空っぽの棺と喪失感
解体作業を終えて転移で橘家の屋敷に戻ってきた。宝箱の中身も漁ってきたが、当代の蓮華は何も手を付けていなかったという点が疑問に残る。まあ、それはあいつらに聞けば良いか。
橘家の屋敷には多くの善良…かどうかは怪しい妖が使用人で居るのだ。え、ぬら○ひょんの孫みたいだってか…そこまで多くねぇよ。そうだ、刀作らないとな…そんな事を屋敷を入った途端に襲い掛かってきた刃を両手で白刃取りしながら考えていた。
「なっ…この刃を初見で…」
「初見違うわ、タヌキ娘」
襲い掛かってきたのは忍者の姿をしたタヌキ耳としっぽを持つ娘…但し巨乳。タヌキならオスで下を膨らませとけや。ゲーム時代は屋敷に来る度に襲ってくるボス戦後の回復前の一戦がウザい御庭番の立花一族だ。緋袴キツネとミド忍タヌキですよ…影武者もやっててそのウザさは面倒の極み。まあ、こちらも代替わりしてるんだろう。むしろゲーム中は貧乳タヌキだったから良かったのに…遺伝しないとは、恐ろしきものよ。
そうこうしていると戦闘開始の前に奥から足音が聞こえてきた。どうやら、もう1人の住人がやって来るようだ。
「霞ちゃん、ダメですよ…あら、お久しぶりですキッシュさん」
「…そっちは代替わりしてないのかよ」
出てきたのは白い着物姿の雪女。所謂女中みたいなもので、たしか名前は雪野つらら…ロリじゃないけど若いただのババアだ。
「何か失礼な事を考えていませんか?」
「存在自体が失礼なタヌキ娘をどうにかして言え」
忍刀折って良いかな、良いよね。良いに決まってる。『バキッ』…上手に折れました。いやぁ、カンストしてるとこんな芸当も出来るのね。
「一族に伝わる名刀・古狸丸がぁぁぁぁぁ」
「酷いネーミングじゃの…」
「だな」
小烏丸とかならまだしも古狸ってなんなんだよ、そんな名前の刀を代々伝えるなと。え、ゴマリグナンから名前つけたお前が言うなと…行ってない、思っただけだ。
とりあえず、絶望したタヌキ娘を放置して蓮華が敵を討ち取った事を伝える。雪ババアは事情を知っている元凶なのでどうとでもなるだろう。むしろ、責められるとよいわ。
「何故、何故言ってくれなかったんですかっ…わっちは、母様と、母様を……」
「それが橘家が…初代橘蓮華ことロータス・シトラスから続く負の連鎖です。8つの穴をしっぽで塞ぎ、子孫がそのしっぽを倒し力を蓄え最後に九尾狐を倒す事で子孫が九尾狐の力を得て再び封印を施す…」
「うむ。ロータスは封印術が得意だったのじゃ。その話は真実味があるのじゃ」
「というか、世間話じゃないんだから玄関先で話する事か」
せめて茶を出せ。イルムなんかタヌキ娘を食おうとしているぞ…ほら、アイリスもタヌキ蕎麦をタヌキの肉で作りたいって呟いてるし、リンドウもテイムしようと構えてるぞ。俺を愛してるあまり病んでいるだけだ、気にしないでおこう。
とりあえず、庭園の見える客間に通された。ゲーム時代はプレイヤーの拠点として使われていたのでここを占領しようと思う。
それはともかくとして、黒幕の雪ババアから改めて語られたのは初代から続く負の連鎖の話と、今回はそのしっぽから倒す事を当代が怠りいきなりのラスボス戦で勝ってしまった事に伴う弊害を淡々と告げられたわけだ。
未だ、8つの穴をしっぽモンスターが塞いでいるが、それが本体の喪失によってどうにかなる可能性があるようだ。つまり、どういう事だってばよ?
「ふむ…察するに、九尾狐のしっぽはそれ自体が強大な魔力の塊なのじゃな。それが後継者の選定や穴の封印にと様々な役割を持っておる。しかし、それら全ては本体に付随するものでしかないので役割を果たせば本体に戻ってしまう…が、今回はその手順をすっ飛ばしたが故に九尾狐は一尾の姿であり本来の継承も行えぬままという有様じゃな。更に懸念としてはその魔力をキッシュの言うところである裏ストーリーの各ボス妖怪たちが取り込み悪用する可能性があるという事じゃ」
さすが生き字引、亀の甲よりロリババアの功といった感じでチェリアが噛み砕いて説明してくれた。黒雪ババアは説明が堅苦し過ぎる。
さて、ここで裏ストーリーの各ボス妖怪たちの事を少し語っておこうと思う。基本的に動物だったはずだ…表では龍とか鬼とか猫又とかそれらしい巨大な妖怪との戦いになった。え、友達になって召喚とか出来ないぞ。俺、腕時計より懐中時計派だったし。
確か、情報では十二支に準じた巨大な妖怪だったと記憶してる…まあ、どこまで当てになるかは分からないけどな。そもそも、裏ストーリーは13代目の九尾狐としてのストーリーだったのだろうし違いはあるだろう。結局のところ、行って見てみるしかないね…あまり乗り気ではないが、仲間の後始末くらいはしてやるよ。
そして、そんな事より何よりしなければならない事がある………
本来、先代が九尾狐だったという事は討ち倒して暫くしてから夢枕に立たれて明かされてきたらしい。らしいというのは当代が見つけた先代の日記に記されていたという事だ。それがあったがために紺混城の抜け道を知って先走ってしまったのがそもそもの始まりだ。
普通なら討伐を祝して宴を開くのだがそんな事をする雰囲気ではない…なので、形だけでも葬式をしないとと俺が発案した。つい先日、4匹を失ったから気持ちが分かるなんて事は言わないが踏ん切りつかないと先へは進めないのだ。
まあ、その発案も実は二番煎じだったりするのだ。1度目は言わずもがな、あいつの死亡宣告の時だ。居なくなって残った家庭も滅茶苦茶になって、踏ん切りというか区切りというか…無かった事にしたかったのだ。あいつの存在そのものを消し去る事でリセットしようと…まあ、言い出しっぺだけがそれを完全に行えなかったが。
だが、今回はリセット不可だ。先代の存在を否定すれば今は無い。単なる弔いと心の安定を図るためだけに行うのだ…なんて格好良さげに思うが、バカ騒ぎする気にもなれないし痛い程分かるから自己投影しているだけなんだ。
即席の棺桶の中には適当な廃棄物を詰め込んでおいた。遺体なんて無いんだし庭先で焼くから芋でも入れとけば良いんでないかとのタヌキ娘の発案だ。ろくな事言わないな…
家人の3人は喪服に着替えて一応は大人しくしている。俺たちも黒い服を用意して着用してはいるが所詮真似事でしかないので数珠やら何やらは無い…というか神道の葬式をよく知らんから分からないけどな。どちらにしても湿っぽいのはよくない。まあ、この中でプレイヤーである俺が先代とは関わり多かったと思う…一番は黒雪ババアだろうけどよ。
だけど、実感というのはあまり無い。悪いキャラではなかったが、胸がいかんせん…好みの事はともかく、2度いうが悪いキャラではなかった。敵対する事は決して無かったという点においては。
通夜なんてものはすっ飛ばすが、雰囲気はそれである。もっとも、神社でそのような事を味わうのは初めてなんだが……あ、橘家は神社も兼ねてるんですよ。後、この世界って街とか無いんですわ、弔問客とか来ないんですわ。雑な作りですよね…何処から食糧調達しているのか謎だし。葬式饅頭ばかり山のようにあるわけで…
「米食わせろ、米」
「パパ、甘いのダメ?」
「キッシュさん、美味しいですよ?」
嫁たちは饅頭ばかり食っている…太るぞ、お前ら。それに俺は粒あん派なんだよ、饅頭怖い、糖尿怖い。まあ、運動するとしよう…今日は無理としても。
饅頭ばかり食った嫁たちとタヌキ娘は寝た。別に薬とか仕込まれていたわけではなく、嫁たちは和室に布団敷いて寝る事に興味があったようだが寝付けるか分からなかったから魔法で寝かせた。タヌキ娘はいつ襲ってくる分からないから簀巻きにしておいた。
寝ずの番は黒雪ババアがやると頑なだったので任せておく…遺体の無い棺桶眺めて徹夜なんて奇行をする酔狂な奴を構う暇なんて無いし。
構わなければいけないのは、月明かりが差し込む縁側で淡々と先代の日記を読み耽る当代蓮華の方だと思うので近付いてみた…が、気付く様子は無い。俺もそうだったかもしれないという思いが声を掛けるのを躊躇わせた。まあ、仕方ない事とはいえ実の母を手に掛けたのだし普通なら狂うくらいは当然だから気丈に振る舞えているとは思う。むしろ、俺なんかたった1人というわけでもなかったのにと思うと情けないものだ。
だから、俺は蓮華の頭に手を乗せ、ポンポンと軽く撫でてやる。幸せを夢見て、それを破られたのなら、して欲しかった慰めをしてやろうというだけだ。不思議と嫁にしたいとかって下心は未だ起こってこない。減退してんなぁ…
「あいつは、胸に栄養取られておつむ弱い奴だった。どんな相手にも現時点での最強技を食らわせて魔力枯渇したり、全く効果無い属性で攻撃したり、酷い時にはそれで敵が回復したり…」
ゲームの仕様でレベル上げて新しい技を覚えさせたり、こちらが行動を封じさせたり、酷い時は瀕死にして戦闘参加をさせなかったりとプレイヤー泣かせのキャラではあったが、武器が強いから使えなくはなかった。むしろ、薙刀を奪いたいというプレイヤーは多かった。無理だけどな…逆に、そのドジっ娘的な行動パターンが一部では人気だったと記憶している。まあ、俺としても当初の予定ではハーレムの一員にとは考えていたが終わった話だ。
「キッシュ殿……母様は、幸せだったのでしょうか。わっちに殺されて…わっちが居たから…」
「居たから死んだとか思ってるならバカだ。少なくともお前を産んだ時に覚悟してただろうさ…繰り返す事も繰り返させる事も」
「繰り返す………」
正確にはここへ置き去りにした時にかもしれないとまでは言わない。だが、母親としてより封印者としての道を選んだのは事実だ。何処ぞのドエムな父親みたいな事をよくやるよ…因果なものだ。勇者の成れの果てとか末裔とかは。まあ、その中で比較的まともな嫁はよくやったと思う。後で褒めてやろうか…
「でも、本当にそんな事をしたいなんて思う親はそんなに居ない。父親は誰か知らないが、腹痛めて産んだ子どもなら守るのが普通の母親だろ。それこそ、何もかも捨ててな…だから、お前はケガもしなかった。違うか?」
「……避けられる攻撃しかされませんでした。今思えば、戦う気なんて……」
無かろうがあろうが変わらないのが結果だ。元々、そんな事をしようとしたのは何故だろうか…まあ、そんな事をしたいとさえ思った事の無い俺には分からないがな。子が親を、親が子をなんて事は…もっとも親になれなかった俺には後者の機会はまだ無いわけだが。
「あいつもバカだからな。何処ぞの変な生物と契約とかしたのかもしれないし、歪んだ信念を持ったのかもしらない……だが、その繰り返しは終わらせないといけない。お前の母親の代わりにはなれないが、せめて父親みたいなものにはなってやる。それが俺の弔いだな」
「キッシュ殿、それは…」
別にプレイヤーと先代が連結合体って展開は無かった。が、戦友の子に対する憐れみというか、親代わりになってやりたいというか…もし、あんな事が無ければ俺もこの年頃の娘を持っていたかもしれないとかいう同情も含まれているが、ただ単に力になってやりたいと思っただけだ。
このままだと俺と同じようにNEET一直線になるだろうし。まあ、今も大して変わらない住所不定の無職なわけですが。
「やりたい事、手伝ってやるからな。無理させないためにも、無茶しない範囲でだけど…だから、安心して今は泣け。知らなかったのだから、誰も責めたりなんかしない…世界のために頑張ろうとしただけだもんな」
「キッシュ殿…っ…」
抱き締めると嗚咽を押し殺して泣き始めた蓮華…ちょろインとも思うが今回ばかりは仕方ない。泣いて泣いて泣き疲れて眠るまで泣けばいいと思う。酒も飲めないし、泣けない男が割り切るのは大変だったけど1人で泣かせるのだけはポリシーとかが許さないというか嫌なんだよな。
結局、蓮華が泣き疲れて眠った後も俺は縁側で月を眺めていた。蓮華に膝枕をしてやり、今は亡き人たちを思いながら月を見ていた…今回も割り切るのは大変そうだな。




