0101.赤い花の並木
行く手に赤い花を咲かせた枝が見えた。
樹皮の黒さと、赤い花の対比が鮮烈だ。
同じ種類の木が登山道に沿って並ぶ。人の手で植えられたのだろう。冬枯れのくすんだ色の中で、ここだけ夢のように鮮やかな花が咲き乱れる。
どこか懐かしさのある甘い香りは、アミエーラの疲れた身体をやさしく癒してくれた。
……キレイ……こんなの今まで見たこと……ん?
アミエーラは、自分がこの花の香を知っているような気がした。
赤い並木道に足を踏み入れ、幹に手を当てて立ち止まる。梢を見上げると、薄青い寒空に黒い枝と赤い花が、広げたドレスの裾模様のように見えた。
……これ、見たことある。
アミエーラは歩きながら記憶を手繰った。
就職してからではない。
学校に通った頃でもない。
校庭にも植木はあったが、こんな花を咲かせるものではなかった。
生徒や職員の空腹を紛らす為、食べられる実をつける果樹が植えられたが、熟す前に近隣住民がみんな持って行ってしまうので、アミエーラは学校の果物を食べたことがない。
余計なことまで思い出してしまった。
気持ちが暗く沈まないよう、鮮やかな花に目を向ける。
……あれは、もっと小さい頃だった。誰と……?
そんな幼い頃に、一人でこんな場所まで来られる筈がない。
アミエーラは足を止め、根元にしゃがんで花を見上げた。あの頃の視点で、もう一度考える。
緑色の小鳥が花に頭を入れ、顔を花粉で黄色に染めて蜜を吸う。
……お祖母ちゃん。
そこまで思い出すと、裁縫箱をひっくり返したように、思い出のかけらが次々と甦った。
初めての山。
足下はふかふかの落ち葉。
アミエーラは、手を繋いだ祖母を見上げ、あれこれ質問して歩いた。
祖母は、にこにこ笑って答えてくれた。
お父さんとお母さんにお土産。
ポケットいっぱいのドングリ。
あの頃はまだ、母が生きていた。
初めて食べたドングリの味。
顔形は忘れてしまったのに、笑顔だったと思い出せたのが不思議だ。
どう言う経緯だったのか、前後の脈絡は思い出せない。だが、アミエーラは幼い頃、確かに、祖母と二人でこの道を歩いた。
並木道は十分程歩くと途切れ、また冬枯れの木立に戻った。
樹種はバラバラ。天然の植生だ。
時折、鳥の声がする他は、アミエーラが枯葉を踏みしめる乾いた音だけが山道に響いた。
日が落ちれば、雑妖や魔物が活発になる。
それまでに街へ降りたいが、どう考えても無理だ。
日が高く昇り、正午を過ぎたが、まだ分かれ道の石碑すら見えない。
アミエーラは額の汗を拭い、ゆるやかに蛇行する山道を黙々と登った。




