0988.生放送の再開
「武器や魔法を使うだけが戦いではない」
ネミュス解放軍クリュークウァ支部長カピヨーは、力ある陸の民クルィーロの目を見て言った。
「そう教えてくれたのは、そなたらだ。かたじけない」
「あれから、何をどうして下さったんですか?」
クルィーロは、よくわからない理由で持ち上げられて、何となく不安になった。
先日の約束通り、DJレーフと共にカピヨー宅に来たが、たった五日で何がどうできるのか。
リストヴァー自治区の時のように、秦皮の枝党の議員宅や事務所などを襲撃するのではないかと、約束の日を待つ間、ずっと気が気でなかった。
「何のことはない。懇意にしておる議員らに情報提供したまでのことだ」
「具体的に教えていただいていいですか? 議員の先生方の呼称とかは伏せて下さっていいんですけど」
レーフがいつになく丁寧に聞き、カピヨーは鷹揚に頷いた。
今日も、三人の前には珈琲とレノが焼いたクッキーがある。
「秦皮の枝党の議員が、法改正や政令の審議を待たず、逓信省の地方管理局に働き掛けたが、湖水の光党の先生方はご存知ですか、と尋ねてみたのだ」
「知らなかったんですか?」
「うむ。陸の民が勝手な真似を、と大層立腹した議員も居る。魔哮砲の件では意見が割れても、この件に関しては、秦皮の枝党に揺さぶりを掛ける好機と捉えたのであろう。すぐさまレーチカにも話が行き、党を挙げて批難しておった」
クルィーロは、湖水の光党の動きの速さに驚いた。
……まぁ、支持者の人数的には、俺らより湖の民の方が多いもんなぁ。
それなのにネモラリス共和国の建国以来、三十年も第二党として、第一党の秦皮の枝党に頭を抑えつけられていたのだ。面白くはないだろう。
金髪の頭を掻いて緑髪のカピヨーを見た。クルィーロと同じ髪色のDJレーフが嬉しそうに言う。
「じゃあ、俺たち、もう放送して大丈夫なんですね?」
「検閲は相変わらずだがな」
クルィーロは頭を殴られたような衝撃を受け、思わずレーフを見た。FMクレーヴェルのDJは、全く動揺する素振りがない。口許に不敵な笑みを浮かべて、カピヨーを見詰め返した。
「警察署のすぐ傍で放送しても何も言われたコトないんで、大丈夫ですよ」
「そうか。現在の移動放送に関する正規の手続きの写しだ。持ち帰り、万事遺漏なきよう行うがよい」
「ありがとうございます」
DJレーフは、分厚い封筒を恭しく受け取った。
翌日、ジョールチとレノが改めて逓信省パドール地方管理局へ足を運んだ。
ジョールチはアナウンサーではなく「総合無線通信士の免許保持者」として、レノは移動販売店改め「移動放送局プラエテルミッサ」の代表者として、古着屋で調達した背広に身を包んでぎこちなく歩いて行った。
「あいつ、大丈夫かな?」
「ジョールチさんが居るから、きっと大丈夫よ」
クルィーロの呟きにピナティフィダがクスッと笑みを漏らす。
レノはネクタイの結び方を思い出せず、ジョールチに結んでもらう間、緊張と恐縮でガチガチだった。
「ラジオのおっちゃんはプロ中のプロなんだから、大丈夫だって」
少年兵モーフが無邪気に言い、ピナティフィダと目が合うと嬉しそうに笑った。
二人は、夕飯の少し前にやっと戻った。
レノは疲れ切ってぐったりだが、ジョールチの晴々した顔で、結果は聞くまでもなかった。
「お兄ちゃん、おかえりー」
「お疲れさまでした」
「免許の交付は明後日、範囲はパドール地方管理局管内のみで、他の支局管内では再度、手続きが必要なのだそうです」
「それでは、カーメンシクまでは合法的に放送できるのだな?」
ソルニャーク隊長が確認する。
「はい。次に手続きできるのは、リャビーナ地方管理局になります」
カーメンシクからリャビーナの間にも小さな町や村が点在するが、戦時下で、人口が少なく、魔物や魔獣の対策も覚束ない地方で、当局の検閲や監視がどこまで行き届くだろう。
誰もが口に出さないが、みんなの目には決意が光った。
「楽勝だったよ」
レノが慣れないネクタイを緩めて笑う。
トラックに戻った足取りは、先日よりも軽かった。
予定日に遅滞なく移動放送用の免許を交付され、二人はその足でチェルニーカ市警本部へ行ったと言う。
「今日はもう遅いので、放送は明後日、今日の午後と明日は告知でよろしいですか?」
ジョールチの提案に反対する者はなく、みんなは張り切って役割分担を決めた。
放送当日の朝、もう一度、公安の担当者に原稿を見せただけで、何の問題もなく放送できた。
公開生放送を聞きそびれたせいで、公園に集まった人々は前回より遙かに多い。放送中、運転席の横にずっと公安の担当者が二人も張り付くのが気になりはしたが、彼らは放送終了まで特に何もしなかった。
「なっ、大丈夫だったろ?」
DJレーフに得意げな顔を向けられ、クルィーロは苦笑した。
聴衆は確かに生放送を楽しんでくれた。だが、同時に、また警察の介入がないかと神経を尖らせてもいた。
ピリピリした空気が肌に刺さり、いつ公安と衝突するか、そんなコトになれば、止められるのか。アマナたちを守れるのか。不安を押し殺しての放送だった。
クルィーロだけでなく、メドヴェージたちも「お静かに」の紙を持つ手に力が籠もっていた。
「面白かったよ」
「久々にいいモン見られてよかった」
「公安の連中に負けんなよ」
「今度いつ放送するの?」
労い、喜び、期待、不安、励まし。
たくさんの声を掛けられ、ひとつひとつに礼を言って別れる。
公園から人が引き、ふと見ると、公安の姿はなかった。恐らく、聴衆にも紛れていただろう。クルィーロは、これからも「見せる監視」と「密かな監視」で様子を窺われるのだと肝に銘じた。
DJレーフとクルィーロは翌日、クリュークウァ市へ跳んだ。
カピヨーに報告し、無事に放送できた礼を言うと、我が事のように喜んだ。
「上手く行って何より。また何かあれば、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。ホントに助かりました」
……頼りにされるの、好きなタイプなのかな?
裏があるのではと勘繰る気持ちが消え、クルィーロはわだかまりのない笑顔で礼を言った。
別の公園に移動し、いつも通り、情報収集と番宣依頼、歌詞の配布、歌の練習、原稿作り、読み合わせ。その合間に買出しや蔓草細工作り、薬作り、料理、洗濯などを手分けして、毎日があっという間に暮れた。
これに放送前の公安対応が加わる。
気詰まりではあったが、心配したことは何も起こらず、チェルニーカ市内での放送をこなせた。




