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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十五章 軋轢

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0976.議員への陳情

 パジョーモク議員の屋敷は門が解放され、人の出入りがそこそこあった。

 「私が話しましょう」

 「お願いします」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、ソルニャーク隊長の後に続いて敷地に入った。


 少年兵モーフの姿がないか素早く視線を走らせたが、子供は一人も居ない。

 決意と緊張を(みなぎ)らせた赤毛のおばさん、悲愴な顔でメモを読み返しながらゆっくり進む黒髪のおじさん、救われたような顔で足取り軽く出て行く金髪の若者、無表情で足音荒く立ち去る茶髪の男性。

 イーヴァ議員が陸の民だからか、陳情者らしき人々も陸の民ばかりで、緑髪のアウェッラーナは酷く場違いな気がした。


 玄関を入ってすぐに受付がある。

 呼称と住所、来意を書類に書くらしい。二人は書き物台の順番を待つ間、視線を交わし、アウェッラーナが書くことになった。

 取敢えず、呼称は正直に書き、住所はアガート病院の所在地を書いて誤魔化す。

 係員がアウェッラーナの手許を覗いて言った。

 「ゼルノー市の方ですか。現在のお住まいは?」

 「家が焼けちゃって、もうないんですけど……」

 「大変でしたね。でも、命が助かっただけでもよかったですよ。ご記入は身分証の住所ではなく、今お住まいの仮設住宅でご記入下さいね」

 係員は気の毒そうに言って、赤いボールペンで呼称を囲み、ひとつ下の行の住所欄に矢印を引いた。

 「公園の住所、まだちゃんと憶えてなくて……」

 「公園の名称だけで大丈夫ですよ」

 やさしい声で言われたが、正直に書いたものか、と手が止まる。

 ソルニャーク隊長に公園の名称を囁かれ、少しホッとして記入した。

 来る途中で見た港の近くの公園だ。移動販売店のトラックを停めた所からは、かなり遠い。


 「そちらの方もお願いします」

 「手が塞がってるから、代わりに書きますね」

 係員は一瞬、渋い顔をしたが、何も言わなかった。



 扉のない待合室に通され、ソファに腰を降ろす。

 ソルニャーク隊長は鎮花茶の大袋を代わりに座らせた。

 「ちょっと手洗いに行って来る」

 待合室のソファは半分以上埋まり、入口脇に係員が二人、直立不動で待機する。

 「お手洗いですね。ご案内します」

 待合室を出た直後に係員の一人が声を掛け、隊長に付き添った。


 ……案内兼、勝手にうろうろされないようにって言う監視か。


 トイレを口実に少年兵モーフを捜しに行ってくれたのだろうが、予想通り、その作戦には無理があった。

 しかも、塀の長さから察するに、かなり大きな屋敷だ。監視がなくても、迷子のフリでは流石に隅々までは捜せないだろう。


 ……まぁ、場所がわかっただけでもいいのかな?


 モーフが確実にここに居る保証はないが、何かひとつでも手掛かりを持って帰りたかった。


 壁の掲示板には、外と同じポスターや臨時政府の広報紙、秦皮(トネリコ)の枝党からのお知らせに加え、これまでに寄せられた陳情やその進捗の一覧表も貼られていた。

 ソファで備え付けの新聞や雑誌を読む者も居るが、立って掲示物を熱心に読む者も居た。

 アウェッラーナはなんとか自分を落ち着かせ、他の陳情者と肩を並べて掲示物を読んだ。


 仮設住宅入居者への医療費の補助、就職の斡旋(あっせん)、学費の補助、民間アパートに避難した罹災者(りさいしゃ)の家賃補助……経済的な陳情が九割を占め、残りは早期停戦を臨む要望と、ネミュス解放軍や星の(しるべ)、魔獣対策などに対する治安部隊の増員要請だ。



 開戦から一年と少し。

 空襲から逃れられても、日々の暮らしが成り立たなければ、生きてゆけない。



 力ある民は、【魔力の水晶】に魔力を充填するなど、働き口は色々ある。その他の仕事でも、建物に掛けられた【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の護りの術を発動させる為、優先的に採用する企業は多い。

 その分、力なき民は仕事がなかなか決まらなかった。


 人種や民族を問わず、貯金が潤沢にある者ばかりではない。

 口座にそこそこの残高があった者でも、湖上封鎖と戦災による物資不足の煽りで高騰した物価に(あえ)ぐ。

 ネモラリス島でもこうなら、空襲の被害が甚大なネーニア島の各都市はどれだけ酷いのか。

 東部はまだしも、西部は小さな農村や漁村まで徹底的に焼き尽くされた。漁村は船で沖合に避難できたかもしれないが、他は想像するのも恐ろしい。


 アウェッラーナは、だんだん本気で陳情したくなってきた。


 ……でも、本来の目的じゃないし、迂闊なコト言えないし。


 ソルニャーク隊長が、係員とすっかり打ち解けた様子で、世間話をしながら戻ってきた。鎮花茶の大袋を膝に置いて座り直すのを待って、アウェッラーナもソファに戻り、声を掛ける。

 「陳情、もうひとつ思いつきました」

 「どんな件ですか?」

 「輸入を増やして欲しい物品の件です」

 「あれですか。わかりました」

 ソルニャーク隊長は、わかったフリで皆まで言わせなかった。


 ……さっきの世間話で何か掴めたのね。


 恐らく、ここが星の(しるべ)の支部だと確認できたのだろうと了解し、薬師(くすし)アウェッラーナはそれ以上言わず、順番を待った。



 「ゼルノー市からお越しのソルニャークさん、アウェッラーナさん、どうぞ」

 待合室の人が次々入れ替わり、やっと二人が呼ばれた。


 廊下の突き当りの部屋へ丁重に案内される。

 「どうぞ」

 イーヴァ議員に掌で促され、二人も革張りの立派なソファに浅く腰掛けた。


 ローテーブルを挟んで向かい合うイーヴァ議員は、湖の民を見ても顔色ひとつ変えず、二人に同じ微笑を向ける。

 「生きてお目に掛かれまして幸いです。お忙しいでしょうから、単刀直入に陳情だけで失礼します」

 「私も、こんな遠い場所で、地元の方のご無事なお姿を拝見できて、嬉しいですわ。できる限り、ご期待に添えますよう、微力ながら精いっぱい努力致します」

 「恐れ入ります。お願いしたいことは二点です。まず一点目は、既に他の方が陳情なさったかもしれませんが、ゼルノー市を含むネーニア島東部の立入制限解除の早期実現です」

 「私も、早く帰れる日を願っております」

 イーヴァ議員が頷いた。


 ソルニャーク隊長は表情を変えず、陳情の理由を並べる。

 「心情的なものだけでなく、経済的な効果も見込めるのではないかと思っています。最近は空襲が止んでいます。湖上封鎖を強行突破してまで、ネーニア島東岸には来ないでしょう。ネモラリス島の人口過密の解消と、雇用の創出が同時に実現できるのではないかと思いますが、如何でしょう?」

 「以前、空襲が止んだ時、ガルデーニヤ市の復旧を進めましたところ、激しい攻撃に晒されましたからね。臨時政府に設置された復興準備委員会の方でも、慎重な意見が多いのですよ」

 イーヴァ議員が常識的な言葉で、やんわりと実現可能性の低さを伝える。



 二人は無言で肩を落とし、ソルニャーク隊長がもう一件を陳情した。

 「先程の演説を拝聴して思いついたのですが、医薬品の原材料や、ワクチンの輸入量を増やしていただくことは可能ですか? 幸い、ネモラリス島の北部は無事です。葡萄(ヴィナグラート)蔓苔桃(チェルニーカ)など換金率の高い農産物を全て輸出すれば、可能なのではないかと思います」

 「この冬は随分、病気が流行りましたからね。クルブニーカ市が空襲で壊滅して立入制限区域に指定されましたし、他の製薬工場はクレーヴェルとレーチカ、それにリャビーナくらいしか残っておりません」

 「首都圏の工場は今……」

 クーデターでどうなったのか、移動販売店の一行が首都クレーヴェルを脱出した後の情報は、(ほとん)どわからない。

 「首都に留まった議員とは細々と連絡を取り合っておりますが、クーデターから逃れた都民が多く、全業種……先月のお話ですけれど、半数程度の稼働率だそうです」

 二人は同時に息を呑んだ。


 「原材料だけでなく、お薬とワクチンの輸入も合わせて努力致します。本日は貴重なご意見をお寄せいただき、ありがとうございました」

 イーヴァ議員が視線で係員に合図し、二人は応接室を後にした。


 挿絵(By みてみん)

☆アガート病院……「0005.通勤の上り坂」参照

☆立入制限……「128.地下の探索へ」「168.図書館で勉強」「181.調査団の派遣」「190.南部領の惨状」「304.都市部の荒廃」「527.あの街の現在」参照

☆力ある民は、(中略)優先的に採用する企業は多い。……「107.市の中心街で」参照

☆西部は小さな農村や漁村まで徹底的に焼き尽くされた……「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」参照

☆以前、空襲が止んだ時、ガルデーニヤ市の復旧を進めました……「304.都市部の荒廃」参照

☆(ガルデーニヤ市と周辺地域が)激しい攻撃に晒されました……「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」参照

葡萄(ヴィナグラート)蔓苔桃(チェルニーカ)など換金率の高い農産物……葡萄(ヴィナグラート)「825.たった一人で」、蔓苔桃(チェルニーカ)「0970.チェルニーカ」参照

☆クルブニーカ市が空襲で壊滅して立入制限区域に指定されました……「192.医療産業都市」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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