0985.第二位の与党
DJレーフが口調を改めて聞く。
「先月、放送免許の申請に放送事業者の本社所在地に加えて、申請者の住所登録による制限が掛かったそうなんですけど、ご存知ありませんか?」
「いや? まぁ、我々は放送免許に用はないが……逓信省のパドール地方管理局から、特に通達のようなものが出たと言う話は聞いたことがないな」
ネミュス解放軍クリュークウァ支部長のカピヨーが首を捻った。
解放軍は、武力で首都クレーヴェルの放送局の大半を占拠し、現在も免許などお構いなしにプロパガンダを垂れ流している。
「実は昨日、ジョールチさんが逓信省のパドール地方管理局へ申請に行ったんですけど、その……申請者の住所登録による制限って奴で、門前払いされたそうなんです」
クルィーロが言うと、レーフが議員の呼称だけを伏せて詳細を付け足した。
「秦皮の枝党か。我々の放送をこれ以上広めないことと、そなたらが流入させる国外情報を止めたいのであろう」
「巡礼やボランティアで、王都や難民キャンプを行き来する人は大勢居ますし、仕事で外国を跳び回る人も居るのに、どうして……」
建物や都市単位ならともかく、国家規模の広範囲には結界を張れず、個人が【跳躍】するのは防げない。
だからこそ、ネモラリスの政府軍は、ネモラリス憂撃隊や個人で活動するゲリラが、アーテル共和国に報復するのを止められないのだ。
シルヴァが、国内各地や難民キャンプなどに跳んで、すべてを喪った人に憂撃隊への加入を唆すのも止められない。
勿論、真っ当な理由で外国と行き来する人々の口コミも止められない。
ネモラリス共和国内の新聞やラジオを幾ら検閲しても、例えば、湖南経済新聞のラクリマリス版やアミトスチグマ本社版を持ち込まれれば、詳しい情報の拡散を防げない。
カピヨーが、クルィーロの胸中を見透かしたように言う。
「新聞を回覧すれば詳細な情報を伝えられるが、時間が掛かり過ぎる上に伝達範囲が狭い。巷の噂話や知り合いの話では、情報の信用度が低い。だが、そなたらはどうだ?」
「あっ……ジョールチさん」
クルィーロは、本物の国営放送アナウンサーと公式ロゴ入りイベントトラック、FMクレーヴェルのDJレーフとイベント中継車の存在が、国民に与える意味の大きさにやっと気付いた。
「首都を脱出した国営放送と、政府軍が押さえたFMクレーヴェルだから、政府の公式発表だと思われてるってコトですよね?」
「左様。なればこそ、これまで警察に何も言われなんだのだろう」
カピヨーが頷くと、DJレーフが皮肉な笑みを浮かべた。
「でも、解放軍にも妨害されたコト、ありませんよ。それどころか、あなたやペルシークの支部長さんは手伝ってくれました」
「放送区域の生活情報や、難民キャンプの現状など、当たり障りのない国際情報、平和を呼び掛ける歌などを止めて、我々に何の益があるのだ?」
「そう言われてみれば、ありませんね。住民の反発を喰らうだけで」
レーフは笑みを引っ込めて頷いた。
カピヨーが珈琲を一口啜り、二人にも勧めて言う。
「横槍が入るのは、それだけ、そなたらの放送が秦皮の枝党のクリペウス政権に痛手を与えた証だ」
「湖水の光党は……ファルトール党首は今、どうしてるんです?」
湖の民カピヨーは、レーフの問いに緑色の眉を下げ、レノが手土産にと焼いてくれた蔓苔桃入りクッキーをひとつ口に放り込んだ。じっくり味わって口を開く。
「魔哮砲の件で意見が割れ、対応に追われておる」
「解放軍も、上層部はあれが何なのか、ご存知なんですね?」
「無論だ。クリペウス政権と政府軍が何をしておるか、我々は繰り返し放送したが、一度も耳にせなんだのか?」
「聞きました」
二人が暗い顔で頷く。
クルィーロは言われるまで、あの夜、帰還難民センターで聞いたラジオをすっかり忘れていた。
レーフが苦り切った顔で言う。
「自治区に行ってわかったんですけど、星の標はネモラリスもアーテルみたいなキルクルス教国にしたがってるみたいですね」
「そのようだな。全域とまではゆかずとも、リストヴァー自治区があり、陸の民が多いネーニア島のクブルム山脈以北を欲しておるのであろう」
「その為に、空襲で街も村も全部焼き払って、更地にしたんですか?」
クルィーロは、カピヨーに言っても仕方がないとわかっていても、言わずにいられなかった。
ネミュス解放軍の支部長は、空襲で故郷を喪った青年を無言で見詰め、解放軍と政府軍の戦闘に巻き込まれ、全てを奪われたDJに視線を移した。
緑の瞳は穏やかで、非戦闘員の彼らの苦しみをどう捉えたのか、全く読めない。
「そなたらは、国を割ってでも一時的な平和を手に入れたいと思うか?」
半世紀の内乱は、旧ラキュス・ラクリマリス共和国を三分割して、和平が成立した。
それで得られた平和は三十年。産まれたばかりの赤子が大人になり、更に新たな家族を得るのに充分な時間だ。二十代のクルィーロたちは、内乱時代を伝聞と教科書でしか知らない。
カピヨーはそのもっと前、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代にこのクリュークウァを治めた領主だ。長命人種の彼にとって、三十年の平和は瞬く間にしか感じられないのだろう。
クルィーロは首を横に振った。
「俺はイヤです」
「理由は?」
「それやっちゃうと、また同じように戦争起こされて、もっともっとって、どんどん国が小さくなって、湖東地方みたいになりそうなんで……」
「俺も同感です。その場凌ぎじゃダメで、もっと国民ひとりひとりにちゃんと考えて欲しくて放送してる面もあります」
緑髪のカピヨーは、金髪の青年二人の目を見て頷いた。
「放送免許の件、ひとまずこちらで預かろう」
「どうするんです?」
「悪いようにはせん。そうだな……五日後にまた来てくれんか?」
二人は丁重に礼を言って、旧クリュークウァ領主の館を辞去した。
☆解放軍は、武力で首都クレーヴェルの放送局の大半を占拠……「603.今すべきこと」参照
☆免許などお構いなしにプロパガンダを垂れ流し……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照
☆議員の呼称だけを伏せて詳細……「0981.できない相談」参照
☆シルヴァが(中略)すべてを喪った人に憂撃隊への加入を唆す……「580.王国側の報道」「644.葬儀屋の道程」「737.キャンプの噂」参照
☆あなたやペルシークの支部長さんは手伝ってくれました……カピヨー「0964.お茶会の話題」、ペルシーク支部長「833.支部長と交渉」「834.敵意を煽る者」参照
☆クリペウス政権と政府軍が何をしておるか、我々は繰り返し放送した……「601.解放軍の声明」参照
☆自治区に行ってわかった……「916.解放軍の将軍」~「921.一致する利害」、「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照
☆ネーニア島のクブルム山脈以北を欲しておる……「771.平和の旗印を」「0938.彼らの目論見」参照
☆空襲で街も村も全部焼き払って、更地にした……「161.議員と外交官」参照
☆半世紀の内乱は、旧ラキュス・ラクリマリス共和国を三分割して和平が成立……「0001.半世紀の内乱」参照
☆湖東地方みたいになりそう……「751.亡命した学者」「752.世俗との距離」、「903.戦闘員を説得」、「0938.彼らの目論見」参照
▼湖東地方は小国が多い。




