0103.連合軍の侵略
今夜の見張り順が決まった。
レノとメドヴェージ、ロークとモーフ、ソルニャーク隊長とピナだ。
クルィーロが、滑り台と着地点の小さな砂場を中心に円を描く。缶詰の蓋を二つ折りにした物で、簡単に消えてしまわないように深く地に刻み込んだ。
クルィーロとアウェッラーナが同時に呪文を唱え、無事に【簡易結界】を完成させた。
誰かがホッと息を吐き出し、場の緊張が緩んだ。
日没まで、まだ少し時間があった。
ロークが腕時計を見て、リュックからラジオを出す。
みんなで滑り台の下に敷いた断熱シートに腰を下ろし、放送に耳を傾ける。
「アーテル・ラニスタ共和国連合軍は、ランテルナ島に展開し、ネーニア島とランテルナ島を結ぶヴィエートフィ大橋を閉鎖しました」
「連合軍?」
ソルニャーク隊長は、国営放送のアナウンサーが当たり前のように読み上げた言葉を聞き逃さなかった。
南北のヴィエートフィ大橋は、半世紀の内乱中に落とされた。
終戦後すぐ、湖の民と陸の民の和平の証として再建されたが、ラクリマリス王国が魔法文明偏重政策を打ち出すと、アーテル共和国との間に行き来はなくなった。
二十年以上、閉鎖されたも同然の状態が続く。
「これに対し、ラクリマリス王国軍は湖上を閉鎖し、ネーニア島の南領域は、民間船も含め、航行不能の状態が続いています」
アナウンサーの単調な声が原稿を読み上げる。
これには素人のレノも首を傾げた。
アーテルとラニスタは、どちらもキルクルス教国……純粋な科学文明国だ。
ラキュス湖には、王家の使い魔をはじめ、無数の魔物が棲息する。
遠距離の航行は勿論、沿岸部での漁労も、船と言う船は全て、【魔除け】や【結界】などの効力を持つ魔法の道具を装備する。
魔法に頼らなければ、魔物から身を守れないのだ。
キルクルス教を国教とする両国は、そもそも船舶を保有しない。
空の上にも魔物は居るが、湖より数が少なく、航空機の速度には追い付けないモノが大半だ。バードストライクやそれに類する事故ならあるが、墜落事故は滅多に起きない。
「何で、そんな意味のないことを……?」
クルィーロも首を傾げる。
湖上を閉鎖すれば、アーテルとラニスタ以外の沿岸国との貿易や交通が麻痺してしまう。ラクリマリス王国だけでなく、ネモラリス共和国も巻き添えで、物資の窮乏を招きかねない。
フナリス群島を大きく東へ迂回するルートもあるが、燃料や【魔除け】を維持する為の魔力が嵩んでしまう。そうなれば、物価はとんでもなく高騰するだろう。
いつもの運賃で運べるのは、アミトスチグマ発の荷物だけになるが、空襲で物資が窮乏するネモラリス共和国では、それも高騰しそうだ。
「政府は、アーテル、ラニスタの両国に対し、『明確な侵略行為で、重大な国際法違反。我が国の主権を守る為、いかなる手段も講じる用意がある』と強い非難声明を発表しました」
……元はひとつの国だったのに、侵略って……何でこんなコトになったんだ?
レノは複雑な思いでラジオに耳を傾ける。
他のみんなも固い表情でラジオを見詰めた。その横顔を弱い夕陽が照らす。
「……また、湖南地方の安全保障上、重大な問題であるとして、引き続き、各国と対応を協議しています。続きまして、各地の避難所情報です」
まず、首都クレーヴェルのあるネモラリス島の情報が、読み上げられる。
昨日とあまり変わりがない。
次に、レノたちの居るネーニア島の情報が読まれた。
☆ラキュス湖には、王家の使い魔をはじめ、無数の魔物が棲息……「0022.湖の畔を走る」参照




