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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十五章 軋轢

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0989.ピアノの老人

 六月初旬。

 初夏より一歩、夏に近付いて、力なき民は半袖で過ごす日が増えた。


 移動販売店改め「移動放送局プラエテルミッサ」の一行は、鉱工業の街カイラー市に移った。この街の沿岸部は、工場が(ひし)めく工業地帯だ。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、ゼルノー市のグリャージ区に似ていると思った。

 先のチェルニーカ市では、警察の介入やモーフの行方不明、放送免許の件など、困り事が次々持ち上がった。

 その度に周囲から助けの手が差し伸べられ、アウェッラーナは、戦争の不安や物資欠乏の困窮の中にあっても、人々がやさしさを失っていないことに胸を撫で降ろした。


 ……プラエテルミッサのみんなも頑張ったけど、私たちだけじゃ、色々無理だったでしょうね。


 あの時、店長になったレノは、移動販売店を「見落とされた者(プラエテルミッサ)」と名付けたが、大勢の助けを得てここまで生きて来られた。見落とされても、「見捨てられた」のではなかったと改めて実感し、アウェッラーナは有難みをしみじみ噛みしめる。



 レノ店長とアナウンサー兼総合無線通信士のジョールチが、カイラー市警へ放送免許を提示しに行く。情報収集と買物には、兄とソルニャーク隊長、葬儀屋アゴーニとパドールリクが出た。


 「ここって、何か自治区に似てンなぁ」

 「こんな立派な街があんなゴミ溜めに似てるって? おめぇはどこに目ぇ付けてやがンだ?」

 「ちーがーう! 見た目じゃねぇ。ニオイだ、ニオイ!」

 少年兵モーフと運転手のメドヴェージが蔓草(つるくさ)を編みながら小突き合う。モーフはソルニャーク隊長に留守番を言い渡され、つい先程までしょげていたが、すっかり機嫌が直ったらしい。

 メドヴェージとじゃれあう姿は親子のようだが、他人だ。二人が、リストヴァー自治区のテロ組織「星の道義勇軍」に入らなければ出会わなかったかと思うと、アウェッラーナは複雑な気持ちになった。


 ……ネモラリス憂撃隊って、ジャーニトルさんたちが抜けた今も、アーテルで活動してるのよね。


 テロリストからの連想で、警備員オリョールや老婦人シルヴァを思い出した。

 第三国の仲介などで、国同士が和平を結んだとしても、彼らや星の(しるべ)が活動をやめない限り、「戦い」は終わらない。

 武闘派ゲリラの中にも、ジャーニトルのような者が居るとわかり、ひとつの希望を得られたが、アウェッラーナが出会ったゲリラの大半は、そうではなかった。



 「おい、ピアノの爺さんが居たぞ」

 「ピアノの爺さん?」

 昼食に戻ったアゴーニが嬉しそうに言ったが、モーフが首を傾げた通り、誰も心当たりがない。

 「ん? あぁ、そう言や、みんなは会ったコトねぇんだったな」

 「ファンなんですか?」

 「特にそう言うワケじゃねぇが、爺さんはラクエウス議員たちの仲間で、商売のついでに情報収集してくれてんだ」

 アウェッラーナの兄アビエースに聞かれ、同族の葬儀屋アゴーニは苦笑した。


 「あ、あぁ、スニェーグさん? シルヴァさんの親戚の人……でしたっけ?」

 アウェッラーナはやっと思い出した。顔を合わせたことはないが、何度か話には聞いた。

 「そうそう。その爺さんだ。色々聞いて来たから、メシ食い終わってからゆっくり説明させてくれ」


 みんなが戻るのを待って昼食にし、食後のお茶を飲みながら、それぞれの報告に耳を傾ける。

 「西地区で準備中のちょっと高ぇメシ屋の前、通りかかったら、戸を開けて掃除中でな」

 「ピアノの音色が聴こえたんですよ」

 パドールリクが嬉しそうに目を細める。

 「何の曲だか知らねぇが、あんまりにもイイもんで、ちょっと聴いてくかって、どんな奴が弾いてんのか戸の前から覗いたら、あの爺さんだったんだ」

 「あれっ? 確かリャビーナ市民楽団の人って言ってませんでしたっけ?」

 ピナティフィダが首を傾げる。

 アウェッラーナは、少女の記憶力に感心した。


 「そうだ。よく憶えてたな。その楽団のピアノ奏者なんだが、ラクエウス議員たちの仲間ンなってからは、ちょくちょくネモラリス島の北側の街を回って、色んな店で生演奏やって、商売のついでに情報収集してるんだとよ」

 「それでこんな遠くまで」

 「すごいねぇ」

 アマナとエランティスが目を丸くして顔を見合わせる。

 「まぁ、力ある民だからな。知ってるとこなら【跳躍】で行けらぁな。……で、向こうも気が付いて一曲終わってから、店先へ出て来てくれたんだ」


 スニェーグも、カイラー市で葬儀屋アゴーニと再会するとは思っておらず、互いに驚き混じりに無事を喜んだ。

 アゴーニが、スニェーグにパドールリクを紹介し、二人が自己紹介を終えると、「ここではちょっと……」と裏庭へ通された。

 店内はランチ営業の準備で慌ただしい。

 白い花を咲かせる山査子(サンザシ)の木陰に立って、軽く情報交換した。


 「こっちが呪符泥棒の正体を伝えたら、あっちは『それで最近、呪符泥棒が減ったのか』って何か納得してたぞ」

 「どう言うコトですか?」

 アウェッラーナが同族の葬儀屋に聞く。

 「あっちで聖典調達して、ディケア経由でリャビーナの会社ン送ったんだとよ。聖職者用の墓石みてぇにゴツい奴、百冊も」

 「それで何で盗人が減るんだよ」

 少年兵モーフが苛立たしげに聞く。三週間ばかり前にチェルニーカ市で、単身、星の(しるべ)の支部に潜入し、上手く言って聖典を見せてもらった。

 その時に呪符泥棒の正体を聞き出したが、彼らの考えはあまりにも異端過ぎ、リストヴァー自治区で生まれ育ったキルクルス教徒のモーフでさえ、「寝言は寝て言え」と思ったと言う。


 一カ月足らずで何が起きたのか。

 みんなの目がアゴーニとパドールリクに集まる。

 「スニェーグさんの推測ですが、聖典の深い部分にある職人向けの“星道記”を読んだからではないか、とのことでした」

 「そこにゃあ教会の建て方やら聖職者の服の(こしら)え方やら載ってるそうだが、中にこっそり【懸巣(カケス)】や【葦切(ヨシキリ)】の術が仕込んであンだとよ」

 みんなは声もなく顔を見合わせた。

☆鉱工業の街カイラー市……「777.西端の休憩所」参照

☆あの時、店長になったレノは、移動販売店を「見落とされた者(プラエテルミッサ)」と名付けた……店長「211.森で素材集め」、名付け「215.外部に伝える」参照

☆リストヴァー自治区のテロ組織「星の道義勇軍」……「0007.陸の民の後輩」「0013.星の道義勇軍」~「0015.形勢逆転の時」「0017.かつての患者」~「0020.警察の制圧戦」「0025.軍の初動対応」「0026.三十年の不満」「808.散らばる拠点」参照

☆ネモラリス憂撃隊って、ジャーニトルさんたちが抜けた……「863.武器を手放す」、「0932.魔獣駆除作戦」参照

☆アウェッラーナが出会ったゲリラの大半……「360.ゲリラと難民」~「362.パンを分けて」参照

☆ネモラリス島の北側の街を回って、色んな店で生演奏やって、商売のついでに情報収集……「306.止まらぬ情報」「772.ネモラリス島」「0977.贈られた聖典」参照

☆呪符泥棒の正体……「0979.聖職者用聖典」参照

☆あっちで聖典調達して、ディケア経由でリャビーナの会社ン送った……「0958.聖典を届ける」「0959.敵国で広める」「0977.贈られた聖典」参照

☆三週間ばかり前にチェルニーカ市で、単身、星の(しるべ)の支部に潜入……「0973.聖典を見たい」「0978.食前のお祈り」~「0980.申請方法調査」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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