小姑と嫁と厄介な戦争の始まり
クレアの願いを叶える事にしたん。簡単な願い事だった…「しばらくの間で構わないから、さすおにを返して」…つまり、イルムの貸し出しなん。まあ、イルムも賛同しとるから何とも言えなかったのが事実なん。
そもそもクレアにはペットを貸し出ししてたん。剣、斧、槍、弓、拳、鞭、銃、鎧以外の物理攻撃法である魔物…つまりペットで攻撃だって事でクレアはテイマーだったん。あれ、それでカンナと合わせてやればオイラ無双出来ててシノノメと皐月雨要らんかったんやなかったんやろか?
そう言ったら2人が泣いた。男アバターが泣いても萌えんです、はい。
何やら、小姑根性で嫁たちに喧嘩を売りたいらしいんですわ…もっとも、メインはシノノメと皐月雨がアレカレに体と神魂の欠片、武器をどちらが相応しいかケッチャコ着けようって話ですがね。
「どちらにしても、兄貴に対する好意はあるんだから安心しておいてほしい」
「オラは悪くないからどうでもええねん。2つ分の陽だまりに2つ入っても構わんねん。ホモォはお断りやけど」
どっちにしても分かたれた奴が再統合しても良い展開になる事は少ない。妹が実妹じゃなかったり、メロンとか偽王女とかどっちを選ぶんや的な展開になったり…え、オラはモモーイがええんやけど。やっぱろくな展開になりそうでないんなー。
さて、奇襲をするのはオイラの本意じゃないん。キッシュだけに…意味が分からないよ。という事で嫁たちの所に一度戻るとするんなー。
「というわけで、オラ帰るだ。ベコさ出してけろ」
「兄さん、帰れると思ってるの…これで拘束させてもらうわ」
と言ってクレアが取り出したのはマスターなボール…ではなく、イベントアイテムの1つ『時の砂時計』という代物。これは、俗にいう時間停止アイテムである。これを使ってイベントボスに効率よくダメージを与えるというもの…つまり、物理を上げて殴ってたオイラには無意味な代物です。後、相手のスピードによって停止させられる時間が異なるがカンストのオイラに使っても無意味なん。
それを見越してかシノノメもイベントレアアイテム『黄金の投網』を構えるん。これは巨大なコイ○ングみたいなを捕まえる為のアイテムなん。ええ、ミミズの亜種で七色に光るミミズの捕獲アイテムどす。え、進化したら使えない竜になるだけですよ、七色ミミズ…くぎゅうのええ餌になってくれました。
更に皐月雨がイベントアイテム『封印の刀剣』を構えとるん。黒ひげ危○一髪みたいなもので、運さえあればイベントボスをぶっ倒せるアイテム…兼、一定確率で相手の行動を封じる武器としても使えるイベントアイテムでは珍しいイベント後も使用可能アイテムの1つです。攻撃力カスだけど…1だけども。俺も1つは持ってた。物理を上げてたからカスでも使えたもん。
そんな使い勝手の悪いイベントアイテムよりもイルムの方が拘束出来るんじゃないかなと思う今日この頃…でも、オラには緊縛プレイを楽しむ趣味は無いんなー。
◇
キッシュが居なくなり、イルムも突然消えてしまった…おそらくキッシュが呼び寄せたとかであろう。
それはさておき、今の問題は根本的な事なのじゃ。アレアとカレアを敵として戦いを挑んできているグループのボス「クレア」はキッシュ…いや、桐生柳の妹と名乗っておるという事。他の義体には残留思念であるにもかかわらず、クレアにはキッシュと同様に魂が宿っておるという事…
そして、わらわたちと同じであるという事。
「リンたち、落ち着いた」
錯乱するリンドウたちを休ませ、客間の一室でアイリスと向き合うのじゃ。無論、わらわのみではない…アレアとカレアも一緒じゃ。さすがにアイリスには伝えておかねばならないのじゃ…リンドウや蓮華、カンナには隠しておく必要は無いのじゃが、今の状態で理解する方が無理というものじゃ。
「そうか。ならば話をするのじゃ…キッシュは敵になったやもしれぬ。むしろ、世界の在り方そのものに疑念を抱いたやもしれぬ……かつてのわらわたちのように」
わらわとアレアとカレアは語った。親友の事を……人間の勝手で最愛の人と別れ、人間の裏切りで人を信じられなくなって、それでも世界の為に戦い続けた勇者の話を。
「………人間はいつも身勝手」
アイリスがそう言うのも無理は無いのじゃ…アイリスは人間に作られた存在。人間に対する嫌悪も抱いておろう。そして同様にアバターという義体を作った我々も彼女らからすれば恨まれる対象である…といったところじゃの。
じゃが、義体はあくまでキッシュを…ソレイユの最愛の人を探す手段とその魂の器でしかなかった。残留思念や桐生柳以外の魂の転生は予想しておらんかった。神魂の欠片が無ければ不可能と思っておった。いや、思い込んでおったのじゃ。
そもそも、義体の素材となったのはゲガエルの配下であった天使たちの体じゃ。女神に逆らい、魂を奪われ封じされた生きた屍ともいえる者共を利用したに過ぎぬ。じゃからこそ、女神の力を使えば簡単に利用出来るといったところじゃろう。
根本的に間違った行為である事など知っておった。それでも、わらわたちは願ったのじゃ…ソレイユという親友の幸せを。それがたとえ世界を滅ぼす事となったとしても。そして、キッシュに…桐生柳という男に会いたかったのじゃ。
◇
はいはい、キッシュです。やっぱりダメだったよ…ペット嫁に手をあげるわけにはいかないからね。あっさり捕まってまた牢屋に居ますがな…まあ、臭い飯出ただけ快適だから気にしませんよ。
しかし、アレアとカレア、シノノメと皐月雨の誤解を解かねばこの世界はクリア出来ねぇっすよ。クレアを倒すとか論外ですし、正直クリア条件が不明瞭なんすよね。仲介しておけばええってわけじゃないし……まあ、俺としては探偵編を片付けてくれたのはありがたい気持ちが無くもない。
「おい、あんた」
そんな時、牢の向こうから声が聞こえた…ちょっと前にもこんな話あったなー。でも、臭い飯は渡さないん…メシマズ妹が一所懸命作ってくれたんやからな。え、だから向こうでは嫁の貰い手無かったんじゃないかって。兄が世界の笑い者の時点でお察しください。
「なあ、聞いてるのか。あんたキッシュじゃないのか。伝説のモンスターを根こそぎテイムして餌にするわ、ロボのイベントで優勝して手に入れたコアを萌えロボにするわした伝説の傍若無人プレイヤーの」
「失礼なん。コロシアムで優勝賞品を手にした瞬間に分解して素材化したも追加しろなん」
白金の装飾銃なんて使い勝手の悪い塊を押し付けられたワイ、さっさと素材化して使えるのはカンナに組み込むの巻…まあ、今は取り除いてますが。
「あー、そうかい。俺っちはマサキって名前のしがないプレイヤーだ。どうだい、ここから脱獄して俺っちたちと世界を手に入れないか?」
「典型的なバカこくでねぇだ。オラは世界より刹那派だ。そでに、おめぇさしがないプレイヤーじゃなぐで、詐欺師プレイヤーのマッキーって通り名あるんだべよ」
思い出した思い出した。詐欺師プレイヤーのお話ですよ…色んなタイプの詐欺師が湧くのもオンライン系の特徴です。ペットのレベル上げてやるから云々とか、武器作るから材料くれとか、道場するから金をくれとか。え、最後のはなんか違うって…居ましたが、マジで。
で、詐欺師のマッキーことマサキってのは口先だけのクソ野郎にして、コバンザメみたいな粘着プレイヤーだったん。オデはシノノメと皐月雨たちと別れた後、新規プレイヤーとか攻略に詰まったプレイヤーの手助けやら素材やら武器防具のアイテム類をバサーでの格安販売を行う偽善プレイヤーやってたん。
そこでたまに見かけたのがプレイヤーの手助けと称してドロップアイテムを全て奪い取る外道プレイヤー…更に金まで巻き上げる詐欺師プレイヤーの1人に数えられていたのがマッキーなん。あ、鉄火丼を麦とろ仕立てにしてもらいたいん。ちなみに酷い奴はもっと沢山居たん。パンパンしたり、親友ルラギッテ妹アバター強奪したり……だからマジなんですってばよ。
「そんなおめぇさんがわだすを誘う時点でクレアとは違う組織か敵性勢力があるのだけは分かったんだべや。良かろうもん。世界は要らん。オデは刹那と心がええんやが手伝ってやろうもん」
嫁や妹の敵はオデが許さないんさ…絶対にだとは言わない。内部潜入して粉々の粉微塵にするんさー。ついでにその組織乗っ取って嫁たちと妹たちが共闘する展開を作り出すん………あれ、オデ最後に仮面の奴に刺し殺されるんじゃなかろうか?
「いや、刹那とか心とか居ないからな。この末期オタ」
「永遠はあるん。ここら辺にあるん」
「いや、ねぇよ」
これだからただの腐れゲーマーは。まあ、チェリア達が寝取られないように上手く立ち回らねばならねばねばねば。さあ、潜入を始めようか。都市で出来なかった事をやらかそうと思うんだ……あれ、今回ハードモードじゃね?
でもまあ、何とかなるんじゃなかろうか……俺級の産廃ゲーマーはなかなか居ないとですよ。睡眠時間削りに削ってやり込んでましたからなぁ……え、その当時は警備員やってましたから大丈夫ですよ。まあ、警備してた建物は落雷で焼けちまったらしいですがな。ハハッ…○コムしてても天災には勝てんかったろうから労災下りたんじゃないですかね…え、ブラック企業だから無かっただって。自宅警備も楽じゃねぇな。
◇
『明日の話を塩、by伯方。私は旅に出るでござんす。あなたの知らない人と2人で…え、何処のあずさ○号だってか。オイラは律派やねん、髪下ろしたりっちゃんおかしくねえし。というわけで、わだすはわだすはあなたから旅立ちますん。追伸、実は桐生さんちのやなっさんとみずきちって血が繋がってなかったって知ってた。隠してた感情が悲鳴あげてるとかって展開はないよね?』
兄さんが居なくなった牢には、あの時と似たような手紙が置かれていた。内容はふざけ過ぎていたけれど。
血の繋がってない事は知ってた。というより教えられた。葵が居なくなって、兄さんの真意が世間から誤解されて…両親が兄さんを見限った時に。あたしだけは兄さんの味方でいようと…でも、兄さんは行方をくらませた。葵の葬儀の翌日に。
日雇いとかで各地を転々とした兄さんをようやく見つけ出した矢先、あたしたちは死んだ。それが葵をはじめとするあたしたちの関係ない世界の住人の仕業なんて言われたらどう思うだろうか。
あの日、葵が居なくなって兄さんは誰よりも捜した。何日もろくすっぽ寝ずに、笑い者になるのを覚悟でテレビにも出た。結婚なんてしなくても良いからと、ただ両親を悲しませるなと…だけど、冷ややかな目と嘲笑で世間は返して来た。そして、兄さんが守ろうとした家庭は壊れ、兄さんを守るべきだった家庭も壊れた。
少なくとも救いはこちらの世界に兄さんを受け入れてくれる人たちが居た事…それが罪滅ぼしであっても向こうよりはまともだ。でも、それだけ。元々、兄さんの幸せを壊したのはこの世界だ。そして、葵の話をきっかけに兄さんを殺してこちらに呼び寄せたのは誰だったかという本質から兄さんは目を背けている。全てを女神と成り果てた葵の所為にして。
でも、それはあたしたちも同じか。
「ねぇ、菊花………あたしたちは兄さんを救う事が出来るのかな?」
「……今のあたしはキッカじゃない。ご主人の嫁のイルム。ご主人にその名前を聞かせるわけにはいかないのよ。それに、救うなんておこがましい…あたしたちは救われた側なんだから」
まあ、そういう事にしておこうと思う。あたしたちはの闇は深い。償おうとしている2人の本体すら奪ってやろうと思える程に。




