表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十六章 素懐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1029/3511

1003.廃病院の二人

 ……何で居るんだよ?


 魔装兵ルベルは、【索敵】の術で拡大した視界で、廊下に佇む少年少女の姿を捉えた。

 ラズートチク少尉が、アーテルの首都ルフスからランテルナ島の宿に戻るまで、まだ二時間程ある。

 ルベルは、地下街チェルノクニージニクの宿から【索敵】で、対岸にあるイグニカーンス市の廃病院を偵察中だ。

 いつからそこに居るのか、無人の廃墟で高校生くらいの少年少女が見詰め合う。【索敵】では音を拾えず、会話の内容まではわからなかった。


 以前、ラズートチク少尉が始末した若者たちよりずっと軽装で、少女に到ってはワンピースだ。季節柄、薄着なのは仕方がないが、デートにでも行くような恰好なのは、流石にどうかと思う。


 ……まさか、本当にこんな所でデートなのか?


 冬の「行方不明事件」以来、厳重に囲いが巡らされ、立ち入れなくなった。

 人目を忍ぶにはイイかも知れないが、普通に考えれば、危険な場所だ。

 別れ話なのか、ここに来てから揉めたのか、二人の表情は険しい。


 ……そもそも、どこから入り込んだんだ?


 工事用の遮音壁には二カ所だけ扉が設けてあるが、どちらも鍵が掛かっている。扉の傍に細い隙間はあるが、人間が通れる幅ではなく、せいぜい、小型の蛇や蜥蜴(トカゲ)くらいなものだろう。

 早く立ち去らなければ、また「行方不明事件」が発生してしまう。だが、ルベルには、二人が早く帰るのを祈りながら、見守ることしかできなかった。



 願いが届いたのか、二人が歩きだす。廊下に満ちる薄汚い(もや)のような雑妖が道を譲り、二人の周囲だけが明るく視えた。


 ……何だ。ちゃんと【魔除け】を……いや、そんな、まさか!


 アーテル人なら、キルクルス教徒だ。【魔除け】の護符は魔力の供給がなければ発動せず、呪符は力ある言葉で呪文を唱えなければならない。

 ランテルナ島ならいざ知らず、アーテル本土では、どちらも禁制品だ。本土の住民は、そんな物を手に入れること自体、難しいだろう。


 二人は他の部屋には目もくれず、まっすぐ医局に入った。まるで、最初からそこが目的地で、この廃病院を熟知しているかのように足取りには迷いがない。

 少女がポケットから何か取り出し、冴えない少年に渡した。少年は数歩退がって廊下に戻る。


 ……廃業前に入院したコトがある? いや、患者は、医局になんて入れてもらえないよな?


 少女がポシェットから小瓶を取り出す。蓋を開けると、小瓶の容量を遙かに上回る水が流れ出た。(たらい)一杯分程の水が、生き物のように床を這い回り、ゴミや細かい瓦礫、ガラス片を集める。

 ルベルは目を疑った。


 ……何でアーテル人が【無尽の瓶】を?


 しかも、あの水の動きは明らかに【霊性の鳩】学派の【操水】――魔法使いなら常識として誰でも知っていて、小学生でも使える初歩的な術だ。

 少なくとも、少女は力ある民で【魔除け】を唱えたか、護符を持っているのだろう。もしかすると、あのワンピースはルベルたち同様、外から見えない部分に呪文や呪印を仕込んであるのかもしれない。


 廊下に出た少年は、六月だと言うのに左手にだけ革手袋を着けていた。


 ……じゃあ、あれは【守りの手袋】?


 ならば、軽装なのも頷ける。侵入経路はなく、院内に直接【跳躍】したのだ。


 ……封鎖前から出入りしてたのか?


 長命人種の力ある民で、ネモラリス憂撃隊の一員である可能性に思い至り、ルベルは(てのひら)に汗が滲んだ。

 水が部屋の中央で渦巻き、掻き集めたゴミなどを窓際に少しずつ排出する。少女が、宙に浮く水塊から何かを摘まみ取り、残りのゴミを一気に排出させた。

 清水を【無尽の瓶】に戻し、嬉しそうに微笑んで少年に振り向く。


 二人で何事か話し、少女が手の中の物をふたつに割って、元に戻してみせた。探し物をみつけたようだが、少女の手に握り込まれ、【索敵】の視界では捉えられない。


 ……あれっ? この部屋って、確か……?


 あの夜みつけた「もう一組の侵入者」の一人が居た部屋だ。もう一人が上の階で見張りをし、魔哮砲を目撃してしまった。この部屋に居た男は、タブレット端末で誰かと連絡を取り合っていた。


 ……何だっけ? ……工場にガサ入れが入って、一時間後に代理を寄越す、だったかな?


 ラズートチク少尉が、若者グループと中年男性二人を始末し、直ちに現場を離脱したので、後で代理人とやらが訪れたかどうか、確認しなかった。

 何らかの事情で当日に行けず、翌日以降に行ったなら、行方不明事件の捜査で警官が出入りし、立ち入り(にく)かっただろう。ほとぼりが冷めるのを待って、あの男が残した何かを回収に来たのだとすれば、辻褄が合う。



 話が終わったらしく、二人はしっかりした足取りで廊下を進んで待合室に出た。玄関扉は板が打ち付けられ、行止まりだ。

 少年が、受付の事務室から椅子を持って来て、少女と手を繋ぐ。

 数呼吸後、二人の姿が消えた。


 ……やっぱり【跳躍】だ。


 どちらが唱えたのか不明だが、最低一人は魔法使いなのは間違いない。

 術で移動されたのでは、追跡できなかった。ルベルは少しホッとして、【索敵】の視線を廃病院に巡らせる。

 今夜にも、あの二人や仲間が再訪するかも知れず、魔哮砲の餌場は変更した方がよさそうだが、判断するのは魔装兵ルベルではなく、ラズートチク少尉だ。

 院内には今のところ他に侵入者はなく、魔物や魔獣も居ない。日が沈めば、雑妖の存在が濃度を増し、いい餌場になりそうだが、恐らく、変更になるだろう。

 ルベルは小さく溜め息を()いて、前庭に視線を移した。


 ……まだ居る!


 二人は持ち出した椅子に何かを貼り付けた。花壇から煉瓦を外し、事務椅子の車輪を囲んで固定する。

 少女が植え込みに入り、木の幹にも何かを貼り付けた。どうやら、ポスターらしい。

 遮音壁を指差した少女の唇が動く。白いパネルに小さな穴が穿(うが)たれた。


 ……【鳥撃ち】か? 何でそんな穴……ポスターを見せる為?


 それなら、遮音壁の外側、歩道に面した場所に貼った方が、宣伝効果は高い。

 魔法使いの仲間への伝言なら、穴を穿つ必要はない。


 ……誰に何を伝えたいんだ?


 再び手を繋いだ二人の姿が消える。【索敵】で敷地内を(くま)なく捜したが、みつからなかった。今度はどこかへ引き揚げたらしい。

 魔装兵ルベルは、二人が残したポスターに目を凝らした。

☆廊下に佇む少年少女……「1000.廃病院の探索」参照

☆ラズートチク少尉が始末した若者たち/あの夜みつけた「もう一組の侵入者」……「799.廃墟の侵入者」「800.第二の隠れ家」参照

☆行方不明事件……「803.行方不明事件」参照

☆少年は、六月だと言うのに左手にだけ革手袋を着けていた……「742.ルフス神学校」「1000.廃病院の探索」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ