表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
10/3486

0010.病室の負傷者

 アウェッラーナは父のベッドの上に出た。

 ベッドの足元、布団の上にふわりと着地する。


 父はいつものように外を見ていた。

 灯を()けていない病室が、窓から入る火災の光に照らされて明るい。

 【跳躍】を使える怪我人は自力でどこかへ避難したのか、病室に逃げ込んだのは陸の民と傷が酷い湖の民だった。


 カーテンが開いている。

 窓の外では、黒煙が闇の中で炎に炙られ、うねる。予想通り、火の手は公園の手前で止まった。街を呑む炎は全く衰えていない。


 アウェッラーナはベッドから降り、窓際で(うずくま)る湖の民を診た。

 内戦中にイヤという程、目にした傷だ。左腕三カ所と腹部に一カ所、貫通銃創がある。出血が酷く、顔色は蒼白だ。術で水を()ち上げ、傷を洗う。


 腹の傷にだけ傷薬を塗り、アウェッラーナは【薬即(やくそく)】の呪文を唱えた。

 「星々巡り時刻(とききざ)む天 時流(ときなが)る空

  音なく()ける()の翼 羽ばたきに立つ風受けて 時早め

  薬の力 身の内巡り ()(あらわ)れん」

 術の力で薬の効果を加速させた。緑の軟膏が傷口に浸み込む。同時に肉が盛り上がり、(ぬぐ)ったように傷が消えた。


 脂汗を浮かべる湖の民がうっすら目を開けた。

 徽章(きしょう)を着けていないこの男性が、どの系統の学派を(おさ)めたのか不明だが、少なくとも、湖の民なら何かの魔法を使える筈だ。

 ここから逃げるにせよ、戦うにせよ、生存率の高そうな人を優先的に助けることにした。


 「あ、あんた、医者なのか?」

 入口付近に座った陸の民の男性が聞く。衣服が焼け焦げ、火傷が酷い。

 アウェッラーナは首を横に振った。

 「お医者さんじゃなくって、薬師(くすし)なんです。ごめんなさい。ベッドの下に水瓶があります。水を循環させながら、火傷を冷やして下さい」

 数人が(うなず)いて姿勢を正す。

 目線で対象の分担を決め、力ある言葉で水に命令した。火傷した陸の民も自力で水を操る。


 アウェッラーナは冷蔵庫から飲料水の瓶を出した。蓋を開けて水を起ち上げ、瓶を床に置く。

 傷薬を指にとって、宙に浮かせた水に混ぜた。うっすら緑に染まった水を薄く広げ、戸口に居る男の患部を包む。


 部屋を見回し、傷の洗浄と冷却を終えた患者に薄めた傷薬を分け与えた。宙に浮いた緑の水塊から少しずつ分離させ、膜状にして患部に貼り付けて染み込ませる。

 薬の量も濃度も、全く足りない。

 それでも、何もしないより遥かにマシだ。


 寝たきりの老人がしきりに食事の催促をする。

 アウェッラーナは、鞄から携帯用の裁縫道具を取り出した。小さな鋏で父のベッドのシーツを細く切り、窓辺で(うずくま)る男に止血帯(しけつたい)を施す。

 「ありがとう。……ここも、いつまでもつかわからん。あんたは、薬がなくなったら、さっさと逃げた方がいい」

 「でも、父さんが……」

 アウェッラーナはベッドの父を見上げた。

 父はいつになく険しい表情で、窓の外を見ている。先の内戦を思い出してしまったのかもしれない。


 男も薬師の老父を見上げ、すぐ、若い薬師に視線を戻した。

 「俺は、スカラー区から逃げて来たんだ。デマかホントかわからんが、道々、みんなが色んなこと言ってんのも聞いた」

 「……何が、あったんですか?」

 「自治区の奴らが武装蜂起したんだ。グリャージ区の検問所を襲って、こっちに入って来た」

 それは、ラジオで聞いた。

 アナウンサーは繰り返し、鎮圧の為に治安部隊が派遣されたと言っていた。


 ……軍隊はどうしたの? どうしてこんな酷いことになってるの?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ