0992.不意の打合せ
「カイラーでピアノの爺さんとばったり出食わしてな」
葬儀屋アゴーニが、金髪の青年の背を軽く押し、一歩前に出した。
陸の民が白壁の部屋に集まった面々を見回し、呪医セプテントリオーで視線を止める。彼が軽く会釈すると、呪医は小さく返礼した。
「初めましての人も居るんで、改めて。FMクレーヴェルのDJで、芸名はレーフって言います。クーデターのどさくさで首都を出て、今は移動販売の人たちと一緒にネモラリス島を周って移動放送してます」
「音楽番組作る手伝いが欲しいって聞いたもんでよ、連れて来たんだ」
伝言してくれたスニェーグの姿はない。ネモラリス島北部のカイラー市内で、仕事と情報収集に勤しんでいるのだろう。
ファーキルは偶然の出会いに感謝して、湖の民の葬儀屋に礼を言った。
「早速来て下さって、ありがとうございます」
「なぁに気にすんな。あんまり長居すっとアレなモンで、今日は顔合わせと軽い打合せだけで、晩メシ前には帰らせてくれ」
急遽集まった者たちは、アゴーニの宣言に同意した。
ネモラリス共和国領にはインターネットの設備がない。戦争で手紙も届き難くなり、外国からの連絡手段は「直接会う」くらいしかなかった。
予定外の訪問に応じられたのは、休養日のファーキルと呪医セプテントリオー、針子のサロートカ、クラピーフニク議員、平和の花束のタイゲタ。アミトスチグマの夏の都で留守番中の五人だけだ。
クラピーフニク以外の亡命議員は、難民キャンプの件でパテンス市へ行き、市会議員、フラクシヌス教団、ボランティア団体を交えて会議。
ラゾールニクとフィアールカはあちこち忙しく跳び回り、マリャーナ宅に来ても長居しない。
平和の花束リーダーのアルキオーネは難民キャンプで呪歌の手伝い。アステローペは、マリャーナ宅の最近仲良くなった使用人と一緒に買物に出掛け、エレクトラは、樫祭で行う慈善コンサートの打合わせに参加する為、ニプトラ・ネウマエに連れられて、アミエーラと共に王都ラクリマリスに行った。
「パソコンの部屋で、データを見ながら話しませんか?」
「データ?」
レーフとアゴーニが、仕立てのいい背広に身を包んだ陸の民の男性に怪訝な顔を向ける。
「申し遅れました。秦皮の枝党の国会議員クラピーフニクです。リャビーナ市出身で、スニェーグさんは僕の支持者なんですよ」
「秦皮の枝党なのにこんなトコ居んの?」
DJレーフが素で驚き、国を出た若手議員は淋しげな苦笑を洩らした。
「僕は魔哮砲の使用に反対しましたから、ネモラリスに戻れば、消されるかもしれません」
「そりゃまた、何て言うか……」
DJレーフは言葉を失い、若手のクラピーフニク議員に同情の目を向けた。
執事に頼んで鍵を開けてもらい、七人はパソコンの部屋へ移動した。
ファーキルがパソコンを起動する間、クラピーフニク議員がタブレット端末で、完成したばかりの新曲を流す。
「これを放送するんですか?」
「はい。私たちが歌いました」
タイゲタがレーフにイイ笑顔で答え、DJの目が眼鏡の少女ともう一人の少女に向く。サロートカは両掌を顔の前で振った。
「わ、私は針子で、衣裳とか作る係で、歌は全然……」
「あ、そうなんだ。ホントに色んな人が集まってるんだなぁ」
レーフが頻りに感心する。
ファーキルは新曲「真の教えを」が終わるのを待って声を掛けた。
「ラクエウス議員以外のキルクルス教徒や、教えに矛盾を感じて祖国と信仰を捨てたアーテル人も居ますよ。で、これが放送予定の曲と仮の曲順、トークの要約です」
身体を椅子ごと横に向け、画面の前を空けた。クラピーフニク議員の端末にも同じファイルがある。取敢えず二枚だけ印刷し、DJレーフとタイゲタに渡した。
一覧から顔を上げたDJが、クラピーフニク議員とファーキルの間で視線を泳がせた。
「呪歌と聖歌と昔の曲と……新曲はさっきの一曲だけ?」
「はい。アーテルの受信妨害が復旧する前に放送したいんです」
ファーキルが答えると、レーフは少年に視線を定めて質問を重ねた。
「これって、何時間番組?」
「ここの家主のマリャーナさんの会社が資金を出してくれて、歌手のニプトラ・ネウマエさんが頼んでくれて、三十分、確保できたそうです」
「三十分? 尺がちっとも足りないな。何回かに分けて放送できんの?」
「それは……まだわかりません。取敢えず、一回は確保できましたけど」
鋭い追及にファーキルは冷や汗が滲んだ。
「どんな客層を想定してる?」
「アーテルの瞬く星っ娘のファンとかを中心に、できれば、半世紀の内乱中の暮らしを憶えてる年配の人たちにも届けられたらって、話してたんですけど……」
「でも、これって、ラクリマリスの局を使わせてもらうんだよね?」
ファーキルたち五人が同時に頷くと、レーフは紙を持ったまま頭を掻いた。
葬儀屋アゴーニは黙ってお茶を啜って見守る。
FM局のDJは固く目を閉じて黙考し、ひとつ息を吐くと瞼を上げた。
「できれば、三回か四回に分けて、第一回を聞きそびれた人にも届くようにした方がいい。最初は歌手のコたちのファン、えーっと、アーテル人の若いコはともかく、ラクリマリス人の年配のリスナーから苦情が出ない構成で行った方がいいな」
「どう組みましょう?」
ファーキルが恐る恐る聞くと、レーフは苦い顔をした。
「回数が決まんないコトには難しいな」
「それじゃあ、三十分、一回だけとしたら、どう組みますか?」
クラピーフニク議員がファーキルに小さく頷き、質問を代わってくれた。
ファーキルはホッとして、使用する曲の楽譜を一揃い印刷する。サロートカが席を立ち、プリントされた紙をクリップで束ねてレーフに渡した。
針子の親切に微笑と会釈で応じ、DJは質問を続けた。
「曲は全部、君たちが歌うの?」
「いえ、他にアミエーラさんとニプトラ・ネウマエさん、それからオラトリックス先生も……後、コンサートの音源は色んな国の歌手と合唱団が歌ってます」
タイゲタが、眼鏡越しにDJレーフを見上げた。不安に揺れる上目遣いが可愛らしい。見慣れたハズのファーキルでさえ、思わず庇護欲を掻き立てられたが、DJレーフには動じた気配が全くなかった。
「ニプトラさんは、フラクシヌス教圏で知名度高くて人気もあるけど、君たちって、アーテルでどのくらい知られてんの?」
タイゲタは一瞬、傷付いた顔で返事に詰まったが、眼鏡を掛け直すと胸を張って答えた。
「アーテルでは多分、知らない人が居ません。海外遠征やネット配信もしてたんで、アルトン・ガザ大陸とか世界中のキルクルス教国にファンが居ます」
「えっ? そうなんだ? こんなトコ居て大丈夫?」
「……多分、大丈夫……かな?」
それは彼女自身も不安があるらしい。
……残ったのがアルキオーネさんじゃなくてよかった。
ファーキルは、こっそり胸を撫で下ろした。
プライドの高いリーダーなら、きっとさっきの質問で激怒しただろう。
「お時間よろしければ、彼女らが引退宣言した時の動画をご覧になっては如何でしょう?」
「あ、そうですね。その方が事情とファン層がわかって一石二鳥だし、番組の内容、決めやすいかも?」
呪医セプテントリオーに言われ、ファーキルはブラウザを起ち上げてユアキャストを表示させた。
当事者のタイゲタ、既に見たファーキルとセプテントリオーが椅子ごと後ろにずれ、初見の者たちに場所を譲る。
タイゲタは恥ずかしそうにほんのり頬を染めた。画面から逸らした目がファーキルと合う。
ファーキルは今になって、彼女らは知名度の高さ故に、一生、キルクルス教徒から隠れて暮らさなければならないのだと気付いた。
……大変だよなぁ。
一介の中学生でしかないファーキルは、アーテル共和国の国民的アイドルに同情した。
☆カイラーでピアノの爺さんとばったり……「0989.ピアノの老人」参照
☆スニェーグさんは僕の支持者……「278.支援者の家へ」参照
☆僕は魔哮砲の使用に反対……未明の議場で反対を唱える「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」、議員宿舎に軟禁される「259.古新聞の情報」「260.雨の日の手紙」、支援を受けて脱出「277.深夜の脱出行」「278.支援者の家へ」参照
☆完成したばかりの新曲……「0987.作詞作曲の日」参照
☆コンサートの音源は色んな国の歌手と合唱団……「813.新しい年の光」参照
☆彼女らが引退宣言した時の動画……ファーキルとセプテントリオーは一緒に見た「429.諜報員に託す」「430.大混乱の動画」参照




