スキーヌムの顔が引き攣る。



 平和を目指す有志による特別番組「花の約束」は、普通の番組と同じ調子で始まった。

☆ロークは廃病院にポスターを貼った……「1002.ポスター設置」参照

☆現在も逞しい身体を維持し(中略)時々店を閉めて出掛ける……「842.アテが外れる」「843.優等生の家出」参照

☆黒い魔獣を探してるみたい……「0967.市役所の地下」「0968.黒い都市伝説」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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