1014.あの歌手たち
ラズートチク少尉は一旦、ネモラリス島の軍司令本部に戻った。
魔装兵ルベルは、魔哮砲と共にランテルナ島の宿に残され、タブレット端末でインターネット上の情報を集める。
魔哮砲は先日、給餌を済ませたお陰で、今は【従魔の檻】で大人しく眠る。満腹以上に食べさせられたので、当面は飢える心配がなくなった。
ラズートチク少尉は、餌場にした廃病院のポスターについて報告し、軍幹部からアーテルの受信妨害の復旧を阻止する了承を取りつけた。今日は、装備を整えた兵員を迎えに行き、他の現場に直行する。
ルベルと魔哮砲の出番はなく、地下街チェルノクニージニクの宿で待機を命じられた。
ニュースサイトを巡回しながら、ふと思い出し、廃病院で見たポスターの文言を調べる。
瞬く星っ娘は、アーテル共和国で人気の歌手だった。一瞬で百万件以上が検索結果に引っ掛かってたじろぐ。
一番上は所属事務所の公式サイト。
二人組の少女が可愛らしい衣裳に身を包み、愛想を振りまく。
……あれっ?
直近一カ月の予定表には、コンサートの日程しかなく、ラジオ番組については一言もなかった。
二番目は、公式ファンクラブ。会員の特典情報や、ファン同士の交流会の案内の他は、事務所公式と大差ない。
三番目はニュースサイトで、芸能カテゴリに新曲の発表があるだけだ。
四番目は私設ファンクラブ。先程の二人に五人を加えた計七人の少女の写真がある。
……見たことあるような……?
黒髪の少女の勝気な瞳には、確かに見覚えがあった。
画面の下には、一人の少女の写真と「メローペちゃん追悼コーナー」の文字が黒枠で囲んである。
セレノとマイアと言う二人の扱いが最も大きく、その下にアルキオーネ、タイゲタ、エレクトラ、アステローペの四人の情報コーナーがあった。
中身はニュースサイトへのリンクや、過去のコンサートなどの写真、ファンへのメッセージ、家族から本人に宛てた手紙などだ。
昨年、コンサートの最中にいきなり引退宣言して、行方を晦ませたらしい。復帰を願うファンの書き込みも多数ある。
その記事も見たような気がするが、日々膨大なニュースに接する中で、いつ、どの媒体で見たのか思い出せなかった。
他の似たようなニュースと記憶が混じった可能性もある。
……うーん……ま、いっか。
他は動画と公式ブログやSNS、個人のウェブサイトなど雑多な情報だ。
動画共有サイト「ユアキャスト」を開き、「瞬く星っ娘」でサイト内検索した。
ルベルが支給された端末には、アーテル共和国では違法なアプリケーションが導入され、アーテル政府の検閲や規制を突破して、どこのサイトでも自由に閲覧できる。
外国でのコンサートの様子なのか、公式マークはあるが、題名や説明文などは全て共通語で、視聴者のコメントも共通語一色だ。
読むのを諦め、次々とリンクを辿る。
不意に湖南語の動画に行き当たった。
【新ユニット】“平和の花束”結成メッセージ【元・瞬く星っ娘】
再生ボタンに触れた。
先程見た四人の少女が、湖東地方の民族衣装風の服に身を包み、青い花束を抱えて、視聴者が目の前に居るかのように語り掛ける。
「ずっと昔は、みんなで仲良く暮らせてたのに……どうして今は、仲良くできないの?」
「今だって、みんなが平和に暮らそうと思えば、実現できるハズです」
「平和を実現できます」
「みんなで手を取り合って、同じひとつの夢を実現しましょう」
竪琴の澄んだ音色が哀調を帯び、少女らの言葉に説得力を与える。メッセージに添えられたBGMは、アサエート村の里謡「女神の涙」だ。
続けて、関連動画が自動再生された。
……この歌詞、「すべて ひとしい ひとつの花」の方だ。
ネモラリス共和国の首都クレーヴェルで、帰還難民の子供たちに教えてもらったあの歌をアーテル人の少女たちが歌う。歌詞が途切れ、竪琴の音色が歌詞の案を背景に最後まで演奏して、動画は終わった。
自動再生を止めてコメント欄に目を通す。
歌詞の案が様々な言語で書き込まれ、ルベルが見ている間にも一件増えた。
関連動画一覧には、湖南語の投稿がずらりと並び、中には合唱団やニプトラ・ネウマエなど大物歌手と共演したものまである。
ルベルは結成メッセージ動画のURLを保存し、宿を出た。
地下街チェルノクニージニクを巡って中古屋で小型ラジオを買う。
「最近、何か知らんがラジオがよく出るんだよ」
「へぇー。どうしてなんでしょうね?」
「まぁ、ウチは在庫が捌けて助かるから何でもいいけどよ」
中古屋の店主に愛想笑いして、隣の店で新品のカセットテープと乾電池を手に入れて宿に戻った。
ラクリマリス王国の民放局AMシェリアクの公式サイトにアクセスし、周波数を確認する。ラジオの周波数を合わせ、夕方のニュースを確認して一旦、電源を切った。
公式サイトで特別番組の情報を再度調べる。
番組名は「花の約束」、放送は明後日の二十三時三十分から翌午前零時丁度までの三十分間だ。
アミトスチグマの総合商社による一社提供。
出演者はDJレーフ、アイドルユニット「平和の花束」で、アルキオーネ、タイゲタ、エレクトラ、アステローペと、メンバー名を羅列してある。
歌はニプトラ・ネウマエ、パテンス神殿聖歌隊、オラトリックス、イムベル、移動販売店プラエテルミッサ、平和の花束とある。
歌番組らしいが、曲目はない。「平和の花束が新曲を初公開!」との文字が踊るが、詳しい情報は一切なかった。
彼女らが、アーテルの人気歌手だったと言うことにも一切触れておらず、何も知らないラクリマリス人は、駆け出しの歌手だと思うだろう。
……まぁ、それ言っちゃったら、放送できなくなりそうだもんなぁ。
魔装兵ルベルは、地下街の宿で情報収集しながら、放送当日を待った。
☆アーテルの受信妨害の復旧を阻止……「1004.敵の敵は味方」参照
☆廃病院で見たポスター……内容「0995.貼り紙の依頼」「1002.ポスター設置」、見た「1003.廃病院の二人」参照
☆メローペちゃん追悼/コンサートの最中にいきなり引退宣言して、行方を晦ませた……「430.大混乱の動画」参照
☆家族から本人に宛てた手紙……「567.体操着の調達」参照
☆ルベルが支給された端末には、アーテル共和国では違法なアプリケーションが導入……「787.情報機器訓練」「788.あの日の歌声」参照
☆“平和の花束”結成メッセージ……「515.アイドルたち」~「517.PV案を出す」参照
☆アサエート村の里謡「女神の涙」……「531.その歌を心に」参照
☆首都クレーヴェルで、帰還難民の子供たちに教えてもらったあの歌……「577.別の詞で歌う」~「579.湖の女神の名」参照
☆歌詞の案が様々な言語で書き込まれ……「531.その歌を心に」「572.別れ難い人々」参照




