表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十五章 軋轢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1027/3509

1002.ポスター設置

 ロークは二歩後ろをついて行きながら聞く。

 「どんなプログラムだったか、教えてもらっても大丈夫ですか?」

 「特定サイトのブロッキングを解除するアプリだ」

 クラウストラはあっさり教えてくれたが、ロークには全く理解できず、どう質問していいかさえわからなかった。


 二人が歩みを進めると、廊下に充満する雑妖の薄汚い(もや)が、左右に分かれて道を開ける。


 「アーテル政府は、国内から外国の特定のウェブサイトへのアクセスを遮断している。そのひとつを解除する小さな不正プログラムだ」

 「ひとつだけでいいんですか?」

 「あまり大掛かりなものでは、ウィルス対策ソフトに引っ掛かるし、端末の使用者にも存在を気付かれてしまう。時が来るまで気付かれずに潜伏できる小さなモノだ」


 ……なんだかよくわかんないけど、小さな不幸を呼び寄せる呪いみたいなもんなのかな?


 だが、偶然や気のせいで片付けられるイヤがらせのようなものなら、わざわざ探しに来ないだろう。

 「ユアキャストを閲覧できるようになる不正プログラムだ」

 「えっ?」

 クラウストラはロークの驚きに振り返らず、廃病院の外来待合室に出た。

 この向こうは玄関だが、窓と扉は板で塞がれている。廊下の窓から射し込む午後の光で、辛うじて視界を確保できた。

 クラウストラが呪文を唱える。さっき耳にした【索敵】だ。


 邪魔しないように黙って考える。

 ユアキャストには、虚実入り混じった無数の動画が、世界中から集まる。

 どこかの政府や行政機関の公式発表や、報道機関の動画ニュースなどのお硬いモノから、瞬く星っ()のようなプロの音楽家のプロモーション動画、アマチュアの音楽や演劇もあれば、企業の公式やコマーシャル、映画の予告編、動物の可愛い仕草や、何かを作る工程、良い子が真似してはいけないおフザケ……

 動画の種類も数え切れないくらいあり、とても一言では言い表せない。

 毎日たくさんの動画が投稿され、長命人種でも全て見られないだろう。

 そこには、自由と混沌があった。


 ……アーテル人にそんなの見せてどうする気なんだろう?


 「正門付近には誰も居ない。手袋を着用し、事務所の椅子を一脚、失敬しよう」

 「どうするんです?」

 「そろそろ日が傾く。作業後に説明しよう」

 ロークはラテックスの手袋を着け、鞄をクラウストラに預けた。受付の事務室に入り、キャスター付きの椅子を一脚、待合室に押して行く。

 クラウストラも手袋を着け、小瓶を出して待ち構えていた。【操水】で椅子を洗ってロークの鞄を乗せる。

 「手を繋いで【跳躍】で玄関前に出る」

 片方の手袋を脱いで彼女の手を握る。

 喋り方はソルニャーク隊長に似ているが、白い手は少女の外見通り、やわらかく温かかった。



 玄関前に出ると、雲がほんのり夕日に染まり、暑さも和らいでいた。

 クラウストラが耳慣れない呪文を唱え、工事用の白い遮音壁を指差す。パンッと乾いた音に続いて一枚が僅かに揺れた。

 「捜索依頼のポスターの横に覗き穴を開けた」

 「あ、わかりました。穴から見えるとこに椅子を置いて固定して、ポスターを貼るんですね」

 「そうだ」

 クラウストラが鞄を持ち、ロークは事務椅子を抱えて移動する。車輪にブレーキを掛けて固定し、座面も留め具を降ろして回らないようにする。念の為、花壇の煉瓦を車輪の周囲に並べた。

 彼女が背もたれにテープでガッチリ貼り付け、覗き穴の隣に立って見え方を確認する。遮音壁に近い植木の幹にもポスターを貼り、同様に覗き穴を穿(うが)った。


 「節穴があれば、覗いてみたくなるのが人情と言うものだ」

 「一人でも、写真撮ってファンフォーラムに公開する人が居れば、あとはスゴイ勢いで広まりそうですね」

 「カルダフストヴォー市まで送ろう」

 「ありがとうございます」

 今から自力で帰ろうとしても、南ヴィエートフィ大橋を渡る最終バスに間に合わない。ロークは素直にクラウストラと手を繋いだ。



 跳んだ先は西門で、釣り人たちが釣果を語り合いながら、夕日を浴びる防壁に吸い込まれる。

 「今日は色々ありがとうございました」

 「なかなか見所はあるが、力なき民の身であまり無理せぬようにな。では、また会おう」

 クラウストラは再び【跳躍】を唱え、何処かへ姿を消した。


 一人になったロークは門の脇に立ち、今日の首尾を手短にフィアールカとラゾールニクに報告した。

 待ち合わせして、観光スポットに行って、お昼を食べて、映画を観て、肝試しスポットに行って、街に戻って解散――と言えば、まるでデートだが、彼女が淡々と用をこなす姿は、アクイロー基地でのソルニャーク隊長に似ていた。

 流行のかわいい服に身を包み、人目のある場所では「デート中の女子高生」を完璧に演じたが、廃病院に着いた瞬間からガラリと態度を変え、甘い空気は吹き飛んだ。


 ……そうだ。隊長さんだけじゃなくって、フィアールカさんにも、雰囲気似てるんだ。


 もしかすると、ロークが思った以上に年季の入った魔女なのかもしれない。

 ポケットに戻したばかりの端末が震えた。


 ――お疲れ様。(サソリ)はどうしたの?


 運び屋フィアールカだ。

 心を読まれたようなタイミングに冷や汗をかいて返信する。


 ――クラウストラさんが持って帰りました。

   代わりに目印用の赤い蠍をもらいました。

 ――そう。じゃ、蠍を郭公(カッコウ)に預けて帰ってちょうだい。

   詳しい話は明後日、聞きに行くわ。

 ――了解。


 タブレット端末の電源を切り、夕日に背中を押されるように門を(くぐ)った。



 「クラウストラが、これを、私に?」

 「預かって欲しいって言ったのは、フィアールカさんです。明後日来るって言ってました」

 魔法の道具屋“郭公(カッコウ)の巣”の店主クロエーニィエは、事情がよく飲み込めないのか微妙な顔をしたが、蠍型の真紅のブローチを戸棚の抽斗(ひきだし)に片付けた。

 「久し振りに、晩ごはん一緒にどう?」

 「じゃ、鞄置いてまた来ます」

 ロークは【化粧】の首飾りを外してゲンティウスの呪符屋に戻った。

☆アクイロー基地でのソルニャーク隊長……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照

☆人目のある場所では「デート中の女子高生」を完璧に演じた……「0996.デートのフリ」「0997.目標地点捕捉」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ