勇者たちの戸惑い
失血性ショックにより意識を失ったツンデレの勇者改めおバカ勇者の装備を剥ぎ取って治療してやる。個人的にはこのままでも構わないのだが、マフラー先生が人体実験に使いたいからというので渋々だがこうしなければいけないのだ。
9人の勇者たちをどう扱うかは大いに揉めた。皆殺しに反対するロリ魔王がその原因ではあるが。そこで、四天王と俺がその処遇を担う事になったのだ。で、魔法担当教師兼学園医兼マッドサイエンティストの水流のウィローがご所望したのが水属性の派生である氷魔法は使えるくせに水魔法がまったく使えないという出来損ないのお姫様だったというわけだ。ちなみにこの事は表ストーリーではシャルロッテから語られるが隠していたものというわけではなく、割と知られた話だったらしい。
まあ、人身御供になるらしいが悪い待遇ではないだろう…解剖されても魔法科担当の凶悪医なら蘇生出来ますから。3年時の試験では奴の回復魔法で苦戦したいい思い出があるし。
下着姿になったおバカ勇者の回収はウィロー配下の魔族が行うのでさっさと引き渡した。学園地下深くの施設でモルモット生活の始まりらしい。後で様子を見に行くのも一興だ。
コランダムベアにコランダムを渡すと何故か大粒のルビーとサファイアを渡された。配下魔族が言うにはやり過ぎて殺してしまった詫びらしい。いや、気にすんなよとも思ったがせっかくなので有り難く貰っておこう。
そして、次の日の勇者クラス…朝のホームルームに現れたのは手筈通りロリ魔王チェリアだった。片玉の勇者の状態報告などをするためだ。片玉は学園内の療院に居て今週いっぱいは出られないらしいからな。
「…えー、一昨日の件は皆も知っておると思うが訓練中のケガや死亡は今まで無かった訳ではないのじゃ」
「ですが、キッシュの攻撃はあまりにも酷すぎです。学園長はそれを容認するのですか?」
「フィルムット生徒の言い分も分かる。が、お主たちは魔物に対しても死なないよう手加減してくれと乞うのか?」
「そ、それは…」
「キッシュ生徒は釘バットなる簡素な武器であそこまでしたのじゃ。カッパーとはいえきちんとした武器で挑み敗北したヴァン生徒の甘さや驕り、相手の力量を見抜けぬ未熟さ。キッシュ生徒も悪ふざけが過ぎたが、これが本気の殺し合いならヴァン生徒が悪い。負けたら悪じゃ。勝ったら正義なのじゃ…卑怯と罵るならば勝てば良かっただけの事。それとも何か…お主たちは正々堂々でなければ勝ちに意味は無いというのか。そんな事が通用するのはルールのある競技だけじゃ。殺し合いは競技ではない」
有無を言わせないとばかりの威圧を放つロリ魔王はやはり魔王の風格を持ち合わせていた。ただ、釘バットが簡素な武器というのはいただけない。攻撃力はミスリルに劣るとはいえカッパー系武器の倍以上ある50なわけだし。ちなみに釘の本数で更に上がる仕様だ。昨日徹夜で作って今朝納品したので午後から購買に並ぶ予定だ。
まあ、売られた喧嘩を買って返り討ちにしただけで罰せられたらそう仕向けた連中も同じ目に遭わせてコランダムベアに人間ドーナツを作ってもらうだけだとチェリアが理解しているから片玉の勇者の件は不問としたかったようだ。命拾いしたな、フィルムット…だが、この仕打ちの礼はしてやろうと計画を下方修正しようと思う。
「…ところで、ヴァン生徒の他に1名足りぬようじゃが遅刻かの?」
「あ、それが…シャルちゃんの部屋に行ってみたんですけど居なくて…」
打ち合わせ通り、チェリアがおバカ勇者が居ない事に触れると昨日の朝以降、姿を見ていないとリリアンが説明に乗り出した。部屋には万が一の時にと置き手紙があったそうだが魔族が回収しているので行方は誰も知らない。寮母さんは魔族です…よくあるパターンだな。というか、教職員の過半数は魔王一派なわけだからどうとでもなるんだよな。ホウレンソウは大事なのにきちんとしなかったのが悪い。
「ふむ…此度の件で戦いに恐れをなして逃げ出したのかもしれぬな。一応調査はしておくのじゃ」
茶番とはいえ手厳しいな、ロリ魔王。まあ、今朝の話では現実逃避しているとか言っていたからあながち間違いでは無い。ウィローのシャルロッテ解剖計画とか聞いて俺ですらドン引きした。早く次の魔物との混血児計画に移行してやれよと同情した。相手にはコランダムベアを推薦しておいた。「やめてあげてよぉ」とロリ魔王は言ってたが生きてるだけで丸儲けだと説き伏せてやった。魔王の正体知ったわけだし。
だが、その解剖計画によって勇者の証がどんな仕組みで現れるのかという事にも触れるためにやるだけの事は許可してある。もっとも、俺の予想では水属性が使えず王位継承からも外された上で居場所を確保するための詭弁という偽者説が消えたわけではないが。どのみち調べれば分かるか…
「とにかく。落後者が出てもお主たちは勇者じゃ…逃げ出したい気持ちは理解出来るが、国を世界を救えるのはお主たちだけなのじゃ。心を強く持つ事がまず肝心じゃ」
ロリ魔王は良い事を言う。この場面だけ見てたら聖人君子にも見えてくる程に…但し、今後その心をバッキバキのメッキョメキョにへし折りますが。へし折った後は死んだ方がマシという奴も居れば快楽に囚われる奴も居ますが何か?
唯一救いのあったフィルムットもさっきので下方修正するから…とりあえず、4つくらいパターン考えておこう。
そんなこんなで時は流れて昼休み。今日は一昨日と一転して勇者たちが昼飯に誘ってくれた。ロリ魔王たちには朝の間に話してあるから構わないか。焼肉弁当は捨てがたかったが午後の実技授業に死傷が出るからな…
「キッシュ…シャルロッテの件だが、お前が何かやったんじゃないのか?」
カツ丼セット680Gを手に席へ座った途端、フィルムットがそう言い放ってきた。こいつ、鋭い…いや、シャルロッテがヴァンに想いを寄せているのは当人たち以外には分かりきってる設定だったか。というか…
「まず、さんを付けろやデコ助野郎」
「で、デコ…」
表ストーリーで仲良くなったが、それすらもリセットしているのだからいきなり呼び捨てにするのは違うと思っていた。後、ただ言いたかったというのもある。
「それに、俺がやったのだとしても『はい、そうですが何か?』とでも言うと思っているのか?」
「そ、それは…」
言い淀みやがった。根拠も無く言ってきたのは明白だからな…とりあえず、妹と共に死んだ事にして何処かで平和に暮らすから、勇者殺しの汚名を着せて妹の前でレクイエムに下方修正確定な、お前。
「俺は疑っていないぞ。ただ、あんな事があってすぐにシャルロッテ嬢が行方知れず…誰かを疑いたくなる気持ちは分かって欲しい」
ガチムチくんの言い分はある意味正しい。が、それは俺が理解しなければならない事ではないよな…お仲間に信じろと言うのが普通じゃないのか?
「…なるほど。俺が我慢すれば良いと…学園が認めた勇者より国に認められた勇者に従えというわけか」
「そ、そうは言ってない。ただ…その…」
だから言い淀むなっつうの。偽者じゃないと、俺たちは仲間だとか言えないもんかねぇ…まあ、敵なんですが。次のイベントでまた罠に掛けるつもりなんですが、仲間だよと言われる程信じさせてから絶望させるのも悪くないが面倒臭い。
「そんな言い争いをしている場合じゃありませんっ!」
ビッチ聖女が大声出して介入してきた。先に言い掛かりつけてきたのはお前らだろうと言いたいがカツ丼冷めるから食おう。こんなファンタジーなのに焼肉弁当とかカツ丼とかうどんあるのに草生える。
「まずはシャルちゃんの安全確認です。その後で本人から事情を聞けば何があったか分かります」
「リリアンの言う通りだぜ。放課後、手分けして捜そう」
ガキその1、ビッチと一緒に捜したいから提案するの巻。表ストーリーに似たような話あった気がする。まあ、恋仲になっても引き裂かれるんだから淡い期待させてやっても構わないか。依頼者は貞操の事は気にしないようだし…
「…手分け危ない。全員でする」
フード娘がこっち見てそう言った。お前も疑ってんのかよ…まあ、構わないんだがな。むしろ、それが普通の反応だ。表ストーリーの異常なまでの信頼がおかしかったんだ。
「…なら、俺は一緒でなくとも構わないな。捜す理由が無い…シャルロッテという奴が本物かどうかも疑わしいからな」
正直面倒臭い。見つからないの分かってるのに無駄な時間を過ごしたくない。ロリ魔王が申請書を見つけてしかるべきところへ通達し、鉱山へと捜索隊を派遣。その結果は言わなくても筋書き通りだ。
「……そうですね。先に疑いを掛け失礼を行った我々に協力してくれと言う資格はありません。でも、同じ勇者なら欠ける事がどういう事か考えておいてください」
優男は至極まともな事を言う。むしろ、まともなのが少なすぎる。いや、それは前から知っていた。どうして最初にここ選んだよ俺と思いたくなってきた。
「その言葉はそのまま返そう。偽者が特定出来てない今、シャルロッテが偽者でないならお前たちの誰を信じ、誰を疑うかはそれぞれの勝手だ。仮にお前たち全員が俺を偽者と疑っていたとして、少なくとももう1人を疑っているのか?」
いっそ、学食ごと吹き飛ばそうという思考を抑え込んで正論っぽい暴論を吐く。表は全て賢者であるプレイヤーに丸投げされた疑心暗鬼を、今は俺だけに向けられている。それはまだ構わない。されど、もう1人…誰かを疑える覚悟も無く表ストーリーではリア充になれなかったシスコン野郎を切り捨てる将来のこいつらを俺は信じるに値しないし、シスコン野郎も所詮同じ穴の狢だと理解出来たので下方修正は加速していこうと思う。とりあえず、最悪の結末…妹が蟲に初めて奪われて展開にならないよう俺を不快にさせるなよ。どのみちお前の死は確定事項だが。
とりあえずカツ丼食ったし押し黙っているので退散する事にする。約1名、話し合いより食う方を優先して参加してこなかったのも居たが構うまい。
◇
「…どうして最初にあんな事を言ったんですか?」
キッシュが学食を後にし、少しの時間が経過した後で最初に口を開いたのはリリアンであった。キッシュが何をしたかと一方的に悪者にしたフィルムットを非難するものだ。
「リリアン。君が一番ヴァンの惨状を目の当たりにしただろう。正直僕はあいつが怖い…得体の知れないものにしか見えない」
「まあ、確かにな。この中で一番強いのはヴァンだ。それを簡単に倒すなんて恐怖ではある」
フィルムットの反論に続き、エグニスが彼を擁護する。結局のところ、疑う理由はあまりに掛け離れた強さにあると認めたのだ。
「確かに彼は強いです。でも、味方なら頼もしい限りですよ…でも、最初に疑った時点で彼はこちらを仲間と思ってくれません。僕たちを全員殺して次に選ばれる勇者を信用しようと考えてもおかしくないです」
「それって、結局あいつが本物でもろくな事にならないって事じゃんかよ」
トルスの発言にムルドが反応する。そもそも勇者の証はある日突然現れる事の方が多い。だからこそ、チェリアを含めた魔王軍は生かしておく事を考えている。生徒としてだけでなく次の勇者を早く選ばせないために。
「…キッシュは強い。でも、いつか追いつける」
「アイリスの言う通りだ。今は僕たちが強くなる事を考えよう」
「フィルムットさん、そういう話じゃありません。今はシャルちゃんの方が最優先です」
◇
という光景を俺は学園長室の水晶を通して見ているわけだが、またこいつら素うどん食ってた。金無いのか?
「とりあえず、きちんとシャルロッテ生徒の足取りは彼女の国に伝えたのじゃ。向こうの捜索隊と合同で明朝より鉱山の捜索を行う…じゃが、次の作戦を本当にやるのか?」
「当たり前だ。必ずあいつらはそれを聞きつけて勇者権限とかで参加してくる。そこで坑道をお前の力で凶悪なダンジョン化してパーティをうまく分断させる事が出来れば短期解決に大きく近づく。それに、ウィローは協力して勇者という玩具を手に入れたんだ。本気を出せばあんな雑魚勇者を四天王が倒せないわけないだろ?」
俺は獣神ラ○ガーたちを見る。そこまでするかと呆れた表情を見せていた。お前ら、魔王のためとかって考えてるんだろうな…
「それで、お主はどうする?」
「勿論、捜索隊に参加してやるさ。それよりフィルムットの妹と偽者を倒した功労者の事を何とかしないとな。チェリア…妹の事はきちんと確保してくれ」
次々と勇者は死んでしまう。それを仕向けたのは誰か…今のままでは生き残る俺が疑わしい。だからこそ、表ストーリーの賢者を使う。早い話が偽者であるとバラす…但し、学園が用意した偽者を炙り出すために送り込まれた刺客として。で、それを四天王がターゲットにしなかった連中にダンジョン坑道で伝えてアリバイ成立の多数行方不明だ。
後は妹がどんな美少女か…ではなく、ステータスか確認してからフィルムットの下方修正度によって結末が変わる。現段階では目の見えなくなった妹の視力が回復したら兄が目の前で殺されましたパターンだ。妹のメンタルによって変更の余地ありだが。
その計画を話すとロリ魔王が白い目で睨んできた。妹巻き込むなって顔だが、同情で治療費用与えるという巻き込みを起こした結果兄が死んだ上に妹どころか国まで滅亡させる事になるなんてのをやらかしたお前にそんな目で見られる筋合い無いわ。
「功労者は当てがある。魔法科のイフォルマだ…彼ならば現状ではどの勇者よりも強い。購買で釘バットを購入していたのを見かけたし信用して良い」
「…公爵の息子が偽勇者を討ち取る。あまり良い展開にならない気がするのじゃ」
そんな後の展開まで知ったこっちゃない。




