0994.共通の知合い
ファーキルは早速、SNSでの発言をまとめさせてくれたアカウントに再接触した。
約半数からすぐ応答があり、四分の一くらいは、ラクリマリス王国のAMラジオでの放送を許可してくれた。
放送後にサイト「旅の記録」に載せると伝えて礼を言い、印刷してDJレーフに渡す準備を整える。
レーフと葬儀屋アゴーニは、明後日これを取りに来る。
それまでに今日は留守だったみんなと話を詰めなければならなかった。
ラクエウス議員たち「偉い大人」には、クラピーフニク議員と呪医セプテントリオーが、平和の花束のメンバーとアミエーラには、タイゲタとサロートカが話してくれる。
ファーキルは、運び屋フィアールカと諜報員ラゾールニク、アーテル領で活動するロークにメールで連絡した。
一斉送信後、ローク個人に近況を知らせる。
――そんなに難民増えて、また薬が足りなくなったのか。参ったな。
――薬草畑を増やすって言ってたから、もう少し経てばマシになると思うよ。
ファーキルは暗い話題を打ち切り、レーフから聞いたばかりの話をした。
移動販売店プラエテルミッサが正式に放送免許を交付され、「移動放送局プラエテルミッサ」になって、現在はカイラー市に居ること、スニェーグが彼らと接触したことなどを伝える。
ロークは、まだタブレット端末の操作に慣れないらしく、返信はゆっくりで、一文が短い。辛抱強く待って会話を重ねる。
――スキーヌム君って知ってる? ルフス神学校の聖職者クラス。
ファーキルは、少し長い沈黙の後で送られたテキストに震えた。
――実家の近所の人だけど、どうしたの?
――今、ランテルナ島で一緒に居る。
詳しいことはフィアールカさんに聞いて。字が遅くてごめん。
絵に描いたような信仰エリートのスキーヌム・ファンドゥムが、何故、アーテル領内の魔法使いを押し込むランテルナ自治区に居るのか。
かなり込み入った事情がありそうだが、確かにロークの入力速度では、充電が幾らあっても足りない。
返信を打とうとしたところに続きが来た。
――スキーヌム君の家族が、「ファーキル君のお母さんが行方不明の息子を心配し過ぎて倒れた」って言ってた。
――それ、世間向けのポーズだから気にしなくていいよ。
何の感情もなく即答し、ファーキルは自分が家族とは完全に無関係な存在になったのだと自覚した。
移動販売店プラエテルミッサの一員として行動するようになって以来、両親を思い出す回数が減り、アミトスチグマに来てからは忙しさもあって、ロークに言われるまですっかり忘れていた。
……自立って言うのとは全然違うっぽいけど。
恐らく、親が死んだと聞かされても涙は出ないだろう。
実家に居た頃は、我が子の意志をない物として扱い、蔑ろにする両親に日々憎しみを新たにし、憤りで眠れない夜もあった。
信仰について両親が語る時、あまりの言葉の通じなさ、価値観の違いについて行けず、自宅はいつも「遠い異国に在る他人の家」に見えた。
両親を許したワケではない。
ただ、自分から切り離された遠い存在に変わった。
それだけだ。
……空襲で身内を殺された人も、その内、アーテル人やキルクルス教徒をこんな風に思える日が来るのかな?
だが、アーテル共和国はネモラリス共和国から地理的に近く、リストヴァー自治区があり、隠れキルクルス教徒が密かに布教を続ける。
ファーキルと同じ「憎悪の対象と距離を置く」ことが不可能なら、どうすれば報復と暴力の連鎖を止められるのか。
家族とは無関係なロークに酷い言葉を投げてしまったと気付き、少し取り繕う。
――でも、わざわざ教えてくれてありがとう。
ロークのぎこちない返信を確認し、運び屋フィアールカにスキーヌムの身に何が起きたのか、問いを投げた。
夕飯後、与えられた部屋に戻って端末を見る。
運び屋の返信に驚いたが、振り返れば、そうだったのかと思い当たることが幾つもあって納得する。
フィアールカは、ロークから聞いたスキーヌムの詳しい事情をファーキルだけでなく、ラゾールニクとも共有した。
……俺の事情もこんなカンジで知れ渡ってるんだろうな。
いい気はしないが、仕方がない。
――そうね。丁度いいわ。“特別な司祭”の件、SNSで拡散してくれる?
ユアキャストのURLが幾つかと、星道記の縫製職人用の項目の扉絵と本文の画像、聖職者の衣の画像、大司教が実際に着用した写真、大聖堂の装飾に紛れた呪文の写真も送られた。
ファーキルもランテルナ島の拠点に居た頃、ラゾールニクに見せられ、アミトスチグマに来てから、針子のサロートカに本物の「星道の職人用の聖典」を見せてもらって確認した。
これらをSNSで拡散しても、アーテル領では検閲に引っ掛かり、本当に伝えたい人々には届かない。
もどかしいが、今は国外に居るアーテル人の目に少しでも触れることを祈り、拡散し続けるしかなかった。
ファーキルが、少し時間を空けてすべての画像とテキストをSNSに出すと、いつものように大勢の手で拡散された。無償の協力に感謝を述べてSNSを閉じ、端末を充電器に挿す。
ベッドに身を投げ出して考える。
ファーキル自身は、ファンドゥム家の三兄弟妹とは特に親しくなかった。
長男のスキーヌムは神学生で、年末年始にしか顔を合せなかったが、一番話が通じる相手だった。それでも、瞬く星っ娘のアンチ以外に気の合う部分はない。
彼は、家族の期待に応えようと懸命にキルクルス教の神学を学び、正しい教えを身に付けようとひたむきに努力していた。
ファーキルは、両親が自分たちの老後の為に我が子の意志を無視して、進路など何もかもを決めることに反発はしたが、自分の為に勉強を続けた。
……根本的に合わないんだよな。
ファーキルが魔術について調べ、拾った【魔力の水晶】を大切に持っていると知れば、スキーヌムは卒倒するだろう。
……自分に魔力があるってわかって、受け容れられるのかな?
信仰エリートの心に嵐が吹き荒れたことは想像に難くない。
今はロークと共にランテルナ島で暮らしているくらいだから、心に折り合いを付けられたか、諦めたかしたのだろう。
そんなことをつらつら考える内に眠りに落ちた。
☆SNSでの発言をまとめさせてくれたアカウント……「812.SNSの反響」参照
☆そんなに難民増えて、また薬が足りなくなった……「0986.失業した難民」参照
☆移動販売店プラエテルミッサが正式に放送免許を交付され……「0984.簡単なお仕事」「0985.第二位の与党」「0988.生放送の再開」参照
※スキーヌムがランテルナ島に渡った詳しい事情
神学校……周囲から浮くレベルの超優等生「743.真面目な学友」「762.転校生の評判」~「766.熱狂する民衆」参照
実家……要らん子扱い「802.居ない子扱い」「809.変質した信仰」~「811.教団と星の標」参照
ランテルナ島……本土じゃよくあること「841.あの島に渡る」~「846.その道を探す」参照
フィアールカとの出会い……「847.引受けた依頼」参照
☆ランテルナ自治区……「176.運び屋の忠告」「454.力の循環効率」「455.正規軍の動き」「457.問題点と影響」「541.女神への祈り」「841.あの島に渡る」「843.優等生の家出」参照
☆ファーキル君のお母さんが行方不明の息子を心配し過ぎて倒れた……「803.行方不明事件」参照
☆我が子の意志をない物として扱って蔑ろにする両親……「292.術を教える者」「434.矛盾と閉塞感」参照
☆信仰について両親が語る時……「293.テロの実行者」「545.確認と信用と」「590.プロパガンダ」「591.生の声を発信」参照
☆特別な司祭……「810.魔女を焼く炎」「811.教団と星の標」「0953.怪しい黒い影」参照
☆ユアキャストのURL……「0982.番組の準備中」参照
☆ファーキルもランテルナ島の拠点に居た頃、ラゾールニクに見せられ……「369.歴史の教え方」~「371.真の敵を探す」、「429.諜報員に託す」~「435.排除すべき敵」参照
☆アミトスチグマに来てから、針子のサロートカに本物の「星道の職人用の聖典」を見せてもらって……「702.異国での再会」「703.同じ光を宿す」参照
☆瞬く星っ娘のアンチ……ファーキル「210.パン屋合唱団」、スキーヌム「765.商いを調べる」参照
☆ファーキルが魔術について調べ、拾った【魔力の水晶】を大切に持っている……「166.寄る辺ない身」参照
▼アーテル共和国とネモラリス共和国の位置関係




