0102.時を越える物
日が傾く頃、やっと分かれ道の石碑に辿り着いた。
石碑を中心にちょっとした広場がある。トラックを二台は停められそうだ。
石碑が示す西の道はピスチャーニク区。南はラクリマリス王国への道が続く。道があるらしいのは、太い樹木がないことで辛うじてわかるが、石畳は降り積もった落ち葉と土砂で全く見えない。
刻まれた文字は苔に埋もれて見えず、石碑自体も半ば落ち葉に埋もれる。
形の定かでない雑妖が、背の低い常緑樹の木陰からこちらを窺った。
空はまだ薄明るいが、これ以上進むのは体力的に無理だ。
……今日はもう、ここで休もうかな。そう言えば、お昼ごはんもまだだし。
雑妖なら、店長が用意してくれたたくさんの【魔除け】で防げる。寒さはこの服を脱がない限り、大丈夫だ。今は山道を歩いて来たせいで汗までかいた。
こんな道を老婆と幼児の足で登り、日が落ちる前に帰宅できるのか。
……あぁ、そうだ。あれは、お祖母ちゃんの魔法だったんだ。
バラック小屋から、人気のない森の入口まで歩いた。それから、あの花の小道まで、魔法で移動したのだ。
「絶対、誰にも内緒よ」
「うん。ないしょ」
「お父さんとお母さんにも内緒よ」
「うん。ないしょ」
「おばあちゃん、アミエーラと一緒に居られなくなるからね」
並木道が終わった所でもう一度、魔法で移動した。
この石碑にも見覚えがあった。
「ここより北は国境だから、魔法では越えられないのよ」
祖母の顔はもう思い出せないが、厳しい表情でそう言われたことは忘れなかった。そして、ここに何か大切な物を埋めたのだ。
二人で元通りに土を埋め戻し、誰にもわからないように落ち葉を掛けた。
「アミエーラ。本当に困った時は、これを出して使いなさい」
「使えるの?」
首を傾げたのは、こんな物が何の役に立つのか、幼いアミエーラには、まだ想像もつかなかったからだ。
「使えるように、うんとお勉強を頑張るのよ」
祖母は苦笑して、アミエーラの頭を撫でてくれた。
……確か、石碑の南側。
あの時、枝で落ち葉をかき分けるのを手伝った。
祖母が土を掘って埋めた。
アミエーラは荷物を下ろし、あの日と同じように石碑の根元に積もった落ち葉をかき分けた。
この場所は吹き溜まりなのか、落ち葉がアミエーラの膝下まで積もる。除ける端から崩れて来るので、思ったより広い範囲で除けなければならなかった。
やっと、平たい石と湿った土が露わになる。
アミエーラは掌大の石を拾い、その石があった場所を掘った。
祖母も、この石でここを掘った。土を除け、穴を広げながら深く掘る。
硬い手応えにドキリとした。石を枝に持ち替え、硬い物の縁に沿って土を掘り進めると、四角い輪郭が現れた。
掘り出した物は両手に乗るくらいの金属の箱だ。
落ち葉で包んで揉むと、こびり付いた土が落ちた。蓋もすっかり錆びついて固かったが、石で叩くと辛うじて開けられた。勢い余って中身をぶちまける。
アミエーラは慌てて拾い上げた。
ビニール袋で厳重に包んである。手袋を外し、慎重に梱包を外した。
☆店長が用意してくれたたくさんの【魔除け】……「0091.魔除けの護符」参照
☆寒さはこの服を脱がない限り、大丈夫……「0081.製品引き渡し」「0099.山中の魔除け」参照
☆こんな道を老婆と幼児の足で登り……「0101.赤い花の並木」参照




