大切な人の護り方
アイリスが消える…それは分かっていた事だった。本の世界は異物を排除する。それがあるからゲーム中ではNPCの別世界移動は不可能だった。が、裏ストーリークリアによって一部のNPCが移動可能になった。が、それはボスが保有している「神魂の欠片」によって可能なだけだ。
つまり、アイリスが消えるのは必然…だが、猶予はあるはずだった。
「やはり、わらわとアイリスを別の場所へ転移させた時に存在の縁を大きく削られておったのじゃ…」
力無く横たわるわけではないが、ソファーに座らされたアイリスは儚げに見えた。チェリアが言うには、猶予としてある存在を示すもの…本で言うところの、学園の本にあるアイリスのページを破りアイリスという存在はこちらの本に挟み込まれた。つまり、都市の本の中にページの合わない異物が入っているのだ。それに対し俺やチェリアは栞みたいなものであり世界の認識が異なるそうだ。よく意味は分からないが、アイリスを俺たちと同じにしなければいけないのは分かる。
「こうなったら、わらわの欠片を渡すのじゃ」
「ダメ…ママの方がダメージ大きいはず」
チェリアの提案にアイリスは拒否を示す。女神の攻撃を直に受けたのはチェリアだという。なら、欠片を渡した途端にどうなるか…二者択一なんてするなと言うのだ。立場が入れ替わるだけならこのまま消えるとアイリスは言わんばかりの顔だ。そんなの許すつもりは無い。
とはいえ、クソガエルの欠片はまだ取り出せない。このままではアイリスは消える。消えたら学園に戻る事も無く、存在が巻き戻る事も無く消滅するというのだ。学園をクリアした時点でページを戻す事は出来ない。チェリアからそんな事は前に説明してもらっていた。覚悟をしてアイリスも付いてきた。だが、女神に妨害された結果が出た。
「じゃが、このままでは…キッシュ。どうにかならぬのか。わらわは、わらわでは…」
俺は冷めた感情で涙を流しながら訴えるチェリアを見ていた。別に仕方ないとか諦めとかではない。こうなる可能性を予測していたからだ。
頭から離れない光景があった。必死に娘を捜す、その両親の姿…そして、何も出来なかった俺の姿。
もう見たくない光景だ。あの時は何も出来なかったし、諦めもついた。でも、今回は手段がある…戸惑い悩み迷う事は無いだろう?
「これ、どうやって使うんだ?」
手にしたのは俺が持っている「神魂の欠片」だ。アイリスを救うにはそれしかないなら使えば良い。どうせ、アイテムボックスの枠を埋める肥やしだ。
「な、何を言っておるのじゃ。それをアイリスに使えばお主は消えるかもしれんのじゃぞっ!」
「ダメ…パパが消えるのはダメ…」
「何をバカな事言ってるんだか。第一、かもの話だろ。それに…アイリスが消えるのはダメじゃないなんて誰が言ってるんだ?」
卜部母でさえ慌てて出張ガエルを狩りに行ってくれてる程だぞ。愛されてるって気付け…そんな奴を失うくらいなら、また同じ事を繰り返すくらいなら…
死んだ方がよっぽどマシだ。
たとえ、ここで俺が消え失せても世界の何に不都合がある?
むしろ、ここでアイリスが消える事で俺に何の価値が残るんだよ…よくある話だろ。メインヒロインの1人が死んで、その死を乗り越えて強くなるなんて使い古された展開…そんな事はあり得ないんだよ。
ましてや、消える事で死んだと確定出来ないような失い方してみろ。毎日のように街頭に立ってビラ配って、テレビに出て訴えかけて一時はマスゴミが取り上げてくれるけど次第に忘れ去られて、捜してる側はどんどん心擦り減らして行って…7年でようやく死んだ事に出来る。もう戻ってこないんだと諦められる。そんな事をまたやれと…しかも、逃げたあいつなんかより遥かに大切なアイリスを俺の命可愛さに見殺せと?
無いな。絶対無い。というわけで、とりあえずアイリスの薄い胸に円環を押し当てる。
「やめるのじゃ…お主を失えばわらわは、わらわは…」
チェリアの反応を見るに、これが正解のようだ。必死にしがみ付いて止めようとするが止めるわけ無い。少しずつアイリスの中へと円環が入っていく…挿れるなら他のものを挿れたいというのに。
「ダメ…パパ…ダメ…」
泣きながら止めようと俺の腕に掴みかかろうとするがアイリスの手は俺の腕を擦り抜ける。無理矢理やっているのは分かるし、ちょっと興奮してる…いや、それはどうでもいいか。だいたい、お前ら忘れてないかと…俺はこんなん無くてもプレイヤーとして生きてきたんだぞ?
根拠なんてストーリーでしかないが、アイリスの存在が消える事とその根拠を繋げたら可能性だって信じてやるよ。
そして、神魂の欠片はアイリスの体へと収まると共にアイリスの半透明化が解除された。更に、何か虚脱状態になった気がする。やっぱ必要だったみたいだわ、あれ。
まあ、アイリスみたいに半透明化するのはまだ先だろう。それまでにボケガエルのを奪えば良いんだし…とりあえず、今はこの感触を楽しもう。どうせ家人は誰も居ないしもげてもいいよね。もう何も怖く…
「パパの…パパの…バカァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
『ドゴォォォォォォォォォォォ』
「ふんだらばっ…」
最愛の娘から無属性魔法の乗った全力パンチをいただきました。あれれ、おかしいな…ダメージが928もあるぞ。どういう計算方式だよ、これ。というか、俺瀕死じゃね?
毎度おなじみバッドステータスの気絶が付いて意識失いましたとも…こんな事、前にもあったなぁ…
死に掛ける意識の中で俺は夢を見て…いや、走馬灯だわ、これ。まあ、どっちでもいいや。
桐生柳のクソったれだ一生の話だ。柳なんて女の子向けな名前を付けられた俺は幼い頃からいじめられていた。別に治癒能力とか持ってなかったからな。炎を使うニンジャ…え、ニンジャなんで?
いや、居ない居ない。改竄すんな走馬灯。目覚ましに起こしてもらうぞ、この野郎。居たらなんか幸せなんて思うかドチクショウ。
とにかく、目覚めたら火竜とか使ってみよう。他の属性でも…じゃなく、走馬灯を続けよう。そんないじめられっ子の柳くんには救いの女神居た。まあ、所謂年下の幼なじみなわけだが…いや、ストーカーかもしれない。それでも、柳くんには彼女が全てだった。将来まで誓い合った。そして、その将来が現実となる柳くんの18歳の誕生日…彼女は俺の、彼女の両親の前から忽然と姿を消した。
心配は不安に変わり、そして疑心の先に絶望へと堕ちていった。そして、諦めた…いや、正直恨んでいると言ってもいい。
知ってるか、柳の花言葉。「愛の悲しみ」「独身主義」「素直」「見捨てられた愛」「見捨てられた恋人」「憂い」「哀悼」「従順」「勝利の祝賀」「我が胸の悲しみ」「悲哀」…ろくなのないだろ。そんな感じの人生だった。お陰でその手のゲームの幼なじみが嫌いになったわ。関係ない事ないぞ。二次は裏切らない…いや、寝取られる展開とかありますけどね。
まあ、こうして柳くんの物語は終わってしまいましたとさ。だが残念、俺はキッシュだ。残念ですが桐生柳くんの書以外は消えてません。単なる未練が見せた走馬灯なんて幻視を俺はぶっ殺す…俺はマヨラーじゃなくケチャラーですよ?
まあ、仮にこのまま死んでいくとしても後悔は無いのだ。好きな女助けて関白亭主の鑑の如く嫁より先に死んでいくとか俺らしいじゃないか。もっとも、そんな昔のクソみたいな記憶を見せられたのにチェリアとアイリスに関係する記憶見てない時点で復活するだろ。最悪、死んでもチェリアが氷漬けにして命属性魔法を極めてる奴探して復活させてくれるさ。
それだと当分俺の出番無いじゃん。
アイリスの物理攻撃力69
羞恥心による物理攻撃力2倍
怒りによる物理攻撃力2倍
クリティカルヒットによる物理攻撃力3倍
無属性魔法による防御力無効貫通攻撃化と魔法攻撃力100
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総合計攻撃力928(防御力無効貫通ダメージとして)




