0104.身の証なき者
交通情報。
ネモラリス島とネーニア島を結ぶ船は、ネモラリス島のギアツィント港と、ネーニア島北部のトポリ港を往復する航路が一日一便だけ運航する。
但し、役所が発行する罹災証明がなければ、乗船できない。
「えッ? 役所って……この辺、全部焼けてんのにどうすんだよ?」
クルィーロの呟きに数人が頷いた。
星の道義勇兵は、何とも言えない表情でラジオに集中する。
続いて読み上げられたのは、診療可能な病院の情報だ。
国民向けの救援情報のコーナーが終わると、ロークはラジオの電源を切った。
みんなを安心させようと思ったのか、アウェッラーナが明るい声で言った。
「半世紀の内乱中は、身分証があれば、他の街の役所でも証明書を発行してもらえましたよ」
その笑顔はぎこちなく、頬が引き攣る。
……このおねーさん、長命人種なのか。道理で見た目の割に落ち着いてると思った。
レノは現実逃避にそんなことを考える。
代わりに、クルィーロが苦り切った顔で吐き捨てた。
「俺たち、普通に仕事中で、何も持ち出せなかったんです」
市民証も免許証も保険証も、何もかもが灰になった。
自分たちがどこの誰なのか証明できない。
役所が燃えて、記録も全て焼失してしまったなら、レノたちは書類上、居ない者として扱われてしまうかもしれない。
寄る辺なさに、足下から寒気と不安が這い上がる。
「あの……内乱中、身分証を失くしちゃった人って、どうしてたんですか?」
「えーっと、確か、役所に申請すれば、再発行してもらえましたよ。当時……半年くらい掛かってましたけど」
レノの質問に、アウェッラーナは遠くを見詰めて答えた。
ラジオをリュックに仕舞い終え、ロークが提案する。
「この辺は、木造モルタルの家や店ばっかりなんで、こんな感じですけど、区役所の辺りは、鉄筋コンクリートのビルが多いんで、ここよりマシかもしれません」
「役所が、まだ機能してるってのか? 無茶言うなよ」
メドヴェージが呆れて肩を竦める。
「それは無理だと思いますけど、他にも生存者がいるかもしれませんし、もう少し使えそうな物がみつかるかも知れません」
ロークの答えに、ソルニャーク隊長が同意する。
「そうだな。長丁場になりそうだ。少しでも足しになりそうなら、西へ寄ってみるのもよかろう」
中途半端な時間に食事をしたせいで、まだ早いが、寝仕度を整えた。
どの途、魔法使いたちが疲れ切っていては、ニェフリート河を渡れない。セリェブロー区の西へ行くにしても、同じことだ。
日没まで、公園の木々から燃料を回収する。
普通の焚火のお陰で、昨日より暖かく過ごせるせいか、みんなの表情が幾分か和らいだ。レノにくっつくティスも、表情は硬いが、眉間から皺が消えた。
……俺たちは、ネモラリス島に渡ったところで親戚とか居ないしなぁ。
頼れる宛はないので、何とかして仕事と住居を見つけなければならない。
いつまでこの状況が続くのか。この先どうなるのか。
全く何の見通しも立たないが、とにかく、妹たちを守らなければならない。
「持ち運べる明かりも、あった方がいいよな」
日が落ちてすぐ、クルィーロはそう言って、今夜も小石に【灯】を掛けてくれた。焚火の周囲は明るいが、炭や薪が短く、素手で持つのは無理だ。
「ありがとう。疲れてんのにすまんな」
「いいってことよ。なるべく明るい方が、雑妖も寄って来ないしな」
レノが光る小石を受け取ると、クルィーロは以前と同じ笑顔を見せてくれた。




