0995.貼り紙の依頼
「坊主、お前さんに客だ」
呪符屋の店主ゲンティウスに促され、ロークは呪符作りの手伝いを中断して店頭に出た。
こんな時期に珍しい、運び屋フィアールカだ。月末までまだ間がある。
接客担当のスキーヌムは何もせず、カウンターに突っ立っていた。
「急ぎの用なんですね?」
「まず、指紋が付かないようにこれ着けて」
科学の歯科医が着けるラテックス手袋を渡され、素直に着ける。フィアールカも同じ手袋をしていた。
「で、これを“冒険者カクタケアのファンはよく行くけど、他の人はまず行かない場所”に貼ってくれる?」
透明の防水シートで保護されたA4サイズの紙だ。
あの「瞬く星っ娘」が「平和の花束」として再始動!
アルキオーネ
タイゲタ
エレクトラ
アステローペ
四人の歌とトークの三十分♪
♪新曲も先行披露♪
その文字の下で、舞台衣装姿の少女四人が、放送局名と周波数、放送日時を大書した紙を持って微笑む。
放送日は、今月末の深夜だ。
「心当たりの場所、ある?」
「えーっと……この島の光の導き教会のバス停……は、村の人や司祭も使うからダメか」
ロークは、ファンフォーラムの「聖地巡礼」コーナーの地図と写真を思い浮かべて考えた。
「イグニカーンス市の廃病院……くらいかな?」
「すぐ行けそう?」
「行くのはいいんですけど、冬に何人か行方不明になって、しばらく警察が調べたりとかゴタゴタしてました。今は落ち着いてますけど、現地に行くファンはかなり減ったみたいです」
ロークは、フィアールカにもらったタブレット端末で、ニュースや星の標の動きなどに加え、「冒険者カクタケア」シリーズのファンフォーラムも毎日閲覧し、キルクルス教会や「良識ある大人」に不満を抱く若者の動向を調べている。
病院名を告げると、運び屋が緑の瞳を輝かせた。
「丁度いいわ。ついでに蠍のブローチを探してくれない?」
「ブローチ? 魔法の品なんですか?」
「そう言う意味では、フツーのブローチよ。灰色の地味な物で、コンクリートの廃墟なら、目立たないでしょうね」
何故そんな物を探すのか。警察が行方不明者の捜索を行った際、回収されたかもしれない。見落としを期待するしかなく、発見の可能性は低そうだ。
「中にメモリを仕込んであって、検閲を突破するアプリの最新バージョンが入ってるハズなのよ」
「えっ? それ、警察が拾ってたら……」
「その時はその時よ」
運び屋が不敵に笑う。
「アーテル領内の“工場”にガサ入れがあって、受取りは予定と別の人に行ってもらったんだけど、着いた時には人っ子一人居なかったの」
ロークは素早く考えを巡らせた。
放送日までの週末日数は四日しかない。
廃病院で複数の行方不明者が出てニュースになり、危険が知れ渡った為、訪問するファンが激減した。
元々不法侵入までするファンは少数派だが、行方不明事件後、ファンフォーラムに投稿された聖地巡礼写真は、工事用の遮音壁の外から外観を撮ったものばかりになった。
……中に貼っても、見てもらえないよな?
だからと言って、塀や遮音壁に貼ったのでは、不特定多数の目に触れる。
あまりに広く知れ渡り過ぎると、受信妨害の再開が早まる惧れがあった。
貼る場所は現地で決めることにして、ひとまず返事をする。
「明日、行きます」
「ありがと。これも持ってって」
テープと予備のラテックス手袋、【魔除け】の呪符を三枚カウンターに並べ、運び屋フィアールカは呪符屋を後にした。
隣に立つスキーヌムが、ぽつりとこぼす。
「お茶断られたの、僕の淹れ方が下手で、美味しくないからなんでしょうか」
ロークは「そんなことないよ」との慰めの決まり文句を求められたのかと勘繰り、ムッとしたが、感情を抑えて言った。
「急いでたからですよ」
「でも、他のお客さんにも、よく断られるんです」
スキーヌムは項垂れた。
カセットコンロの横には、清潔な茶器がきっちり並ぶ。
そう言われてみれば、今日はまだ一度もお茶の香りがしなかった。
「味見は?」
「味見……? そんな、お店のお茶を従業員の僕が飲むなんて!」
妙なところで律義さを発揮され、ロークは頭が痛くなってきた。
「お客さんに出しても、飲んでもらえなかったり、残されたりする方が勿体ないですよ」
「でも、どうすればいいのか……」
「淹れ方、わかってますよね?」
二人が地下街チェルノクニージニクに来たのは年末で、呪符屋でアルバイトを始めたのは一月十一日。今は六月中旬だ。半年も何をしていたのかと、ロークは頭を抱えたくなった。
「店長さんに淹れ方、教わらなかったんですか?」
「魔法を使わない淹れ方は、ご存知ないそうです」
スキーヌムの声が小さくなり、顔がどんどん暗くなる。
「えっ? あの、ここじゃなくて、いつもおつかいに行ってるお茶屋さんの店長さんですよ。お客さんには力なき民も居るから、知ってるんじゃないんですか?」
スキーヌムが勢いよく顔を上げ、驚きに満ちた目を向ける。
「おーい、さっさと作業に戻ってくれー」
「はーい」
ロークは急いで奥の作業部屋に戻った。
翌朝、ロークは一人、始発のバスで対岸のイグニカーンス市に出た。
乗継を待つ間、バスターミナルのベンチでカクタケアのファンフォーラムを確認する。
ここ数カ月の聖地巡礼写真から、廃病院での撮影ポイントを確認した。
事件前は、塀の周囲に立入禁止の簡易フェンスが巡らされただけで、その気になれば容易く侵入できたが、現在は白く背の高い工事用の遮音壁で囲まれ、遠くから全景を撮ったものが多い。
代わって商業ビルが、廃病院の全景を撮りやすい新たな撮影スポットとして人気を集める。
中には数枚、遮音壁に貼られた警察や家族が作った捜索願のポスターを撮り、仲間の安否情報を求める書き込みもあった。
一枚だけ、隙間から手を入れて撮った写真をみつけた。傾き、ピントもロクに合わない上に、雑草の隙間から辛うじて玄関が見える代物だ。
……って言うか、こんなガッチリ囲まれてたら、入れないよな?
最近の写真を改めて見て、ロークは無謀だったかと後悔し始めた。
☆ファンフォーラムの「聖地巡礼」コーナー……「795.謎の覆面作家」「803.行方不明事件」参照
☆冬に何人か行方不明……「803.行方不明事件」参照
☆蠍のブローチ……「799.廃墟の侵入者」参照
☆二人が地下街チェルノクニージニクに来たのは年末……「843.優等生の家出」~「847.引受けた依頼」参照
☆呪符屋でアルバイトを始めたのは一月十一日……「844.地下街の年越」参照




