0993.会話を組込む
引退動画の視聴を終え、DJレーフがタイゲタに向き直った。
麦藁色の髪がビクリと震え、眼鏡越しの視線がDJの口許に注がれる。
「思ったより、大変なことになってたんだね」
「えぇ、まぁ……覚悟はしてましたけど……」
DJの呟きに元アーテルのトップアイドルは、硬い表情で応じた。
「君は、捨てた祖国にどうなって欲しい? 滅びた方がいいと思う?」
ネモラリス人のDJが、祖国を捨てたアーテル人に聞く声は真剣だ。
敵対する国の二人は暫し見詰め合った。
「私は……戦争とかテロとかしない国に……信仰が違う人とか、魔法使いの人たちとも仲良くできる国になって欲しいです」
タイゲタは、魔法使いのDJから目を逸らさずに答えた。
DJレーフが僅かに頭を傾ける。
「どうしてそう思うんだ? 護衛のおばさん以外に何か理由ある?」
「私たち、バルバツムとかバンクシアとか、外国でもコンサートしたコトあるんですけど……」
「そんな遠くまで仕事しに行ってたんだ? 凄いね」
DJが相槌を打つ。
「どっちの国も、魔法使いへの差別は個人レベルだったら色々ありましたけど、国とか会社とかの“公式”は、差別をやめましょうって……」
国を跨いで活躍した元アーテルの国民的アイドルは、考えるような顔で宙を見詰めて言葉を切った。
DJが無言で続きを促す。
アイドルの少女は、宙を見詰めたままポツリポツリと言葉を紡いだ。
「建前でも、公式はそれ系の差別はしなくて、星の標は国際テロ組織で、アーテルとラニスタはテロ支援国家ってコトになってて、びっくりして、でも……」
「でも?」
促されたが、タイゲタは苦しげに歯を食いしばり、画面に目を向けた。みんなの目も彼女の視線を追う。動画再生枠の下はコメント欄だが、そこに湖南語の書き込みは一件もない。
「でも、アーテルに居る時はそんなの、全然聞いたコトなくて、バルバツム連邦はキルクルス教徒が多いのに、おっきい会社は魔法使いの人もフツーに雇ってて、査証とか要るけど、魔法の国や両輪の国の人もフツーに行けるし」
「えっ? そうなんだ?」
レーフも知らなかったらしい。目を丸くして他の面々を見回す。
ファーキルは、パソコンの前に戻ってブラウザのタブを四つ開いた。
アミトスチグマ王国外務省公式サイトのバンクシア共和国の項目、バルバツム連邦に本社を置く世界最大手旅行会社の「国別注意点」のページ、ファーキルが作ったサイト「旅の記録」のキルクルス教圏の嘆きを集めたページ、共通語話者向けの巨大匿名掲示板サイトのキルクルス教への疑問を議論するスレッドだ。
ファーキルが画面の前から退くと、DJレーフは前のめりになり、食い入るように読み耽った。
「バンクシアって、キルクルス教の聖地があるトコだよな?」
「はい」
ファーキル、サロートカ、タイゲタが同時に頷く。
呪医セプテントリオーも緑の目を見開き、画面に視線を走らせた。二人が読み終えた頃合いを見計らって、次のタブに切替える。
四つのサイトに目を通した魔法使い二人は、疲れた顔で大きく息を吐いた。
「匿名でも、こんなコト言えるだけ、外国には自由があるんです」
「アーテルには自由がないんだ?」
タイゲタが懸命に言葉を絞り出し、DJレーフは念押しするように聞いた。
「アーテル領内からだとブロッキングされちゃうんです。……えっと、ネット検閲があって、インターネットの回線はこう言うサイトへのアクセスを遮断……ってわかります?」
アイドルの少女は、相手がインターネット自体ないネモラリス共和国の者だと思い出し、伝わる言葉を手探りした。
DJレーフが両手を小さく上げて苦笑する。
「う~ん……要するにアレ? ラジオの受信妨害みたいなモン?」
ファーキルが助け船を出す。
「そんなカンジです。フィアールカさんの仲間が開発したアプリを使えば、アーテル領内からも閲覧できますけど、バレたら警察に捕まります」
「あの運び屋のお姐さん、そんなコトまでやってたのか」
「アルトン・ガザ大陸の仲間が作って、タブレット端末にインストールして、密輸したそうです。それをアーテル領で売り捌いたり、アプリだけダウンロードできるようにしたりして、少しでも外の世界を知られるようにって」
「タダで配るんじゃないんだ?」
「端末自体が高価ですし、アプリの開発って……えっと、新しい呪文を作るみたいなモンなんですよ」
「あ、あぁ、そりゃカネ回収しなきゃな」
DJレーフが納得し、他の面々も初耳だったらしく、ファーキルに驚いた目を向けた。
ファーキル自身、フィアールカの密輸端末と違法アプリがなければ、外の世界を知ることなく、アーテルの閉塞感に圧し潰されて自ら命を断ってしまったかもしれない。
祖国を捨て、世界に真実を伝え、今は遠く離れたアミトスチグマ王国に身を寄せる。
家族と信仰を捨ててから出会った人々は、あの端末とアプリがなければ、存在さえ知らずに一生を終えただろう。
……水の縁。
ファーキルは改めて湖の女神パニセア・ユニ・フローラの祈りの詞を思った。
「ところで、この番組枠ってどうやって手に入れたんだ?」
「ここの家主さんは大きい会社の役員なんです。腥風樹と湖上封鎖の影響で、ラクリマリスの経済も結構な被害を受けて、放送局の広告収入が激減しました」
DJレーフは、クラピーフニク議員の説明に深く頷いた。
「取締役会で、広告を出稿して聖地の報道機関を支えましょう、ニプトラ・ネウマエさんの歌とアーテルの歌を流して音楽を平和の架け橋にしましょう、とか何とか言って放送枠をひとつ買取ってくれたんです。会社のおカネで」
「じゃあ、一回やってみてラクリマリスで評判よかったら、二回目三回目もできたりする?」
DJレーフが瞳を輝かせて食い付いたが、クラピーフニク議員は険しい顔で楽譜の束を見た。
「アーテルの歌を流せば、ラクリマリス人……特に腥風樹で農地を汚染された人たちから抗議が来るかもしれません」
「その辺は、なるべく反発が出ないようにトークで頑張りますよ」
レーフは若手議員からファーキルに向き直った。
呪医セプテントリオーが怪訝な顔をする。
「あなたも、放送で発言して下さるのですか?」
「ここにまとめられたキルクルス教徒の声、放送で読み上げてもいいかな?」
DJは呪医に頷いてファーキルに聞いた。
「元の書き込みをした人に確認します」
「頼むよ。確認できた分だけ印刷してくれる?」
「えぇ。次、いつ来られます?」
「んー……? いつ頃がいいかな?」
レーフが葬儀屋アゴーニに聞く。
「別にいつでもいいんじゃねぇか? 明日でも明後日でも。買取ったの、いつの放送だ?」
「今日から数えて……えっと、二週間後ですね」
ファーキルが答えるとアゴーニは緑の目を剥いた。
「そんなすぐか! こっちの放送もあンのに、どうするよ?」
「確かにあんまりしょっちゅうは来られないなぁ。これって生放送?」
「えっと、まだ決まってないんですけど、どっちがいいですか?」
ファーキルが聞くと、タイゲタが小さく手を挙げた。
「事前収録して、放送が終わってから、聞きそびれた人用にトークの全文書き起こしをこのサイトに載せてもらっていいですか? ラクリマリスや外国に居るアーテル人用」
「あー、それがいいかもね。大変そうだけど、大丈夫?」
DJがファーキルたちを気遣う。
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
「そうかい。ありがと。俺が現役信者の声を読み上げて話を振るから、歌手のコたちはそれに元信者としてトークを展開してくれるかな? 新曲の歌詞と絡めて」
「頑張ります」
タイゲタは、決意を籠めた声で力強く応えた。
針子のサロートカが控え目に言う。
「何か私にもできることがあったら、お手伝いしますね」
「ホント? 二回目があったら、その時ちょっと頼んでいい? サロートカちゃんじゃなきゃムリなコト」
「えっ? 私じゃなきゃムリって何?」
針子の少女は、声を弾ませたタイゲタに少し怯んだ。
「二回目が決まってから言うわ」
今日の訪問は急なこともあり、使用する曲を五つに絞り、放送順を決めるだけで終わった。
☆引退動画……「429.諜報員に託す」「430.大混乱の動画」参照
☆ファーキルが作ったサイト「旅の記録」……「448.サイトの構築」「518.いつもと違う」「570.獅子身中の虫」「586.気になる噂話」「591.生の声を発信」参照
☆共通語話者向けの巨大匿名掲示板サイト……「165.固定イメージ」「189.北ザカート市」「229.待つ身の辛さ」「331.返事を待つ間」「434.矛盾と閉塞感」「435.排除すべき敵」「448.サイトの構築」参照
☆星の標は国際テロ組織で、アーテルとラニスタはテロ支援国家……「687.都の疑心暗鬼」「811.教団と星の標」「812.SNSの反響」参照
☆公式はそれ系の差別はしなくて/おっきい会社は魔法使いの人もフツーに雇って……「812.SNSの反響」参照
☆フィアールカの密輸端末と違法アプリ……「588.掌で踊る手駒」~「590.プロパガンダ」参照
☆アーテルの閉塞感……「162.アーテルの子」~「166.寄る辺ない身」、「182.ザカート隧道」「183.ただ真実の為」参照
☆湖の女神パニセア・ユニ・フローラの祈りの詞……「541.女神への祈り」~「543.縁を願う祈り」、「592.これからの事」「605.祈りのことば」「619.心からの祈り」参照
☆腥風樹と湖上封鎖の影響で、ラクリマリスの経済も結構な被害
腥風樹「498.災厄の種蒔き」「499.動画ニュース」「500.過去を映す鏡」「490.避難の呼掛け」「544.懐かしい友人」「587.ハンパな情報」「862.今冬の出来事」「864.隠された勝利」参照
湖上封鎖「144.非番の一兵卒」「161.議員と外交官」「196.森を駆ける道」「402.情報インフラ」「651.避難民の一家」参照




