別れと始まりの朝に
夜明け前までキャベツ…ではなく月を眺めていたがいつの間にか寝てしまった。その隙を狙われ取り囲まれていた。左右の肩に嫁、背後にも嫁…後、足元でペットに噛まれているタヌキ。寝入った隙を狙って襲おうとしてきやがったな…焼きタヌキにしてやろうか。
まあ、全員がまだ起きてないから放置しておこうと思う。後、イルムが噛んでなかったら竜魔法のブレス技で本当に焼きタヌキになっていたやもしれん。まあ、どうでもいい事だな、うん。
にしても。こういう嫉妬をするなら普段からもう少し構えと嫁たちには言いたい。まあ、俺らしくもない慰めなんてしたのが原因だと分かっているから否定は出来ないし悪い気分ではないのが事実ではある。こいつらだってガキじゃないんだからどういう状況かは理解しているだろう。だからこそ何も言わずに寄り添うだけなのだという事にしておこうと思う。
本当にらしくないと思う。普通ならまとめて美味しくいただきますって展開に行こうと思うところなのに、そんな気が起こらない…まあ、目の前で嫁候補が昇天したらそうなるわな。一方的な思い入れだったけどさ…やはりいくら中古になったとしても思い入れのある奴が死んだら悲しいものだという事か。
もし、それが思い入れ程度じゃなかったら……まあ、俺が守れば良いだけか。それでも無理なら死ぬのは……それは最初から覚悟していた事か。
そうこう考えているうちに日は昇り腹も減る。ここは黄金かどうかは分からないがジパングだ。和食文化の根付いた場所だ……近くに街も無いのに何処から集めたか分からない材料で作った朝食が並んでいた。むしろ、誰が並べた?
聞けば、影女とかその類いの妖怪が居るらしい。鬼の手とか移植されないように気を付けないと…後、イルムに座敷童子捕食しないよう言っておこう。いや、吸収して強くなる方が良いのか…話によると巨大化してた2匹を無意識の内にリンドウから分離して助けてたらしいし。本当によく分からない存在だよ、あいつは。
とにかく、納豆やら玉子焼きやら味噌汁やらを食してまったりとしておこう。というか、普通なら腐った豆なんて云々とかいう展開がありそうなものだが嫁たちがそんな素振りを見せる事は無い。好き嫌いをしないのは良い事だ…まあ、アレルギーとかトラウマなら仕方ないけどな。というか、イルムは大丈夫なんだろうか…ほら、犬ならネギ類が毒だとかそういった方向で。それを言い出すと魔族のチェリアとかスライムのリンドウもその手の食材があるかもしれぬ。勿論、アイリスも含まれるわけだが…
え、俺はどうなんだとかって話になるのか…バカタヌキとただのババアをちょっと食う気が起こらない。ではなく、そういう気になれないというのが正しい。もし、目の前の彼女たちが凶刃に倒れてしまったらと考えると早く命属性の魔法を上限突破させるべきだろうと思うのだ。
とりあえず、そんな事より納豆が大粒で美味い。分かっているじゃないか。でも食べ過ぎて嫁たちが育ったら大変なので3食豆を食べるのは危険かもしれない。
食後、少し落ち着いてから俺1人でほぼ空の棺を庭先へ運び出した。本来、棺を運ぶのは男の役目とか言われているが、あれは単に男の方が力あるから程度の考えらしい。が、か弱い嫁たちに棺を運ばせようなんて考えは持ち合わせていない。腰やられたら合体出来ないもん。
「それもお入れになるのですか?」
「うん……この日記があったから夢を沢山見れたけど、この日記があったから夢を現実に出来なかったから…」
当代は先代の日記を棺の中に入れて焼却するつもりらしい。あまり野焼きは良い事ないから最低限にして欲しいものだが仕方あるまい。入っているのは先代が着ていた巫女装束と愛用していた小物が少々。それと手折られた沢山の花々……更に手紙が少々。後、どうせ焼くならとホイルに包んだ芋やら燃えるゴミやらが懲りてないタヌキ娘の所業で入れられかけたが煮て焼いて食って(食糧的に)してやろうかと脅したら片付けられた。芋は後でスタッフが美味しくいただこう…誰がスタッフやねん。
棺の中に次々と花が加えられていく。チェリアとアイリス、リンドウにイルム。そして蓮華の手によってだ…まあ、チェリアにすればかつての仲間の子孫という事になるが他は知った仲というには程遠いが見送ったという点でチェリアと大差は無い。あるとすれば…
「まあ、こんなものか…」
プレイヤーである俺が出来るのは水の薙刀のデコイを棺に放り込むくらいだ。デコイといっても良質の素材をふんだんに使っているけどな…そこ、在庫処理とか言うな。事実だから頑なに否定させてもらおうと思う。手に入れたヒヒイロカネ使って嫁たちにも鎧作るのは次の世界だし、真エスカリボルケインを作るくらいしか現段階で使用法ないからアイテムボックス圧迫されとるんやねん。
「…本物より華美なのじゃ」
「デコるのはお約束じゃないか」
元祖勇者からは呆れにも似た溜め息と共に批評をいただいたわけだが、盛るのはお約束の範疇だ。だが、胸パッドお前はダメだ。だから俺はそれだけは作らないと誓った…え、どうでもいいって?
そんな事を考えつつも俺は棺の周りに丸太を組むように置き並べていく。俗にいうキャンプファイア的な感じですわ…燃えろよ燃えろよ、真っ赤な誓いって感じに火葬するつもりで。ただ、フォークダンスするつもりはないから一瞬で灰燼にという事になるが。
だいたい、中に遺体があるわけでもないし変なところに時間を掛ける必要は無いのだから…燃やすまでに蓮華が少しでも立ち直れば良いだけなのだ。それ以外の意味なんてこの儀式には無い。お経とかなんて覚えてもいないし、焼香の臭い苦手ですねん。え、それは仏式やろって…神式とか洋式の葬儀なんて出た事あるかい。
とかなんとか思いつつ櫓っぽいものが完成して更に油を掛けまくる。勿論、油も在庫処理だし食用には不向きのゲテモノモンスターから採取したやつだ。それはともかく、火を放つのは蓮華の役目なのだ。生前、幾度となく火葬場には行った事がある…あれって残酷だよな、遺族に電気炉のスイッチ押させるわけだから。それを中身空とはいえさせようとしている俺は鬼畜だと思う。正直なところ、復活の手段とか探して時を遡る魔法を見つけてなんて事は今も頭の片隅で考えていたりするのだ。それを断ち切らせるような事をさせるのがスイッチ押しなわけだ…中身が空とか関係無いんだよな、あれ。むしろ、分かっていても殺したような感覚に陥る。中身が空なら尚更だ…まだ何処かで生きているなんて楽観的希望すら断ち切らせる。死んだはずだよお○さんって感じにならないからタチも悪い。
「さあ、後は焼きタヌキを作るためにアルミホイルに包んで入れるだけだ」
「いや、止めて。マジ止めて」
簀巻きによるトラウマと後ろでソースを作ろうとしているイルムによってタヌキ娘はさすがに懲りたようだ。煮て焼いて食ったら木の葉で隠蔽するつもりだったが残念だ。
場が和んだところで蓮華に声を掛ける。
「さあ、改めて母親を殺してもらおうか」
「うっ…」
「最低なのじゃ」
「パパ、鬼畜」
わざとという冗談を理解出来ない嫁たちが非難してきたでござるの巻。だが、覚悟はあるはずだと思う…でなければ日記を放り込めないと思うんだよ。俺はそのつもりであいつの私物を放り込んだし、遠慮なくポチっと押した。そりゃあ、普通ならそんな気分にならないのが普通だと思う。だが、俺は7年も待った…その分溜まった恨み辛みは殺意にも似たものだったよ。それ以上の歳月を娘蓮華は過ごし、母蓮華に抱いた感情がある。
もし、世界のためだったからと割り切れてしまうならそれは構わないが、世界のため犠牲になったのは娘蓮華も同じだろ。世界を救うために母を奪われた…世界を恨む悪役の中には世界に大切なものを奪われた奴だって居る。世界を憎んで壊すだけの権利を橘一族は持っていても当然だ。呪われた宿命を受け入れ、母を殺めて子に殺される…何処かの遺伝子弄くられた主人公じゃないが、殺したから殺されるなんて負の連鎖を一族でループさせてる歪な関係を断ち切るには、母を母として殺してその罪を生きる事で繋げるしかないだろ。
そのために世界がどうなろうと構わないと思うわけだ。君がいないなら意味なんて無くなるから人も世界も消えれば良いのだ…死別という人の別れは、相手という世界が消える事だ。人っていうのは、他人との繋がりで世界を知る…世界に守るべき人が誰も居ないなら守る価値なんて無い。いざとなったら、蓮華の大切な妖怪連中を友達化して別の世界に行ってやるさ。
「鬼畜で構わねぇよ…ただ、自分だけは殺すな。母を求めて頑張った自分を…ただ、悪いと思った敵が母だっただけだ。歪んだ正義でも貫けば信念になる。悪いと思ったものを倒していけ…そして、正しいと思う事をやり続けろ。生きて生きて生き抜いてな」
嫁たちの視線が痛い…約1匹だけは目を輝かせてるが。でも、こう言わなきゃ俺みたいに生きる気力無くして半ニートの引きこもりフリーターのボッチになっちまうじゃないか。生きてても死んでても同じって縁切りされて落雷で死んだら嫌じゃん……無縁仏になってる気がする前の俺の遺骨。なんか涙が出ちゃう…拭っておこう。遺骨はマイシスターが散骨してくれていれば良いなと思っておく事にしよう。風になって吹き渡ってPM2.5みたいに誰かの肺に入っていますってなっとればええわ。
「キッシュ殿…わざと悪態をついて、本心は涙を流しながらも真摯に伝えてくれているのですね。わっちが母を手に掛けた事を全て間違いではなかったと伝えてくれてありがとうございます」
およ…キツネ娘が化かされた。いや、誤解したようだ。ちょろインならぬ、ごかインですねイミフ。嫁たちどころか他も呆れて見とるがな…まあ、育児放棄したクソ毒親なんぞ手に掛けられたところでザマァなだけではあるが。そう考えると仲間がキチだったという話なわけですね。俺、異母でも自分の子には等しい愛情注ぎますよ…托卵じゃなければ。
「ですが…どのようにすれば改めて殺せるのかが分かりません。きっと棺に火を放っても、キッシュ殿の言う殺す事とは違う気がします」
「いや、似たようなもんだろ。母親が残した日記を処分する時点で…忘却という2度目の死を迎えるようにする。勿論、すぐに忘れるのは無理としてもいつまでもしがみつくわけにはな…」
反吐が出るような説明をしているのは理解出来てる。あいつの事を未だに引き摺る俺が言えた台詞ではないだろう。ただ、決定的に違うのは母蓮華はそれを望み、あいつはそれすら拒んだであろう事だ。そこの違いは大きい…が、俺の方はどうでもいい事だ。前世なわけだし、嫁たち居て幸せですからね。
それはさておき、俺が死んだという事は先祖の紡いできた命を殺したという事でもあるわけだ。独身だから子どもどころか養子も居ないし…普通の生き方すら出来なかったのが悲しい。
普通の生き方か………やっぱやめた。
俺はカンストした炎の魔法をぶっ放した。勿論、キャンプファイアIN空の棺に向かってだ。何故か…理由なんて簡単だ。蓮華に普通を与えてやりたかった。母親が死んで、泣けるだけの普通を。そして、普通の生き方を…
「……はっきり言っておこう。お前の母親を死に導いたのは俺を含めたプレイヤーたちだ。お前の祖母を嬉々として倒し、その役目を母親に押し付けたのは俺たちだ。そして、その結果…お前が母親を殺す事となったのも元を正せば俺たちの所為だ。そして今、俺はお前の母親の唯一の形見を焼き払った。もし、奇跡が起きて形見を使って復活させる術が見つかった時にそれを行う希望すら奪った。さあ、俺を恨むが良い」
「何をバカな事を言っておるのじゃ。第一、形見ならまだ薙刀があるではないか」
これだから中古嫁は…蓮華のヤンデレ化計画を即座に破綻させてこようとしてきた。ダメじゃないか。こちとら階段から突き落とされたりする覚悟なら出来てるんだぞ。空の鍋をかき混ぜるくらいのところでネタバラシして欲しかった。
「キッシュ殿。自らを悪者にしなくともわっちは大丈夫です…キッシュ殿が居てくれました。もしあの場でキッシュ殿たちが現れなければ呪われただけと思い込み母との別れを憎しみでしか終われなかったはずです。そして今も…」
ほら、ごかインがまた誤解しとるやんけ。しっぽブンブンと降っとるし。完全に嫁フラグ立ったやんか…少しはしんみりしといてや。心の拠り所を作れたのは構わないんだけど、弱みに付け込んでって展開はなぁ……正直、そればっかりなわけだし。
とにかく、こうして先代橘蓮華との別れを済ませたわけだ。そして、代々続く負の連鎖を終わらせる戦いの始まりだ……俺に託された以上、当代の蓮華には子に殺されるなんて運命は背負わせない。そんな決意の朝…になりそうにない気がしますわ。
後、ホイルに包んだ芋を投げ入れようとしたタヌキは軽く燃やしておいた。かちかち山のように。




