0990.手伝いの依頼
薬師アウェッラーナが、みんなに香草茶のおかわりを注ぎ、トラックの荷台に清涼な風味が満ちる。
アナウンサーのジョールチが眼鏡を拭いて掛け直し、アゴーニとパドールリクを交互に見て確認した。
「つまり、教会や聖職者用の衣にも【魔除け】や【耐寒】【耐暑】などの術が施されていると知って、呪符を盗むのを中止したと言うことですか?」
「私たちとスニェーグさんの情報を繋ぎ合せるとそうなりますが、まだ確証は持てません。スニェーグさんが仲間に伝えて、もう少し詳しく調査を進めて下さるそうです」
パドールリクが、ここが会議室のようにきちんとした口調で報告する。
アウェッラーナはふと気になった。
「ラクエウス議員は、それを狙って聖典を届けたんですか?」
「いえ、まさか隠れキルクルス教徒が呪符を盗んでいたとは、あちらの皆さんは思いもよらなかったそうです」
「ラクエウス議員は、正式な教えを受けた普通の信徒だからな。異端の教えで尖鋭化した星の標の考えなど、わからんだろう」
ソルニャーク隊長が落ち着いた声で言うと、メドヴェージと少年兵モーフが頷いた。
イーヴァ議員から直接、犯行理由を聞いた星の道義勇軍のモーフでさえ、ワケがわからないと首を捻りながら報告したのだ。それを聞いたアウェッラーナも、イーヴァ議員たちの考えが「呪符泥棒」と言う行動に繋がる筋道を見出せなかった。
平和を目指す同志には、フラクシヌス教徒が多い。彼らにも、隠れキルクルス教徒の考えを理解できるとは思えなかった。
「えっ? じゃあ、何でそんな敵に塩を送るみたいなコトを?」
クルィーロが父に疑問をぶつける。パドールリクが答えるより先にDJレーフが話を引き取った。
「それは、自治区で解放軍と星の標が約束したついでだよ」
「あれっ? でも、聖典届けんのって自治区だけじゃないんですか?」
「約束ではね。自治区の星の標は聖典を全部読むこと。他の支部に爆弾テロをやめさせることってなってたけど、やめろって言っただけで聞くワケないし、彼らが喜びそうなプレゼントのひとつやふたつ、あってもいいんじゃないかなって、俺は思うよ」
みんなは何とも言えない微妙な顔で、アゴーニとパドールリクを見た。
「自治区の方は、運び屋の姐ちゃんが手ぇ回して、別口で聖典とフラクシヌス教の神話の絵本を届けたってよ」
「絵本?」
アマナが訝り、木箱をチラリと見た。
「あぁ、坊主が買ってもらったのと同じ、建設業組合が出した歌詞の募集付きの奴だ。何せ、フラクシヌス教にゃ、聖典なんて御大層なモンねぇからな」
「自治区の人をフラクシヌス教徒にするの?」
エランティスが丸くした目で、星の道義勇軍の少年兵モーフを見る。フラクシヌス教の絵本を読んでも、モーフは改宗しなかった。
「ん? あぁ、それ? 自治区外の人はこう言う信仰ですよって、相互理解に使うだけらしいよ」
レーフの説明にエランティスだけでなく、ピナティフィダとアマナも頷いた。
……そうよねぇ。一年くらい一緒に居ても、お互いの信仰に全然、影響ないんだものねぇ。
漁師アビエースと薬師アウェッラーナの兄妹、葬儀屋アゴーニは湖の民で、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに帰依する心は全く揺るがなかった。
レノ店長たちは陸の民だが、どちらかと言えば、主神フラクシヌスより湖の女神への信仰が篤いようだ。
そして、星の道義勇軍の三人は、リストヴァー自治区から出て魔法使いと共同生活を送っても、共闘しても、キルクルス教徒のままだ。
信仰を捨てたロークと何が違うのか。
薬師アウェッラーナにはわからない。
「あぁそうだ。大事なコト忘れるとこだった。アミトスチグマの仲間がDJの兄ちゃんに用があるってよ」
「俺?」
「何でも、ラクリマリスの放送局から歌番組を流してアーテルに揺さぶり掛けたいんだとよ」
「えぇっ? アーテルは分離独立後、フラクシヌス教国の放送が聴こえないように、ネモラリスとラクリマリスが使用する帯域を受信妨害しているのですよ?」
ジョールチが驚いた。
みんなの視線が、国営放送のアナウンサー兼総合無線通信士に問う。
「内乱の終結直後は人手不足でしたから、自分で機材の操作をしながら、原稿を読むこともありました。ネーニア島の受信状況が悪いのは、電波塔の破壊が原因だと思っていたのですが、数カ月後にアーテル領から引き揚げた技師から受信妨害の件を聞いて……」
「でも、ラクリマリス領でもネモラリスの放送、聴こえましたよ?」
ピナティフィダが首を傾げる。ジョールチは即答した。
「ラクリマリスから抗議を受けて、妨害電波の出力を下げたそうです」
葬儀屋アゴーニが話を続ける。
「今は、アーテル軍の基地があちこちぶっ壊されて、仲間がアーテルに跳んで調べて、受信妨害の機械も、まだ修繕できてねぇのがわかったらしいんだ」
アウェッラーナは、ピアノ奏者のスニェーグが質問を予測して先に答えを与えたことに感心した。シルヴァの身内なだけあって、単なる音楽家ではなさそうだ。
「あぁ、それで今の内にってコト? 俺は何すればいいんだ? 局で放送の手伝い?」
「それもして欲しいらしいけどよ、その前に曲順だの何だのって番組の構成を考えて欲しいんだそうだ」
「それは別にいいけど、どうやって? 文通?」
アゴーニが苦笑した。
「お前さんさえよけりゃ、明日ンでも一回、アミトスチグマの居候先に来て欲しいってよ」
「随分、急なんですね」
レノ店長が不安げに呟く。
「何せ、受信妨害がいつ再開されるか、わかったもんじゃねぇからな」
「そりゃそうですね」
「俺はいつでも大丈夫だ」
「そいつぁよかった。あっちにゃアーテルから亡命した歌手の女のコやら呪医のセンセイやら、色んな奴が集まってる。少なくとも、退屈はしねぇだろうよ」
話がまとまり、葬儀屋アゴーニとDJレーフは、明日の朝食後すぐ、アミトスチグマの夏の都へ跳ぶと決まった。
☆教会や聖職者用の衣にも【魔除け】や【耐寒】【耐暑】などの術が施されている……「432.人集めの仕組」「433.知れ渡る矛盾」、「811.教団と星の標」、「860.記された呪文」「861.動かぬ証拠群」、「896.聖者のご加護」「897.ふたつの道へ」、「0939.諜報員の報告」参照
☆自治区で解放軍と星の標が約束……「921.一致する利害」、「0939.諜報員の報告」参照
☆運び屋の姐ちゃんが手ぇ回して、別口で聖典とフラクシヌス教の神話の絵本を届けた……「0941.双方向の風を」参照
☆坊主が買ってもらったのと同じ、建設業組合が出した歌詞の募集付きの奴……「647.初めての本屋」「659.広場での昼食」「671.読み聞かせる」参照
☆レノ店長たちは陸の民だが(中略)湖の女神への信仰が篤いようだ……「619.心からの祈り」参照
☆魔法使いと(中略)共闘……アクイロー基地襲撃作戦「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」、魔獣退治「906.魔獣の犠牲者」参照
☆信仰を捨てたローク……「637.俺の最終目標」参照
☆ラクリマリスの放送局から歌番組を流してアーテルに揺さぶり掛けたい……「0959.敵国で広める」「0982.番組の準備中」参照
☆ラクリマリス領でもネモラリスの放送、聴こえました……「217.モールニヤ市」参照
☆今は、アーテル軍の基地があちこちぶっ壊されて……イグニカーンス基地「816.魔哮砲の威力」、ベラーンス基地とテールム基地「838.ゲリラの離反」、アゴーニは前に詳しく教えてもらった「864.隠された勝利」、その後「0956.フリグス基地」参照




