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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三十五章 軋轢

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0975.ふたつの支部

 「もう一回、お店で」

 「聞くのはイーヴァ議員の事務所です」

 「えっ?」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、ソルニャーク隊長に遮られ、足が止まった。


 昼食時が終わり、少ない船が出たチェルニーカ港の広場に人の姿はない。

 アウェッラーナは目を凝らして視たが、【魔除け】の敷石で守られた広場には、魔物どころか雑妖一匹見当たらなかった。


 「モーフも、恐らくあなたと同じコトを考えて、イーヴァ議員の事務所へ行ったのでしょう」

 「でも、相手は車でしたよ?」

 「荷台に紛れこむなり何なり、モーフならやりかねません」

 隊長の声は申し訳なさそうだが、顔は自信満々だ。


 ……そうよね。さっき居なかったのに、今居るワケないのよね。


 アウェッラーナは頷いてソルニャーク隊長について行った。

 「はい、いらっしゃい。今日のランチ、まだありますよ」

 「いえ、ひとつお尋ねしたいことがありまして」

 「何だい?」

 ソルニャーク隊長が客でないとわかった途端、ホール係のおばさんから愛想笑いが消えた。

 「すみません、イーヴァ議員の事務所をご存知ありませんか?」

 「知らないねぇ。演説なら、そこでちょくちょくやってるけど」

 隊長が紳士的な態度を崩さずに聞くと、おばさんは少し申し訳なさそうな顔をして、空いた食器を回収した。


 「イーヴァ先生に何の用だ?」

 客の一人に聞かれ、ソルニャーク隊長はすらすら答えた。

 「先程の演説で陳情を思いつきまして、直接お会いしてお願いしたいのです」

 「ふぅん。イーヴァ先生はパジョーモク先生の別荘に間借りしてるよ」

 「南地区の高台で一番大きい家だから、あの辺でもう一回聞けばすぐわかるだろう」

 連れが答えると、質問した男性客も表情を緩めて教えてくれた。

 「ありがとうございます」

 「助かります」


 二人は客専用の船着場で地図を確認し、南地区へ足を向けた。ソルニャーク隊長がふと思い出したように聞く。

 「パジョーモク先生とやらがどんな人物か、ご存知ありませんか?」

 「私もよく知らないんですけど、確か、国会議員にそんなカンジの名前の人が居たような……?」

 「一旦戻って、ジョールチさんに確認しましょう」

 アウェッラーナは急いでモーフを捜しに行きたかったが、仕方なく歩道脇に設けられた休憩所の【跳躍】許可地点から、トラックが待つ公園に跳んだ。



 「はい。パジョーモク氏はベテランの国会議員です。半世紀の内乱時代も含めれば、当選回数は七回。全てリャビーナ選挙区からの出馬です」

 国営放送アナウンサーのジョールチは、ニュースの原稿を読み上げるような調子で教えてくれた。ソルニャーク隊長が質問を重ねる。

 「この街に別荘があると言うのは?」

 「ネモラリス島内に何カ所か、会合用の物件を所有しています。私も、正確な場所までは存じませんが……」

 「何党の人ですか?」

 アウェッラーナが聞くと、ジョールチは遠くを見詰め、そこに原稿が貼ってあるように答えた。

 「半世紀の内乱中は無所属の立場から、信仰によって国を三分割する和平案を推進しました。内乱後は秦皮(トネリコ)の枝党に入り、現在はパドスニェージニク議員と並ぶ党幹部の一人です」

 「魔力は?」

 ジョールチは、ソルニャーク隊長の短い問いに小さく息を呑んだ。

 「……力なき民です」

 「わかった。ありがとう」



 アウェッラーナは念の為、傷薬三つと【真水(さみず)の壁】の呪符を一枚だけ持って、ソルニャーク隊長と二人で南地区へ向かった。

 チェルニーカ市はネモラリス島内では比較的、陸の民が多く、外壁に秦皮(トネリコ)の枝党のポスターを貼った個人商店がちょくちょく目に入る。

 ソルニャーク隊長が、丁度客が居なくなった茶屋に声を掛けた。

 「こんにちは。少々道をお尋ねしたいのですが、国会議員のイーヴァ先生の事務所は」

 「イーヴァ? 知らないねぇ」

 一人で店番する老婆が面倒臭そうに遮って横を向く。


 アウェッラーナは薬師(くすし)の証【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を襟の中から引っ張り出し、鞄から傷薬のプラ容器をひとつ渡して言った。

 「これで、鎮花茶を買えるだけ下さい。それと、イーヴァ先生はゼルノー市の国会議員なんですけど、空襲で焼け出されて、今はパジョーモク先生の別荘に間借りして、この街に居らっしゃるってお伺いしました」

 「あんたら、その議員に会ってどうすんの?」

 老婆は秤の前に移動し、傷薬の蓋を開けて嗅ぐと、いそいそ大袋に茶葉を詰めながら聞いた。

 「私もゼルノー市民なんです。もう空襲が止んだみたいですし、先生のお力で立入制限を解除していただけないか、陳情したいんです」

 「大変だねぇ。パジョーモク先生のお屋敷なら、何回も納品したからね。この通りの一本東の筋をずーっと南に上がって、最初のポストの角を右に曲がってしばらく行ったとこだよ」

 「ありがとうございます」

 情報料をどれだけ引かれたか不明だが、移動販売店のみんなが毎日飲んでも、一カ月分になりそうな大きな包みを寄越された。

 ソルニャーク隊長が受取り、二人は言われた道へ急いだ。



 アウェッラーナは徽章(きしょう)を襟の中に隠し、モーフの姿を捜しながら早足で歩く。

 こちらの筋は住宅街で、人通りが少ない。

 袋から漏れる鎮花茶の香で少し気の焦りは落ち着いたが、心配事そのものが消えてなくなるワケではなかった。


 一軒の民家から湖の民の一団がぞろぞろ出て来た。

 十数人の年齢や性別、身形(みなり)は様々だが、全員が揃いの腕章を着けている。

 挿絵(By みてみん)

 「じゃあ、日没前にここに集合。呪符泥棒をみつけても自分で捕まえようとしないで、警察に通報すること」

 リーダーらしき中年男性が言うと、お手本のようなイイ返事に続いて数人ずつに分かれ、あちこちに散った。


 ソルニャーク隊長が、坂を下る三人組に声を掛けた。

 「今、呪符泥棒と聞こえたのですが、チェルニーカにも出るのですか?」

 「えっ? 他所でも出るんですか?」

 「はい、クリュークウァでも仮設住宅で【灯】など安い呪符まで根こそぎ」

 「ちょっと待って下さい。支部長、支部長ー!」

 若い女性が手を振って駆け戻り、先程の中年男性を呼んだ。

 年配の女性が大きな袋を抱えたソルニャーク隊長を気遣う。

 「すみませんねぇ。お時間、大丈夫ですか?」

 「お引き留めしたのはこちらですし、少しでしたら構いませんよ」


 支部長と呼ばれた中年男性が坂を小走りに駆け下りて来た。

 「お忙しい所、恐縮です。他の街にも呪符泥棒が出るとのことですが」

 「クリュークウァ市でカピヨーさんから伺いました。仮設住宅の力なき民が困ってるけど、なかなか捕まらないって」

 アウェッラーナが応えると、支部長は緑の目を丸くして同族の少女を見た。

 「そのカピヨーとは、ネミュス解放軍クリュークウァ支部長の?」

 「はい。ちょっとご縁があって珈琲をご馳走になっただけですけど、呪符泥棒が出るから気を付けるようにって……パドール湾の街で支部があるのは、クリュークウァとカイラーだけだって言われたんですけど?」

 アウェッラーナが上目遣いに疑問を向けると、支部長は姿勢を正した。

 「申し遅れました。本日発足したネミュス解放軍チェルニーカ支部を預かるペデスと申します。情報提供にご協力いただき、ありがとうございました」

 ソルニャーク隊長が坂の上に目を向けたのに気付き、支部長ペデスは「また何かありましたら、この家にお知らせ下さい」と二人を解放した。



 教えられた通り、ポストの角を曲がってしばらく行くと、パジョーモク議員の屋敷はすぐわかった。

 塀に大きな掲示板と、臨時事務所の表札がある。

 秦皮(トネリコ)の枝党からのお知らせやレーチカ臨時政府の広報紙などと共に、イーヴァ議員のポスターなども掲出されていた。

☆イーヴァ先生はパジョーモク先生の別荘に間借り……「880.得られた消息」参照

☆パドスニェージニク議員……「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」「691.議員のお屋敷」「695.別世界の人々」「696.情報を集める」参照

☆ちょっとご縁があって珈琲をご馳走になった……レーフとクルィーロが「0960.支部長の自宅」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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