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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十五章 軋轢

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0991.古く新しい道

 クフシーンカは思わず天を仰いだ。

 視界に入るのは、礼拝堂の高い天井とその下の鮮やかなステンドグラス。白い壁と天井、柱の要所には力ある言葉と呪印が刻まれ、無自覚な力ある民の魔力によって教会を守る。

 そのことが広くリストヴァー自治区に伝わったのは、つい最近のことだ。ネミュス解放軍の襲撃がなければ、知らずに一生を終えた自治区民は多かっただろう。


 だが、今はそれを知らぬ者はない。

 教会の建物、司祭の衣や祭衣裳、夏祭の舞いや祈りの(ことば)、聖歌にまで魔術が組込まれていると知れ渡った。


 魔術は()しき(わざ)だと教えられ、疑いもなく信じて生きて来た。

 力なき民は、魔力を持たぬが故に魔術を用いる愚を犯すことがない。自分たちは「無原罪の清き民」だと信じ、それを支えに自治区の貧しい暮らしに耐えてきた。


 支えを失い、「何故、隠していたのか」と司祭を(なじ)る者も居たが、それはほんの数人だけで、彼らはすぐ何も言わなくなった。

 解放軍と星の(しるべ)の戦闘に巻き込まれ、沿岸部の工場や高台の団地地区が大打撃を受けた。クフシーンカも自宅兼店舗を破壊され、住居はどうにか無事だったが、仕立屋の店舗は更地になった。


 あの冬の大火から立ち直りつつあった自治区は、再び失業者が溢れ、初夏の明るい日射しの下で暗く沈んだ。


 日々の糧を得る為に急拵(きゅうごしら)えの家庭菜園やクブルム山脈での(たきぎ)拾い、木の実や山菜採り、工場や店舗の再建工事などで忙しく、司祭を逆恨みする暇などなかった。

 昨年の罹災者(りさいしゃ)支援事業でクブルム街道を発掘したお陰で、薪には困らない。家庭菜園を作る「塩害に晒されていない土」も手に入った。

 それでも相変わらず野菜泥棒が横行し、夜間は鉢を家の中に引っ込めるが、手間暇掛けて育てた者が食べられない鬱憤は、日々募る一方だ。


 解放軍の襲撃後、区長とFMクレーヴェルのDJが、魔装兵を含む部隊の派遣を要請した。

 政府軍はすぐに治安部隊を派遣したが、キルクルス教徒の自治区であることに気を遣ったのか、アーテル軍の空襲に備えるだけで精一杯で手が足りないのか、力なき民の兵しか来なかった。

 治安部隊も、呪符や呪印弾など魔法の武器を携行し、一応、魔物や魔獣には対抗できるのが救いだ。

 再びネミュス解放軍の攻撃を受ければひとたまりもないが、今はウヌク・エルハイア将軍が約束を守ると信じる他ない。



 クフシーンカの溜め息の原因は、それらへの不安ではなく、星の(しるべ)への報復だ。


 今日もまた、治安部隊の目を盗んで三人が惨殺され、司祭が弔いに走った。

 強い苦痛を受けた者の遺体は、安らかに亡くなった者よりも魔物の苗床になりやすい。


 ……気持ちはわからなくないけれど。


 これまで星の(しるべ)がしてきたことと、彼らが武装解除されたこと、よりによって湖の民を主体とするネミュス解放軍に「星の(しるべ)は異端である」と事実を突きつけられたことで、解放軍が自治区から引き揚げた直後から、星の(しるべ)に身内や友人を殺された者たちの報復が始まった。

 政府軍の治安部隊は私刑(リンチ)の取締りに忙しく、野菜泥棒など軽微な犯罪まではとても手が回らない。


 親しい人を奪われた悲しみが癒えない限り、報復は終わらないだろう。

 折角、星の(しるべ)の脅威が去り、怯えずに暮らせるようになったと言うのに、一方を立てれば他方が立たず、溜め息がこぼれた。

 今のクフシーンカには、遺族の悲しみがわかるだけに、星の(しるべ)への報復を止められる有効な手段をみつけられない。

 これがまた、新たな報復の芽になるかと思うと、()()なかった。



 ひとつ、いいこともあった。

 山中のクブルム街道が間もなく、西端の北ザカート市から東端のリストヴァー自治区まで、完全復旧する。ネミュス解放軍は約束通り、力ある民の職人を手配して作業に当たらせたのだ。

 自治区民が手作業で行った時は、数百人掛かりで延べ数カ月掛けても、ゾーラタ区の手前までしか掘れなかったが、魔法使いたちはほんの一カ月程で、ネーニア島をほぼ横断した。

 【魔除け】の敷石が露出し、迷わず安全に歩けるようになったが、まだ土留(どど)(こう)や休憩所の整備が残る。

 街道脇には【結界】に護られた休憩所跡が点在し、力ある民の技術者たちの調査で、術がまだ有効だとわかった。雨風を凌げるよう、これから小屋を建ててくれると言う。


 自治区に近い三カ所は罹災者(りさいしゃ)支援事業として、自治区民が小屋の建築作業に(たずさ)わり、区内の有力者たちが資金を出し合って日当を支払うことになった。

 魔法使いの職人には、ウヌク・エルハイア将軍が賃金を払うと言う。


 古い道が掘り起こされ、新たな可能性を拓いてくれたが、それを活かしきれないのがもどかしかった。


 湖の民の運び屋フィアールカも約束通り、週に一度は救援物資を届けてくれる。

 戦争のせいで【無尽袋】が足りないとのことで、充分な量が行き渡らないことが多い。少ない物資を巡って諍いが起き、クフシーンカは仲裁に忙しくなった。



 「店長さん、今日は農家の人が来て、サカナってモンをくれました」

 「これ、どうやって食うんスか?」

 街道の小屋を見に行った青年たちが、麻袋抱えて戻ってきた。開けてみると、魚の干物がぎっしりだ。

 「干してあるから、二、三日は持つわね。そのまま焼いてもいいし、スープの具にしてもおいしいわ」

 「スゲェ」

 「ただ、骨に気を付けないと、刺さって痛い目に遭いますよ」


 自治区側から、古着を(ほど)いて(こしら)えた袋やクッション、敷物などを置いておくと、数日後にゾーラタ区の農家が手紙付きで食べ物を分けてくれる。

 自治区外、それも力ある民とのささやかな交流が始まり、ほんの僅かでも、相互理解の扉が開いたのが救いだった。

☆ネミュス解放軍の襲撃……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照

☆教会の建物(中略)魔術が組込まれていた……「432.人集めの仕組」「555.壊れない友情」「0858.正しい教えを」「0860.記された呪文」「0861.動かぬ証拠群」参照

☆無原罪の清き民……「182.ザカート隧道」参照

☆クフシーンカも、自宅兼店舗を破壊され……「918.主戦場の被害」「0940.事後処理開始」参照

☆あの冬の大火……「054.自治区の災厄」「055.山積みの号外」参照

☆昨年の罹災者支援事業でクブルム街道を発掘/自治区民が手作業で行った時……「419.次の救済事業」「420.道を清めよう」「442.未来に続く道」「453.役割それぞれ」「480.最終日の豪雨」「550.山道の出会い」参照

☆区長とFMクレーヴェルのDJが要請……「920.自治区の和平」参照

☆ネミュス解放軍に「星の(しるべ)は異端である」と事実を突きつけられた……「0942.異端者の教育」参照

☆星の(しるべ)に身内や友人を殺された者たち……「859.自治区民の話」「900.謳えこの歌を」参照

☆彼らが武装解除された……「921.一致する利害」「0939.諜報員の報告」参照

☆クブルム街道が(中略)完全復旧する……「0940.事後処理開始」「0941.双方向の風を」参照

☆運び屋フィアールカも約束通り、週に一度は救援物資を届けてくれた……「0941.双方向の風を」参照

☆骨に気を付けないと、刺さって痛い目に遭います……「631.刺さった小骨」参照

 ▼クブルム街道は、ネーニア島をほぼ横断する。

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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