0100.慣れない山道
アミエーラの質問に、店長は悲しげな顔で首を横に振った。
「ごめんなさいね。それは、実際に行ってみなければわからないの」
「あ、いえ、そんなッ……! 私こそ、すみません。ご厚意にすっかり甘えてしまって……」
「いいのよ。あなたのことは孫みたいに思っているから」
店長は表情を和らげ、背筋を伸ばして西を見た。
葉を落とした木立が続くだけだ。二人の他は誰もおらず、雑妖も魔物も獣も見えなかった。
「東の地域は、随分やられたみたいだから、島の西を目指しなさい。ゾーラタ区とクルブニーカ市の間には、ニェフリート河があるけど……橋が残っていれば、渡れるわ」
なければ、山に戻って西進するしかないだろう。
市街地に降りても、他の橋が無事な保証はない。
「クルブニーカ市を抜けて、北ザカート市に行けば、西側で一番大きな港に出るわ。かなり遠回りになるけれど、仕方ないわね」
アミエーラが頷くと、店長は針子の両肩に皺深い手を置いた。
「じゃあ、ここでお別れよ。この道を見失わないように。元気でね」
「はい。店長も……お元気で……」
後は、涙で言葉にならなかった。
店長がハンカチで針子の涙を拭い、肩を軽く叩く。
「さ、お行きなさい」
その言葉に背を押され、アミエーラは声もなく頷くと、落ち葉に埋もれた石畳を踏みしめて歩みを再開した。
少し歩いて振り返ると、店長は大きく手を振って針子に背を向けた。
アミエーラは、店長の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、自分も前を向いて歩きだす。
森を通るゆるやかな上り坂を進むと、小一時間程で、登山道を示す石碑に行き当たった。ここから先は斜面が急だ。
枝で落ち葉を払い、石畳を確認した。苔生した石が顔を出し、落ち葉で寒さを凌ぐ虫たちが迷惑そうに逃げてゆく。
アミエーラは小さく溜め息を吐いて、斜面を登り始めた。
落ち葉をいちいち払ったのでは、無駄に時間と体力を消耗する。枝を落ち葉に突き刺し、軽く探って石畳を確めることにした。
毎日、バラック街の自宅から団地地区の職場まで、徒歩で通勤した。
坂道を歩くのに慣れたつもりだったが、足場の悪い登山道は勝手が違う。背負った荷物も重かった。息が切れ、真冬なのに額には汗が滲む。
それでも、足は止めない。
山肌に沿って大人二人が並んで歩ける幅の坂道が通る。
広大なクブルム山脈にあって、何とも頼りない細道だ。
今、この一筋の道を行く者はアミエーラの他になかった。あちこちに乾いた糞が転がる。長らく人が通らない道だが、獣はよく通るようだ。
常緑樹の葉影には、当たり前のような顔をして雑妖が居た。日のある内は、枝葉の間や木の洞の中から出てこない。
アミエーラはなるべく意識しないように、道の存在を確かめながら歩いた。
風に乗って、甘い香りが流れて来た。
歩みは止めず、顔を上げる。




