雨宮さんは傘をささない
雨宮さんは傘をささない。
そのことに初めて気付いたときは、傘が壊れているのかな、と思った。雨宮さんは右手に赤い傘を持っているのにも関わらず、全身を雨に降られながら、学校から家までの帰り道を歩いている。
しかし、数日後に再び雨が降ったとき、雨宮さんは同じ赤い傘を使っていたのだ。傘は壊れてはいなかった。そしてまた、壊れていない傘を手に、雨に濡れながら通学路を歩いている。
登校中ならばともかく、それはいつも下校中のことだったので、濡れても家に帰れば問題はないけれど、それでも体を冷やしてしまうのではないかと心配になる。
何故、傘をささないのだろう。雨に濡れるのが気持ちいいとか、そういうことなのだろうか。
家が近所で通学路がほぼ同じだから、意識しなくとも雨宮さんの姿は視界に入るし、気になってしまう。少し前まではただのクラスメイトだったはずなのに、最近は雨が降っていないときでさえ、気が付けば彼女のことを考えているのだった。
***
今日も雨が降っている。やはり、雨宮さんは傘をささない。
壊れているわけではないのに、下校のときだけ傘をささない雨宮さん。彼女の謎の行動が気になって仕方なく、俺は遂に「あ、あのさぁ」と雨宮さんに声をかけた。
「なんで傘ささないの?」
すると雨宮さんは、一瞬ぽかんとした表情をしてから、すぐに質問に答えた。
「話しかけてくれるかなと思って」
「え?」
「雨が降ってるのに傘ささなかったら、不思議に思って話しかけてくるかなと思って。君が」
雨宮さんの言っていることがすぐに理解出来ず、俺は首を傾げる。すると「あっ」と彼女が空を見上げた。
俺もつられて上を向く。雲の切れ間から太陽の光が差し込んできて、雨はまばらになってきた。しばらくして、完全に雨が上がった。
「傘、必要なくなっちゃったねぇ」
雨宮さんは微笑んだ。
明星大学文学研究部にて、部員内のみ公開の部誌・一枚文に掲載した作品です。
テーマは「雨」。
二段組みのB5用紙にちょうど収まる文量で、上手くまとまったと思います。
機会があれば、ふたりの今後の話も書けたらいいですね(^^)